詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

小島数子『明るむ石の糸』再読

2006-10-28 23:28:25 | 詩集
 小島数子『明るむ石の糸』(私家版)再読。
 きのう「酩酊」について書いた。その「酩酊」についての感想は変わらないけれど、何か、小島のほんとうの魅力を「酩酊」だけでは伝えきれない思いが残る。

見る現実を選ばず
見る現実の源である現実そのものを選ぶ
全く異なる方法
全く異なる内容
全く異なる光
見る目を使わず
目のある手を使う
見る現実はなく現実そのものがある
見る現実に関係する善を為さず
禅寺の千手観音のように
目のある手の力によって
光をめざし
現実そのもののもつ真実を浮かび上がらせる
見る現実の全く下にあるので
目のある手を使わないと届かず
現れてこない真実
手付かずのままの現実そのものに
縁ができる
ときには
見る現実そのものという方法を引き入れ用いて
自らの在り方を示す
この尽きない暗闇を捉える者
もどかしさを振り払いつつ
明かりになることを行く者

 「明かりになることを行く者」の全行である。きのう引用しなかった後半が不思議である。
 「縁ができる」。「ふち」ができる。「えん」ができる。どう読むのだろうか。私は「ふち」と読んだ。「ふち」は「淵」に通じる。深い深い「淵」。そこは暗い。何も見えない。そういうものが現実にはある。何も見えない現実の闇--そこでは見るかわりに手さぐりをする。手で、触覚で、見る。そのとき「光(明かり)」は自分の外にあるのではなく、自分の内部にある。触覚が何かを「照らす」。この「照らす」はもちろん比喩である。比喩でしか言えない何かである。
 「もどかしさ」ということばが小島の詩のなかに登場するが、比喩でしか言えない「もどかしさ」が、この「照らす」のなかにある。
 それでも、小島は、「目のある手」をつかい、現実に触れ、その手の力(触覚の力)で「光をめざす」。それは「光」を求めるということではなく、小島が書いているように「明かりになる」(光になる)ことを求めるということである。

 触覚は温かいが、とても危険である。危険は、触覚そのものが他のものを傷つけるということではない。触るということは、特に、見えないものに触るということは、その存在の危険を知らずに触るということである。それは刃物かも知れない。劇物かもしれない。火かもしれないし、氷かもしれない。触るということによって、肉体が傷つく危険性が潜んでいる。触覚は、常に、対象との「距離」がない。そのために、接肉体(たとえば手に)が直接危険にさらされる。(もちろん、手が、触るということが何者かを傷つけるということもあるにはあるが。)対象と離れている「視力」(視覚)とは、その点で違う。
 その危険と「酩酊」はどこかで通じ合っている。
 たとえば刃物、たとえば劇物--それに触ることによって傷つく。そのとき、それまでの「わたし」は「わたし」のままではないられない。何者かにかわってしまう。その変化のなかに、「酩酊」がある。苦痛と快楽がある。苦悩と愉悦がある。苦痛、苦悩が「闇」であり、快楽・愉悦が「光」なのか、あるいは苦痛・苦悩が自己を発見する「光」であり、快楽・愉悦が自己を見失ってしまう「闇」なのか。区別はつかない。この区別のなさが「酩酊」そのものである。何もわからない。わからないまま、存在していることが「酩酊」である。

 何もわからない。そして、そのわからなさのまま、それでも何かをみつめようとしている。みつめたいという強い意志が、小島のことばに満ちている。その強い意志が、あるいは強すぎる意志が先に立ち、ことばを未消化のままにしている。たとえば「縁ができる」の「縁」のように、どう読んでいいのかわからないことば(もちろん小島にはわかっているが、読者にはわからないことば)が噴出してくる。まるで激しい酩酊のなかでのと吐瀉物のように、それは小島の肉体のなかから噴出してきたものだろう。
 未消化の吐瀉物。そのことばゆえに、小島の詩は未完成であるということも可能かもしれない。
 しかし、その未消化の吐瀉物ゆえに、何か、貪欲なもの、世界を自分のなかで消化したいという強い欲望を感じさせられるということもある。
 私は、小島の、未消化なことばゆえに、そこに不思議な力を感じるのだ。消化できるかどうかなど気にしない。なんでも自分のなかに入れてしまおう。摂取することによって、自分そのものを変えていこうという貪欲な意志を感じる。
 「見る現実の源である現実そのものを選ぶ」というようなことばづかいを今の多くの詩人はしない。そういう誰もつかわないことばによって、それでも何かを捉えようとする意志、意志の力に、私は小島の「詩」を感じる。


コメント
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