監督 三木孝浩 出演 新垣結衣、恒松祐里
「ホッロード」の三木孝浩が監督なので見に行ったのだが……。
ストーリーを追うのに忙しくて人物造形に深みがない。主役の新垣結衣はむずかしい役どころだが、あんなふうに最初から「拒絶」を前面に出していては「漫画」である。自然な悲しみが、まったく感じられない。激しく傷ついていて、その悲しみはふつうの人の悲しみとは違うとしても、これでは中学生が寄りつかないだろう。ひとを引きつけるけれど、最後の一瞬で、親密になるのを拒むという感じじゃないと、「不思議な先生」という感じがしない。中学生はもっと敏感だろう。大人が隠していても、それを見破ってしまうのが子供なのだから、その隠すことと見破る関係のはらはらを折り込まないとリアリティーが出てこない。
脚本も演技も、大失敗の作品。
長崎・五島が舞台なのだが、島ならではのリアリティーが出ているのは、一か所、男子生徒が女子生徒のスカートが風でめくれるのを隠れてみるシーンくらい。島なので、季節ごとに吹く風の向き、風の特徴がある。風の通り道がある。そういうことを、島のひとは(子供も)自然に見つけ出す。で、ある日、風が階段の踊り場を通るということを予測し、女子が踊り場に現われるのを隠れて待っている。その予測通りに風が吹き、女子のスタートがめくれる。下着が見える。この無邪気なシーン以外に、島が舞台である必要は何もない。ほんとうにロケしたのだろうか。その土地でカメラを動かし、そこに暮らすひとと接することで掴み取った映像の「実感」がない。(風でスカートがめくれるシーンさえ、どこか別の場所で撮影したのではと思う。リアリティーは、少年の「ことば」とそのことばにあわせて動くストーリーにあるのであって、映像にはリアリティーがあるわけではないからね。)
「ホットロード」ではとても美しい夜明けの道路を映像化していたのに、この映画では、たとえば野外で合唱するシーンなど、島のそのままの美しさに頼って、カメラが演技をしていない。浜辺を走って体力をつけるシーンも同じ。中学生の演技が「紋切り型」を超えるのはむずかしい。カメラが演技しないことには、映画にならない。
クライマックスの伏線となる教会のパイプオルガンの音、自閉症の青年の「ポーッ、ポーッ」という音の、時差と空間差を抱え込んだ和音は美しい。少女が教会でパイプオルガンで音を出す。そのシーンのあと、青年が弟と歩きながら「ポーッ、ポーッ」と言う。そのとき、耳のなかで「和音」が完成する。あ、ここはいいなあ。そのとき、背景に船が通りすぎれば、と私は思うけれど、船があるとしつこい? 船がうるさいなら、船が走り去った波の跡でもいいのだけれど。そうすると、島と音楽の結びつきが「映像」になるのだけれど、その「映像」がないために、和音が「ことば」になってしまって、小説を読んでいるみたい。
つまらないね。
教会も「パイプオルガン」の「音」だけのために登場するのでは、つまらない。「暮らし」がかかわってこないと、いくら世間離れしたピアニストと中学生が主人公とは言え、背景が「書き割り」になってしまう。
主役の女子中学生と、彼女のことが好きな男子が自転車を押して帰るシーンの坂道。小学生が道端で遊んでいるというシーンのような、もっと、そこにしかない「暮らし」をおりこまないと、舞台が五島列島であることを忘れてしまう。
で、舞台が五島列島の島であるということが映画から消えてしまうと何が残るか。先に書いたことへ引き返すことになるのだが、「ことば」だけが残る。テーマがアンジェラ・アキの「手紙」。「手紙」はことばで書く。だから「ことば」が前面に出てきてしまうのは、ある瞬間にはしようがないことなのかもしれないが、あまりにも「ことば」が強すぎる。
自閉症の兄をもった中学生の「手紙」は、少年にしか駆けない「事実」が具体的に書かれているからいいけれど、おとなになった新垣結衣が十五年前の手紙を読む(文集の作文を読む)のは、おもしろくない。その文集の文章が紋切り型すぎるから余計に、そう感じる。「紋切り型」というのは抽象的という意味でもある。ピアノの演奏でひとを幸せにしたい、というようなことは十五歳の新垣結衣にかぎらず、音楽に携わりたいと願っているひとならだれだっていう。AKB48のメンバーだっていうに違いない。(そう言いなさい、とマネジャーに教えられているに違いない。)
最後の、自閉症の青年を囲んで歌が広がるという感動的なシーンも、それまでが「ことば」で語られすぎているのと、汽笛の「和音」の映像が長すぎて(多すぎて)、押しつけになっている。最初の「和音」のシーンは物足りないくらい(思わず、船の軌跡がみたいと言いたくなるくらい)いい感じだったのに、ここでは「説明」しすぎている。
原作があるようなので、アンジェラ・アキの「手紙」を読みながら、その小説を読んだ方が感動できるかもしれない。
(天神東宝4、2015年03月11日)
*
「映画館に行こう」にご参加下さい。
映画館で見た映画(いま映画館で見ることのできる映画)に限定したレビューのサイトです。
