詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

岩佐なを「クリームパン」、望月昶孝「つばめ」

2015-03-16 11:45:56 | 詩(雑誌・同人誌)
岩佐なを「クリームパン」、望月昶孝「つばめ」(「交野が原」78、2015年04月01日発行)

 岩佐なを「クリームパン」。岩佐は最近「パン」の詩を書いているのかなあ。「Mパン」という作品もあったなあ。私は、いわゆる菓子パンというものが嫌い。甘くて、気持ちが悪い。で、ひさびさに、やっぱり岩佐なをは気持ちが悪いなあ、と思いながら読むのである。気持ちが悪い、と言いたくて読むのである。

簡単に言うけれど諦めるって難しいこと
もうなにがおきてもおかしくない
とし
もうなにがおこってもおかしくない
からだ、こころ
なにがの「なに」ってなに
ちと、こわい
朝食はクリームパンだ
(昨日買った、バイキン増えているなよ)
こどもに朝の菓子パンは
身体に良さそうではないけれど
おいぼれたら好きに食うのさ

 何が気持ちが悪いか。何といってもクリームパンが好き(らしい)ところが、私には気持ち悪いのだが、この気持ち悪さまでずるずるずるっとつづいていくことばのつづき方がクリームパンが好きという気持ち悪さよりも、妙に微妙なところがおかしい。
 境目がない。
 ここから、ほんとうは気持ち悪さははじまっているのだが、あまりにも微妙なので、うーん、ここは好きかなあ、と錯覚してしまう。
 書き出し、

簡単に言うけれど諦めるって難しいこと

 「簡単」と「難しい」が一行のなかで同居している。その境目は? 言えないなあ。「諦める」という動詞? まあ、それが分岐点ではあるかもしれないけれど、そんなことはいちいち考えない。そのまま、つかみとってまって、気がついたら「簡単」と「難しい」がいっしょにあった、という感じだなあ。

なにがの「なに」ってなに

 この行も、変だね。何が変かというと、なにがの「なに」がなになのか、知っているくせに、わざと「疑問」を書いている--それが変。「もうなにがおきてもおかしくない」と書いた段階で、わかっているのに、あえて「疑問」を書いている。遠ざけておいたものを、わざと引き寄せる。引き寄せなくてもいいものを引き寄せる。そうすると、「境目」があやふやになる。いや、境目がとけてしまっているのに気づく。

(昨日買った、バイキン増えているなよ)

 なんて、いちいちことばにしなくていいのに、ことばにしてしまうとバイキンが増えてしまう。ことばがバイキンを引き寄せてしまう。
 岩佐は「増えているなよ」と「否定形」で祈っている(?)のだが、私は「増えているよな」と諦めて(達観して?)いるように「誤読」してしまう。それくらい、岩佐のことばは「あらぬもの」を引き寄せる。
 バイキンは増えていないよりも、増えている方が、きっと「うまい」。だって、菓子パンなんて、一種の「毒」。子供に朝から菓子パンを食わせるのは、「毒」を食わせること。でもねえ、年を取るとこの「毒」がうまい。どうせ、死ぬんだから、「甘い毒」に汚染されて死にたい--とは書いてないのだけれど、そんなふうに読める。
 読んでしまう。
 そうか、菓子パンを食うのを「諦める」ことは、難しいか。
 私は菓子パンなんか大嫌いだが、菓子パンが「好き」で諦めきれないという岩佐のことばの、「ずるずるずる」が、妙に「わかってしまう」。そうか、菓子パンを食うのを「諦める」ことは、難しいか、自分のからだを甘やかすのをやめることは難しいか--なんて、ついつい書いてしまう。書かされてしまう。
 これって、岩佐の詩が好きってことなんだ、と思うと、ああ、いやだ、嫌いになりたいのに。

 このあとの部分、

クリームの黄色の仲間で注意の信号ああ
一日八時間は眠っていたい深々と
実はもっとでもいい現実を離れたときところ
あと九年生きるとしたら
三年は眠っている勘定
三年を先にまとめて続けて眠ったら
きっと寝たきりと言われる
言われてもいい

 「ずるずる」の変な感じは「クリームの黄色の仲間で注意の信号」の結びつきもある。そんなもの、結びつけなくていいでしょう。結びつけてもいいけれど、結びつけたら、ちゃんとそれを発展(?)させないといけないのに、「ああ」といういいかげんな嘆息のあと「八一日時間は眠っていたい」とずれる。
 これ、甘い菓子パンでからだを甘やかすように、たっぷりとした睡眠でからだを甘やかしたいという具合につづいているのだろうけれどねえ。(こんなこと、わかりたいくはないのに……。)
 この「ずるずる」に「勘定」なんて、古いことばが紛れ込んで、岩佐の「肉体」を手触りのあるものにする。「計算」だったら、「肉体」ではなく「頭」がのさばってくるので、「きっと寝たきりと言われる/言われてもいい」という具合には開き直れないなあ。

クリームの黄色の仲間で注意の信号ああ
一日八時間は眠っていたい深々と
実はもっとでもいい現実を離れたときところ

 この3行自体、妙に「ずるずるずる」とした「ことばの肉体」だなあ。ことばを「論理的」に整理する前に、からだの奥から「順序」や「てにをは」を考えずに出てきた感じだ。口語のリズムそのままの「ずるずるずる」とした非論理的なことばなので、「意味」よりもそのことばを口にしている肉体の感覚がじかに迫ってくる。「意味」ではなく、岩佐の「肉体」が先にちかづいてくる。私(谷内)と岩佐の「間」(境目)を乗り越えてちかづいてくる。
 あ、いやだなあ。嫌いだなあ、と言いたいのに、どこで切り離していいのかわからない。



 望月昶孝「つばめ」も、接続と切断の微妙さに詩があるのだが、岩佐の詩とはちがって「ずるずる」感がない。それが読みやすい。でも、それが、岩佐の詩に比べると物足りないかもしれない。

二羽のつばめが電線に乗って
愛を語っているらしい
その平凡な非凡さよ
ぼくは歩道橋の上で見ていた
聴いていた
息がつまってきて…

あの人動かないね
という声がして
飛んで行ってしまった

 「その平凡な非凡さよ」には「平凡」「非凡」という反対のことばが同居しているが、その接続の間に「ねじれ」がないので、同居というよりも並列という感じ。つながりが稀薄。さっぱりしている。
 2連目はつばめの感想なのだが、ここには切断が「客観」という形であらわれている。「客観的」というのは自分の主観を切り離してしまうこと。(つばめが実際にそういうわけではなく、これは望月が想像したことだから、「客観」ではなく「主観」という見方もあるだろうけれど……。)
 このあと、詩は歩道橋が揺れていたことに気がつき、廃品回収車が「壊れたものでも結構です」と言いながら走るのを見て、

つばめ
明日も来いよ
壊れるな

旋回しつつ
あの人壊れそうだなあ
と声がする

 「頭」が「対話」する。「ぼく(望月)」と「つばめ」が対話する。離れたところで、ことばで対話する。「壊れる」は「肉体」ではなく、「頭」が考えている「精神」のようなものに対しての動詞になってしまう。
 それが、物足りない。
 気持ち悪くなくて、物足りない。



 岩佐の詩と望月の詩をつづけて読んでしまうと、岩佐の詩の方がはるかに気持ち悪くていやなのだけれど、どっちが好きかといわれたら岩佐の詩になってしまう。気持ち悪いとか、嫌いとか、そういう反応がついつい出てきてしまうのは、どこかで、あっ、これは快感だなあ、好きだなあという思いが動いているからなんだろうなあ。
 好き嫌いは簡単に言えるけれど、それがほんとうの気持ちかどうか考えると、判断は難しいね。



海町
岩佐 なを
思潮社
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破棄された詩のための注釈(12)

2015-03-16 00:59:19 | 
破棄された詩のための注釈(12)

「愁い」ということばは、どういうときにつかうだろう。詩人は「嫉妬」と同じ意味に用い、それがいままでにない魅惑を引き出したと書いているが、これは書き急いだために剽窃の仕方を間違えたのである。「嫉妬」を「愁い」と言い換えた方が、「嘘」を含み、女の輪郭を豊かにするはずである。

遠くで川の水がざわめくのが聞こえた。「街が沈黙にちかづいていく音に似ている」。起承転結の「転」の部分で、詩人はそう書きたかった。そして、そのことから一連目に引き返したために「嫉妬」ではことばが強すぎると感じ、「愁い」にしたのだった。しかし、私の率直な感想では、やはり、どうもちぐはぐである。

ほんとうは書きたくなかったのかもしれない。

「反対側」から、あさはかな唇がちかづいてきた。セーターのなかに手を入れると「裏切り」と「哀願」がやわらかく動いた。へそや性器ということばが部屋を横切る猫のように立ち止まったが、書かなかった。(一度は書いたが、傍線で消した。)それから「川の土手の木の横に立ってみている。」という行を最終行にするために、楷書で書いた。
*

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