蜂飼耳「新宿駅」(「イリプスⅡ」15、2015年03月10日発行)
蜂飼耳「新宿駅」は満員の列車で運ばれていく会社員のことを書いている。あるいは会社員がのっている列車のことを書いている--と想像してしまうのは、私がしかたなく働いている会社員だからかもしれない。
「首のほそい瓶」「からっぽ」「顔のない」。ああ、これが会社員か。「履歴」を信じているのか。都会は葉脈みたいに監視の目がはりめぐらされている。だから、「暗く」ならずに、明るくね。「あいつ、暗いよ」と言われてしまったら、会社員は「おり場」がなくなるかも……。
ていねいにことばが絡み合って「首都/会社員(労働者)」を描き出すけれど、うーん、蜂飼でなくても、こういう詩は書くかもしれないなあ。
あ、こんな簡単に「死者」「生と死は交ざり合い」と書いてしまうのは、どうかなあ。だいたい「遠ざかった人の目に」と「客観」を装ったことばが、なんだか、いやだなあ。「わたしにはここまで見えるんだぞ」と主張しているみたい。「他人」を書きながら「他人」はいなくて、自己主張している。自己主張するなら「他人」に頼るな、なんて文句を言いながらさらに読み進むと、
わっ、この三行は何なんだ。
新宿駅の、どのあたりで鯖を見たんだろう。私は東京には疎い。新宿駅も「乗り換え」に必死でどこに鯖を売っている店があるか見当もつかないが、それよりも「古い黒板消し」にびっくりした。
えっ、蜂飼って鯖の目を見て「黒板消し」を思い出す? しかも「古い」黒板消し。たとえば、中学校の? あるいは小学校の? 黒板消しのどの部分が鯖の眼? 消すのにつかう布の方? 手で持つ木の方? あるいは黒板消しだけではなく、最後の掃除で黒板を消しているときの教室のことなんかも思い出すのかなあ。子どものときは、学校が終われば、もう「夕方」。
あ、新宿駅で「店頭の鯖の眼」を見てみたい。古い黒板消しを思い出してみたい。どの黒板消しを思い出せるかなあ。
このあと、詩は、
と、わけのわからない展開になるのだが、わけがわからないのは新宿駅の「店頭の鯖との眼」を見ていないからだなあ、と思ったりする。「もう、ないかもしれない階段」は古い校舎(黒板消しのある学校)かな? 「卵の、内側から叩いているよ」というのは、いまから雛が生まれる卵のこと? 中学生のこと? 鯖の眼とどういう関係?
わからないまま詩の印象は最初に戻る。都会の、「顔のない」人間がうごめいている街。そのなかで、詩のなかほどの「鯖の眼」と「黒板消し」の比喩(?)だけが、いつまでも詩を破って、そこに存在している。
あの三行、気に入ったなあ。
「谷川俊太郎の『こころ』を読む」はアマゾンでは入手しにくい状態が続いています。
購読ご希望の方は、谷内修三(panchan@mars.dti.ne.jp)へお申し込みください。1800円(税抜、送料無料)で販売します。
ご要望があれば、署名(宛名含む)もします。
「リッツオス詩選集」も4400円(税抜、送料無料)で販売します。
2冊セットの場合は6000円(税抜、送料無料)になります。
蜂飼耳「新宿駅」は満員の列車で運ばれていく会社員のことを書いている。あるいは会社員がのっている列車のことを書いている--と想像してしまうのは、私がしかたなく働いている会社員だからかもしれない。
首のほそい瓶の弱さで
からっぽのまま揃えられ、
それぞれの持ち場へ送り込まれる
顔のないまま注ぎ込まれては
履歴に似たものを信じ合う
葉脈みたいに行き届き、
監視の水を行き渡らせて
首都は懲りずになお明るい
「首のほそい瓶」「からっぽ」「顔のない」。ああ、これが会社員か。「履歴」を信じているのか。都会は葉脈みたいに監視の目がはりめぐらされている。だから、「暗く」ならずに、明るくね。「あいつ、暗いよ」と言われてしまったら、会社員は「おり場」がなくなるかも……。
ていねいにことばが絡み合って「首都/会社員(労働者)」を描き出すけれど、うーん、蜂飼でなくても、こういう詩は書くかもしれないなあ。
遠ざかった人の目に私は
もうすでに死者のひとり
生と死は交ざり合い、
あ、こんな簡単に「死者」「生と死は交ざり合い」と書いてしまうのは、どうかなあ。だいたい「遠ざかった人の目に」と「客観」を装ったことばが、なんだか、いやだなあ。「わたしにはここまで見えるんだぞ」と主張しているみたい。「他人」を書きながら「他人」はいなくて、自己主張している。自己主張するなら「他人」に頼るな、なんて文句を言いながらさらに読み進むと、
店頭の鯖の眼が
古い黒板消しを
呼び起こす夕方
わっ、この三行は何なんだ。
新宿駅の、どのあたりで鯖を見たんだろう。私は東京には疎い。新宿駅も「乗り換え」に必死でどこに鯖を売っている店があるか見当もつかないが、それよりも「古い黒板消し」にびっくりした。
えっ、蜂飼って鯖の目を見て「黒板消し」を思い出す? しかも「古い」黒板消し。たとえば、中学校の? あるいは小学校の? 黒板消しのどの部分が鯖の眼? 消すのにつかう布の方? 手で持つ木の方? あるいは黒板消しだけではなく、最後の掃除で黒板を消しているときの教室のことなんかも思い出すのかなあ。子どものときは、学校が終われば、もう「夕方」。
あ、新宿駅で「店頭の鯖の眼」を見てみたい。古い黒板消しを思い出してみたい。どの黒板消しを思い出せるかなあ。
このあと、詩は、
もうない、かもしれない階段に
立って、これからの音を
聞いている
卵の、内側から叩いているよ
と、わけのわからない展開になるのだが、わけがわからないのは新宿駅の「店頭の鯖との眼」を見ていないからだなあ、と思ったりする。「もう、ないかもしれない階段」は古い校舎(黒板消しのある学校)かな? 「卵の、内側から叩いているよ」というのは、いまから雛が生まれる卵のこと? 中学生のこと? 鯖の眼とどういう関係?
積み上がる息、略歴、
絡み合う痕跡
両手で首都の夜を隠しても
指のあいだから漏れてくる
わからないまま詩の印象は最初に戻る。都会の、「顔のない」人間がうごめいている街。そのなかで、詩のなかほどの「鯖の眼」と「黒板消し」の比喩(?)だけが、いつまでも詩を破って、そこに存在している。
あの三行、気に入ったなあ。
![]() | 蜂飼耳詩集 (現代詩文庫) |
蜂飼 耳 | |
思潮社 |
![]() | 谷川俊太郎の『こころ』を読む |
クリエーター情報なし | |
思潮社 |
「谷川俊太郎の『こころ』を読む」はアマゾンでは入手しにくい状態が続いています。
購読ご希望の方は、谷内修三(panchan@mars.dti.ne.jp)へお申し込みください。1800円(税抜、送料無料)で販売します。
ご要望があれば、署名(宛名含む)もします。
![]() | リッツォス詩選集――附:谷内修三「中井久夫の訳詩を読む」 |
ヤニス・リッツォス | |
作品社 |
「リッツオス詩選集」も4400円(税抜、送料無料)で販売します。
2冊セットの場合は6000円(税抜、送料無料)になります。