https://www.facebook.com/groups/1512173462358822/
「ホッロード」の三木孝浩が監督なので見に行ったのだが……。
ストーリーを追うのに忙しくて人物造形に深みがない。主役の新垣結衣はむずかしい役どころだが、あんなふうに最初から「拒絶」を前面に出していては「漫画」である。自然な悲しみが、まったく感じられない。激しく傷ついていて、その悲しみはふつうの人の悲しみとは違うとしても、これでは中学生が寄りつかないだろう。ひとを引きつけるけれど、最後の一瞬で、親密になるのを拒むという感じじゃないと、「不思議な先生」という感じがしない。中学生はもっと敏感だろう。大人が隠していても、それを見破ってしまうのが子供なのだから、その隠すことと見破る関係のはらはらを折り込まないとリアリティーが出てこない。
脚本も演技も、大失敗の作品。
長崎・五島が舞台なのだが、島ならではのリアリティーが出ているのは、一か所、男子生徒が女子生徒のスカートが風でめくれるのを隠れてみるシーンくらい。島なので、季節ごとに吹く風の向き、風の特徴がある。風の通り道がある。そういうことを、島のひとは(子供も)自然に見つけ出す。で、ある日、風が階段の踊り場を通るということを予測し、女子が踊り場に現われるのを隠れて待っている。その予測通りに風が吹き、女子のスタートがめくれる。下着が見える。この無邪気なシーン以外に、島が舞台である必要は何もない。ほんとうにロケしたのだろうか。その土地でカメラを動かし、そこに暮らすひとと接することで掴み取った映像の「実感」がない。(風でスカートがめくれるシーンさえ、どこか別の場所で撮影したのではと思う。リアリティーは、少年の「ことば」とそのことばにあわせて動くストーリーにあるのであって、映像にはリアリティーがあるわけではないからね。)
「ホットロード」ではとても美しい夜明けの道路を映像化していたのに、この映画では、たとえば野外で合唱するシーンなど、島のそのままの美しさに頼って、カメラが演技をしていない。浜辺を走って体力をつけるシーンも同じ。中学生の演技が「紋切り型」を超えるのはむずかしい。カメラが演技しないことには、映画にならない。
クライマックスの伏線となる教会のパイプオルガンの音、自閉症の青年の「ポーッ、ポーッ」という音の、時差と空間差を抱え込んだ和音は美しい。少女が教会でパイプオルガンで音を出す。そのシーンのあと、青年が弟と歩きながら「ポーッ、ポーッ」と言う。そのとき、耳のなかで「和音」が完成する。あ、ここはいいなあ。そのとき、背景に船が通りすぎれば、と私は思うけれど、船があるとしつこい? 船がうるさいなら、船が走り去った波の跡でもいいのだけれど。そうすると、島と音楽の結びつきが「映像」になるのだけれど、その「映像」がないために、和音が「ことば」になってしまって、小説を読んでいるみたい。
つまらないね。
教会も「パイプオルガン」の「音」だけのために登場するのでは、つまらない。「暮らし」がかかわってこないと、いくら世間離れしたピアニストと中学生が主人公とは言え、背景が「書き割り」になってしまう。
主役の女子中学生と、彼女のことが好きな男子が自転車を押して帰るシーンの坂道。小学生が道端で遊んでいるというシーンのような、もっと、そこにしかない「暮らし」をおりこまないと、舞台が五島列島であることを忘れてしまう。
で、舞台が五島列島の島であるということが映画から消えてしまうと何が残るか。先に書いたことへ引き返すことになるのだが、「ことば」だけが残る。テーマがアンジェラ・アキの「手紙」。「手紙」はことばで書く。だから「ことば」が前面に出てきてしまうのは、ある瞬間にはしようがないことなのかもしれないが、あまりにも「ことば」が強すぎる。
自閉症の兄をもった中学生の「手紙」は、少年にしか駆けない「事実」が具体的に書かれているからいいけれど、おとなになった新垣結衣が十五年前の手紙を読む(文集の作文を読む)のは、おもしろくない。その文集の文章が紋切り型すぎるから余計に、そう感じる。「紋切り型」というのは抽象的という意味でもある。ピアノの演奏でひとを幸せにしたい、というようなことは十五歳の新垣結衣にかぎらず、音楽に携わりたいと願っているひとならだれだっていう。AKB48のメンバーだっていうに違いない。(そう言いなさい、とマネジャーに教えられているに違いない。)
最後の、自閉症の青年を囲んで歌が広がるという感動的なシーンも、それまでが「ことば」で語られすぎているのと、汽笛の「和音」の映像が長すぎて(多すぎて)、押しつけになっている。最初の「和音」のシーンは物足りないくらい(思わず、船の軌跡がみたいと言いたくなるくらい)いい感じだったのに、ここでは「説明」しすぎている。
原作があるようなので、アンジェラ・アキの「手紙」を読みながら、その小説を読んだ方が感動できるかもしれない。
(天神東宝4、2015年03月11日)
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