熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

チベット騒乱事件への私論

2008年03月25日 | 政治・経済・社会
   ダライ・ラマが49年前に、インドへ亡命して大騒乱が勃発したその3月10日に、ラサで平穏に行われた僧侶たちの平和へのデモ行進を契機に、チベット自治区のラサのみならず、中国本土の四川省、甘粛省等に飛び火して、あっちこっちでチベット人と中国関係者との間で暴動や騒乱が起きて、チベット人の犠牲者が100人を軽く突破していると言う。

   ダライ・ラマと温家宝首相との舌戦が放映させていたが、世界中の聴衆の殆どは、平和と人権を無視した中国政府の意図的なチベット弾圧であって、被害者はチベットであることを先刻承知で何の疑いも持っていない筈である。
   朝鮮戦争のドサクサに紛れて中国はチベットに軍隊を送り込んで制圧して、1951年に自治領として支配下に置いてしまった。
   「チベットの平和解決に関する協定」を結んだが、送り込んだ中国軍の支配下で、多くのチベット人が険峻な山岳地帯の道路建設などで過酷な労働に酷使されたと言う。
   更に、ラマ教の僧院が破壊されると同時に僧侶が迫害され、チベット固有の文化、風俗、慣習、生活などチベット人の拠り所が悉く破壊の脅威にさらされるなど、強圧的な漢化政策が強行されたと言うのである。
   堪りかねたチベットが、「チベット協定」の破棄と中国軍の撤退を要求して武装蜂起し大騒乱となり、中国に拉致される危険を避けるため、ダライ・ラマは、1959年3月10日にチベットからヒマラヤ越えをしてインドに亡命した。

   ウイルソン大統領による民族自決が提唱されて、多くの独立国が誕生したのはもう100年近く前の第一次世界大戦頃だが、その後、一枚岩を誇ったソ連やユーゴスラビアが崩壊して、アフリカにも多くの独立国が誕生するなどして、固有の民族による国家が続々誕生している。
   しかし、時代に逆行して、多くの民族を糾合して大帝国主義を標榜しているのは共産中国だけで、本来、独立国家として何の不思議もない筈の台湾やチベットを完全に掌握して統一を図ろうとして一歩も譲らない。
   
   私は、2007年5月20日のこのブログで、「中国の民主化は幻想?・・・ジェームス・マン」を書いて、中国の民主化を「危険な幻想」だと言うマンのThe China Fantasyを引用して、北京オリンピックで、厖大な人数の国際的報道陣の前で、鉄壁の監視を突破して、もし反体制派など不満分子が暴発したらどうなるのかと書いて、
   時代遅れの一党独裁体制を敷いて民主化を押さえ込んでいる中国の、危うい国威発揚の桧舞台の場である筈のオリンピックが、危険に曝されていることを危惧した。

   1980年モスクワでのオリンピックは、前年12月にソ連がアフガンに侵攻した為、アメリカのカーター大統領がボイコットを提唱し、日本など多くの国が追随して参加しなかったが、場合によっては、今回でも、フランスなどEUで検討すると言ってボイコットの可能性を示唆しており、予断を許さない。
   私が心配したのは、もっと卑近な例で、今日もアテネで行われた北京オリンピックの採火式で、中国の劉淇組織委員長が演説中に抗議の旗を持ったプロテスターが乱入して、この映像が全世界に放映されてしまったが、このような事件が、弾圧されている中国人を中心に、あっちこっちで頻発することであった。

   今回の中国の報道管制を見ても、何も中国にやましいことがなければ全く無意味だが、如何に中国のチベット問題に対する対応が、国際ルールを無視した非道で無慈悲なものかと言うことを良く示している。
   天安門事件の時は、中国の対応が拙かった為に、重装備のタンクの前に一人で堂々と歩み寄る学生を映すなど実況映像がつぶさに世界中に放映された。今回は、これに懲りて、一切報道をシャットアウトしたつもりだったが、外国メディアや観光客がラサに居たために生々しい情報が流れて、世界中を震撼させた。
   IT革命により知識情報が自由に行き交う世界であるから、今回の外国メディアの現地取材許可によって、徹底とは行かぬまでも真実が暴露されて、更に、北京オリンピックの開催に齟齬を来たすこととなろう。
   日本の報道機関は、共同通信のみ認められたと言うが、それで十分で、世界中へはAP電を筆頭に、経済が陽なら、共産中国の陰である政治の実態が、そして、その真実が白日の下に曝されて、駆け巡るであろう。

   温家宝首相は、中国の経済政策によってチベット人の生活が良くなったのに何故文句があるのかと言う口ぶりだが、チベット鉄道を引くのも道路を建設するのも、総て自分たちの為であって、漢民族を人海戦術でどんどんチベットに送り込んで、チベットの希釈化を目論み、チベット文化や社会を徹底的に破壊しようとしているのだと米紙が報じていた。

   経済が良くなれば、総てが許されるのか。ロシアや中国など新興国の破竹の勢いの経済成長で、人権を無視・軽視した政治が、堂々と共産主義的な国家で行われているが、一時的な過渡的現象なのであろうか。  
   悲しいかな、不買運動を起こせば、忽ち、自分たちの生活が干上がってしまう。
   それであればこそ、チベット人の苦しみと騒乱が、地球人全体の緊急問題なのだと言う認識が必要なのである。 
     
(追記)中国には3度しか行っていないが、学生時代から、中国の文化や学問・芸術に憧れて勉強をし続けてきたので、中国の素晴らしさは十分知っているつもりであり、現在の中国の躍進振りを心から喜んでいるが、現在の中国の、国民の選挙さえ許さない一党独裁政治には、疑問を感じている。
   まして、長い歴史と伝統に培われたチベット社会と文化を破壊しようとする暴挙は絶対許せないと思っている。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする