詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

現代詩文庫1048『杉山平一詩集』(その2)

2006-12-25 20:23:27 | 詩集
 現代詩文庫1048『杉山平一詩集』(思潮社、2006年11月02日発行)

 「むすぶ」(『木の間がくれ』)は12月24日に読んだ「橋の上」とは逆のことが書かれているように見えるかもしれない。

若いころ 僕は
放たれて空をゆくボールだった
待ち構えているグローブがあるとは 知らなかった

若いころ 僕は
声あげてひた走る列車だった
待ちうけている駅があるとは 知らなかった

雨が天と地をつなぎ
夕やみが家と家を結びつけるとも
僕の心は叫ぶのだ

つながるな
結びつくな

 最終連「つながるな/結びつくな」。これは「僕」が何かにつなげられてしまうこと、結びつけられてしまうことへの拒絶の声である。「橋の上」と何が違うのか。ふたつのあいだにはどんな違いがあって、一方は肯定、他方は拒絶なのか。
 「橋の上」は杉山が蹴った小石を中心にした世界である。「むすぶ」杉山自身が世界のなかにほうりだされている。その違いがある。杉山は、彼自身が世界のなかに投げ入れられたひとりの存在であることを知っている。社会によって投げ入れられた「小石」であることを自覚している。そして、「小石」のまま世界とつながり、結びつけられることを拒んでいる。「つながるな/結びつくな」は、「小石」のまま動かされてはならないという抵抗の声なのである。「知らなかった」という悔しい思いが叫ばせる抵抗の声なのである。
 そうした状況を拒み、杉山は、彼自身の意志で世界を再構築することを試みている。彼のことばが世界を分解し、再び建築しなおす。そのとき、その構造のなかに、こころが確立されると信じている。願っている。祈っている。それが「橋の上」の「繋がつた!」なのである。
 誰が主体か、ということが重要である。杉山が主体であるとき「つながる」は肯定され、杉山がつながれることの対象であるときはそれを拒絶するのである。

 「球」は組織、規則というものを肯定した作品のようにも思える。

 拾われた球が野球チームに投げこまれるや否や 萎れていた彼らは立直り生気をおびてきた 組織と規則と位置が溌剌と浮かび上ってきた ちいさなただ一個のもの それは貨幣のごとく循環して人を酔わせた

 だが、この作品でも杉山が書きたいのは「溌剌と浮かび上ってきた」という運動そのものだろう。野球のボール一個が動き回る。その動きにあわせて世界がつながっていく。はつらつと輝いていく。ボールは世界を建築し、世界をつなげるのである。そのボールの動きにこころが重なり、こころそのものが「溌剌と浮かび上って」くるのである。



 『木の間がくれ』には「あの」ということばが何回か出てくる。「到着を待ったあの函」(「郵便函」)、「僕はあの部屋が好きだ」(「部屋」)、「あの瞬間なのだ」(「酔い」)。この「あの」という指示代名詞も杉山の詩を読む「キーワード」だと思う。
 「部屋」を引用する。

 会社のアパートになっている建物の傍を毎日通る。一つの部屋の大きな窓に、壁に貼ったお習字がいつも見える。天地とか、春秋という墨の字の上に、赤丸が渦巻きのようにつけられている。

 ある七夕の日、その窓に小さな笹がさされ、青や赤の紙に、ひらがなで一杯ねがいごとが書かれていた。

 僕はあの部屋が好きだ。

 最後の「あの部屋が好きだ」というときの「あの」は単なる指示代名詞ではない。「この部屋」「その部屋」「あの部屋」の「あの」ではないのだ。いくつかある部屋の一つを選んで「あの」と呼んでいるのではなく、一つの部屋しかないけれど、それを「あの」と呼んでいるのだ。
 つまり、「あの」には杉山の思いがつまっている。もしこの作品に「結論」というものがあるとすれば、「好きだ」が結論ではなく、「あの」が結論なのである。「あの」が指し示しているものが結論なのである。
 「あの」部屋はいくつもに分解される。「壁に貼ったお習字」、そのときどきの日によって違う文字。そして七夕。短冊に書かれた一つ一つの願い。そういう時間の連続、集積が結びつけている生活--生活のつながりが「あの」なのである。
 「あの」はさまざまな瞬間の断片をつなぐ接着剤のようなものである。それは自然に存在する接着剤ではない。市販されている接着剤ではない。杉山のこころがつなぎたいと願って選び出した(分解した)世界をつなぎあわせる接着剤である。
 「あの」は指示代名詞というより、英語でいえば「the 」つまり定冠詞である。杉山の意識が濃厚にかかわっていること、つまり「思想」がそのことばのなかにあることを示すことばなのである。
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