詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

大崎千明『未完成の一日』

2006-12-13 23:45:49 | 詩集
 大崎千明未完成の一日』(花神社、2002年12月25日)。
 「子宮」という作品の中に「つながる」ということばが出てくる。

子宮のように
この家のなかで
わたしたち兄妹は育った
子宮は
光の世界と 闇の世界に
つながる臓器

 「つなぐ」ではなく「つながる」。これと非常に似通ったことばに「延長」がある。「分離」の中に出てくる。

今はわかる
おとこの子ら-兄たち-は特別で
わたしはおかあさんの延長なのだと
わたしはあなたの内臓で
あなたは わたしの皮膚

 「つながる」「延長」。そのふたつのことばから感じるのは、大崎の力ではどうすることもできないものが存在するということだ。大崎には「つなぐ」意志も、何かにむけて「のばす」意志もない。しかし、他の何かが「つなぎ」、他の何かが「のばし」てくる。その結果、「つながり」「延長」が生まれる。
 大崎の意志ではなく、他人の意志がつくりだしてくる関係の中に「つながる」。「延長」の中にのみこまれていく。ここに大崎の苦悩と悲しみがある。
 より具体的にいえば、暴力を振るう父、それに耐える母、その両親を見る大崎という家族関係、肉親のつながり、血の延長。それを大崎は切りたくても切れない。大崎自身が自らの意思で「つながる」ことを求めたのではなく、「延長」にあることを求めたのではなく、うまれたときから、それはあったからだ。
 そして、そのつながりと延長は、大崎が成長すればするほど、強烈になっていく。濃密になっていく。理解できなかったものが理解できるようになっていく。感情と精神、そして肉体が住む「家」になっていく。つながり、延長という二次元の世界から立体へ、そして時間(歴史)を含んだ世界へとかわっていく。そして、つながり、延長はそれにともない複雑化し、強靱になり、切っても切れないものになってしまう。
 どうすればいいのだろうか。何ができるのだろうか。大崎は大崎自身を殺してしまうのである。つながりという関係、延長という関係、そのものになり、私を消す。つながりも延長も両端があって初めて成立するものだが、大崎は大崎自身を殺すことで一方の端をたちきるという方法を選ぶ。
 「子宮」の全行。

わたしがない
台所にも 茶の間にも
どこをさがしても
わたしがない

あの家に
大事なものを置いてきたのだ
見つけなければ
わたしがうすくなって消えてゆく

おとうさんも おかあさんも
そんなものは知らないと言うから
ふらふらと ころげながら
やってきた
忘れものをさがしに
帰ってきた

ここには もう
だれもいない
何もない
静かに暗いかすんだ家

ひしめくように暮らしていたのに
だが この家の 足音や
もの音が きこえてくる

子宮のように
この家のなかで
わたしたち兄妹は育った
子宮は
光の世界と 闇の世界に
つながる臓器

ここだ
この押入れだ
押入れは いつも
不意に異界の口をぱくりとあけた

隠れたままなのだ
あの子を押入れのなかに
隠したままなのだ
闇からとり出さなくては
あの子の 闇を
解き放たなくては

あの子が
闇にとてけ消えてしまう

手を伸ばし
わたしは
ふすまを引く

あった
それは一個の腐乱死体だった

 だが、わたしを消して関係を解消すればそれでいいのだろうか。わたしは「ない」ままでいいのだろうか。わたしが消滅しそうになって、大崎はそれではいけないと気がつく。そして、「手を伸ばす」。
 終わりから2連目の「手を伸ばし」の「伸ばし」。この瞬間、大崎の意志が初めて動く。殺してきたわたし(大崎)は、「家」とつながってはいない。「家」の延長にはない。その向こうにある。「家」のなか、「押入れ」の中だが、それは母も父も知らない内部(大崎のこころの内部--「家」とは先に書いたように、こころの比喩でもあるのだから、「押入れ」とはこころのさらに内部になる)だからである。
 手を「伸ばす」のは「つながる」とは違うのだ。手を伸ばし、「つなげる」のである。「つなぐ」のである。わたし(大崎)と殺してしまったわたしを「つなぐ」のである。
 それは新しく命を吹き込むということでもある。それが腐乱死体であっても、大崎には命を吹き込むことができる。「子宮」があるからだ。「子宮」でもう一度、その子を育て直すのである。産み直すのである。そして、新しく生まれてくる子として大崎は生まれ変わるのである。
 「子宮」は平明なことばで書かれているが、ひとつひとつのことばが互いに比喩となり、実在のものとなり、交錯しながらひとつの世界になっている。その動きなのかで、人間の再生を描いた、とてもいい作品だ。「つながる」から「手を伸ばす」へという変化のなかに、人間の再生の瞬間をくっくきりと描き出したいい作品だ。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする