詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

六代目中村芝翫襲名披露

2017-06-25 21:32:33 | その他(音楽、小説etc)
六代目中村芝翫襲名披露(博多座、2017年06月25日)

 芝居は「一声二姿三顔」と言われる。それを実感する歌舞伎だった。私は三階席(いわゆる天井桟敷)で見たので「顔」なんかは見えないこともあって、よけいにそれを感じたのかもしれないが。
 私が見たのは昼の部。演目は「車引」「藤娘」「毛谷村」「河内山」。

 私が歌舞伎を見るのは四度目くらいで、役者のことも知らないし、ストーリーも何も知らないで見るのだから、とんでもない誤解をしているかもしれないが。
 「河内山」(六代目中村芝翫が河内山宗俊を演じる)の最初の場面で、質屋で中村芝翫が木刀を質草に「五十両貸せ」とか、「ひじきと油揚ばかり食べているやつらは……」という台詞を言うところで、あ、この芝居は「台詞回し」が主役の芝居だと気づく。かっこいい見得や荒々しい動き、あるいは踊りや曲の美しさではなく、台詞を聞かせる芝居だとわかる。「声」が主役の芝居である。
 ところが、主役の中村芝翫の「声=台詞回し」がぜんぜんおもしろくない。引きつけられない。「ことば」で「交渉」を乗り切る、というのは「意味」としては何となくわかるが、「丁々発止」という感じがしない。覚えている台詞を言っているだけ、ストーリーを説明しているだけ、という感じなのだ。
 質屋の場面が終わると、そのあと思わずうつらうつらしてしまった。
 中村芝翫が「山吹のお茶」を要求する場面、最後の「ばかめ」と叫んで花道を引き上げる場面はちょっと目が覚めたが、あとは、うーん、眠い。眠りそうだ。あ、眠ってしまった、という感じだった。
 昼の部の一番の見せ物がこれだから、たまらない。
 「車引」では、橋之助、福之助、歌之助の「声」が、あたりまえといえばあたりまえなのだろうが、若くてつまらなかった。声が「肉体」になっていない。「意味」を伝えるだけに終わっている。ただし動きは軽さとスピードがあって、若い肉体というのはいいなあと感じた。
 「藤娘」は菊之助が舞った。女形は上半身、特に手の動きが重要だと思っていた。指先の動きが感情をあらわしていて、あ、なるほどなあと思いながら見ていたのだが、途中から「腰高」が気になり始めた。「姿」が気に食わない。腰、膝、足の裏(?)という、上半身を支える部分が、どうも「弱い」。荒事というのは、たぶん下半身の力で動いているのだと思うが、女形の基本も下半身にあるのかもしれない。上半身と下半身が分離している感じで、だんだん落ち着かなくなる。見ている私の感覚が。歌舞伎というのは肉体の美しさ、動きの美しさのなかに「感情」を味わうものだと思うが、見ていて「味わう」という「喜び」が少しずつ消えているのを感じてしまったか。
 「毛谷村」は、六助を菊五郎が演じた。うまいわけでも、熱をこめて演じているわけでもないと思うが、きょう見た芝居のなかでは、いちばん「楽な気持ち」になれた。年をとったとはいえ、やっぱり「顔」に花がある。天井桟敷からでも、それがわかる。しかし、なんといっても「声」がいちばんよく聴こえた。
 
リッツォス詩選集――附:谷内修三「中井久夫の訳詩を読む」
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豊原清明「自主製作映画シナリオ『サボテン』」

2017-06-25 00:18:22 | 
豊原清明「自主製作映画シナリオ『サボテン』」(「白黒目」72、奥付なし、2017年06月発行)

 高柳誠の詩について書いたとき「論理」、あるいは「構造」というものを考えた。豊原のシナリオには、高柳のことばを動かしている「論理」とか「構造」というものがない。いきなり「現実」があるだけである。

〇 サボテンの針に指を突き刺す。

〇 タイトル「サボテン」

〇 四十の掌
  牧師からの誕生祝い。
男「作業所に復讐を果たしたい」
  筋トレしている、男。
  腹筋をしながら、言う。
  腕立て五十回、スクワット、五十回、腹筋五十回、
  膝上げ百回。

 「四十の掌」とは「四十男の掌」だろう。「牧師からの誕生祝い」が何を指すかは明確ではないが、「サボテン」だろう。サボテンの針に指を突き刺す四十男。刺したあとの男の掌のアップ。それから「筋トレ」をしている男の姿が映し出されるのだが、このときの「映像」は「顔」を持たない。腹筋を鍛えているときの腹筋、腕立てをしている腕、スクワットをしている下半身、膝上げをしている膝という「肉体」のアップがあるだけだ。「肉体」は「断片」だが、「断片」としての「肉体」は存在しない。どこかでつながっている。つながることで「ひとつ」になっている。その「つながり(連続)」を豊原は書かない。
 「つながり」とは「関係」であり、「構造」である。
 豊原はなぜ「構造」を書かないのか。
 「構造」は書く必要がない。書かなくても「人間(肉体)」は「同じ構造」をもっている。誰もが、それがどんなものか「わかっている」。だから省略する。「無意識」を「無意識」のままにしておくことができる。これが豊原のことばの強さである。
 多くの人は、たいてい、どこかで「キーワード」を書いてしまう。書かずにいられなくなる。キーワードを書かないと「論理」が「説明」できないからである。「ことば」はどこかで「論理」をめざしてしまうものである。そして「論理」をめざすとき、どこかで「論理」を補強することばを「補う」。普通は無意識に動かしているのだが、「他人」を意識し、「他人」にわかってもらおうとすると、どうしても「ことば」を補わなくてはならなくなる。そういう瞬間がある。その瞬間に、無意識だったキーワードが動く。
 高柳は「入れ子」と書くだけで十分なのに「構造」と書き加えてしまう。「構造」をこそ書きたいのだと、つい説明してしまう。その説明の中に、私は、高柳の「思想」を感じるのだが……。
 豊原の場合は、そういう「無意識」をまったく書かない。そういうものを書かずに、いきなり「現在に噴出してくる過去」を書く。「肉体」を突然、書いてしまう。どんな「肉体」も「過去」をもっている。その「過去」はたいてい「肉体」を見れば感じ取ることのできるものである。
 このシナリオでは筋トレをしている四十男の「腹」とか「腕」とか「足(ひざ)」がアップされるのだが、その「形」を見ただけで、人は四十男の「過去」を知ってしまう。ビールばっかり飲んでいる腹だ、とか、力仕事をしてこなかった腕だとか、あるいはマラソンランナーの足だとか。いや、これは短距離ランナーの足だとか。この無意識に感じてしまう「肉体」の印象を「存在感」などと呼んだりすることもある。豊原は、その「存在感」をいきなり書くのである。
 「現実」を書くのである。
 「現実」とは「いま」のことだけれど、それは「いま」の中に「過去」が噴出してくるときだけ「いま」になる。「過去」が噴出して来ないときは、「肉体」には見えない。「肉体」とは、そういう「論理」というか「構造」をもっている。そして、こんなことは「説明」しなくても、誰もがわかっている。だから、豊原は、こういうとこは書かない。
 「復讐を果たしたい」ということばが突然放り出される。それから筋トレをする四十男の肉体が映し出される。そのあとに、

〇 男のイジメ
声「俺を虐めた、あの男。」

〇 氷水を眺めている、男、一気に飲む。

 こうつながると、「男のイジメ」は「過去」として「いま」に噴出してくる。イジメをうけたから復讐したいのだ。復讐するために、肉体を強化しているのだ。声がそれを「説明」している。ただし、それは私が「誤読」した結果、そうなるだけであって、ほんとうは「違う」かもしれない。「イジメを受けた-復讐したい」という「論理」、そのために「肉体」を改造するというのは私が勝手につくった「論理」、私の「誤読」であるかもしれない。同じように多くの人が「誤読」するだろう。勝手に「論理」をつくり、「意味(ことばと肉体の関係、構造)」を読み取るだろう。
 言い換えると、豊原は、誰もが「誤読」するように「現実」を書くということである。誰もが「自分自身の過去」をそこに結びつけ、自分自身の肉体が覚えている「過去」を見つけ出すのである。まるで「肉体」の一部がアップされているだけなのに、その「肉体」がどこかでつながって四十男になっていると信じるのと同じである。
 それは勝手な「思い込み(誤読)」かもしれないが、たぶん、だれも「誤読」とは意識しない。
 「氷水を眺めている、男、一気に飲む」というト書きには、「間合い」が書かれていない。「間合い」は役者によって違うだろう。その「違い」を、私たちは(私は)、自分の「覚えている間合い」で感じ取り、そこに「自分の肉体/自分の過去」を見てしまう。
 勝手に、そこに書かれている「四十男」と「一体」になってしまう。
 「感じる」とか「わかる」というのは、そういう「誤読」のことである。
 豊原のことばは「誤読」を引き出すことばである。

 「論理」は「誤読」を拒絶するが、豊原のことばは「論理」を拒絶していて、「誤読」を誘うと言いなおせばいいのかもしれない。
 高柳の詩を読んだあとでは、この「誤読」を誘うことばは、とても美しく、強く感じられる。
 こういう感想の書き方は高柳の詩にとって非礼な書き方になるかもしれないけれど、きょうはそんなことを感じた。

夜の人工の木
クリエーター情報なし
青土社
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