詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

7 空を見る男

2019-04-05 15:26:58 | アルメ時代
7 空を見る男



角を曲がろうとして体が傾く
ビルがなくなっているからである
新しい土の色の上まで空が降りてきて
視線をひっぱるからである
何度も経験していることである
だが慣れることはできないのである
「消えることによって存在を
知らせるものがある」
「消えることによって向こう側を
みせるものもある」
人事のようにふいに動いていくものがある
我われはビルの裸に視線でふれる
隠されていたものは無防備であり
無防備なものは我われを恥ずかしくさせる
春風がのぼっていく非常階段のとなりの
小さな窓から男が水色が散乱する空をみているのである
空にすいこまれまいと直立しているのである
「まっすぐに進みすぎるものは暗い
ものを含んでいる」













(アルメ232 、1985年03月25日)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

6 触覚を分類する

2019-04-05 15:24:58 | アルメ時代
6 触覚を分類する

           さわる
           木目の汁にさわる
           女のはるかな曲線にさわる。   ――大岡信

   1
 特徴a/視覚よりも支配力が強い。
 証明a/木目にさわってみるといい。みずみずしい罠にふれることができる。人間にひそむ水分をひきこもうとする誘い水が、ぎりぎりのところまでやってきている。ふれてしまえばおしまいだ。きみの水分を吸って、木は一気に生長する。触覚をさかのぼって枝を広げ、感覚のすみずみに葉を繁らせる。木目など見えなくなる。目を凝らせば、しっとりぬれた肌がある。やわらかい光がにじんでいる、と言ってみたところで遅い。「しっとり」とか「やわらかい」とか、触覚に根ざしたことばが侵入してきているではないか。
 対策a/対象には道具を使って接すること。つまり、自己と対象を分離し、対象のありようを両者の距離内の変化で再現すること。たとえば髪と鉛筆を用意し、木目の凹凸を図として明るみに出すこと。
 蛇足a/気にさわると言われたら、他者と自己を区別する道具を捨てること。

   2
 特徴b/説得力がある。
 証明b/女にさわってみるといい。輪郭のはてしなさを知るだろう。はてしなさとは形ではなく、掌によってひきだされ、触覚の内部にしのびこんだ曲線の属性である。分離、独立させられないものである。きみにもきっとあるはずだ。逃げていく一方で反撃を仕掛けてくる肌から掌をはなせば、陰影のない絵画的曲線にかえってしまうかもしれないと、だらしない絶望におそわれたことが。神経をあまくする力に負け、女からのがれられなくなったことが。
 対策b/なし。
 蛇足b/気がふれているという批判に敏感になってはいけない。他者とふれあうことで姿をあらわしたものに向かって、はてしなく自己解体を試みる生もあるのだから。










(アルメ232 、1985年03月25日)

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

池澤夏樹のカヴァフィス(107)

2019-04-05 08:22:08 | 池澤夏樹「カヴァフィス全詩」
107 絶望の中で

彼をすっかり失った。 今は誰か別の
恋人の唇に彼の唇を 探し求める。
新しい恋人を 抱きしめるたびに、
これは前のあの 若者なのだと
自分に 言い聞かせる。

 「誰か別の/恋人の唇に彼の唇を 探し求める」というだけなら、誰にでも経験があるかもしれない。この絶望は、二連目で、こう言いなおされる。

恋人は言ったのだ。 こんな病んだ
汚れた愛から 自分を救いたいと。
汚れて恥知らずな 性の快楽から。
今ならばまだ 間に合うと。

 カヴァフィスは、彼を失ったことよりも、このことばに絶望したのではないだろうか。彼は、そのことばをほんとうに実行したのか。それともカヴァフィスから逃れるためにそう言っただけなのか。
 たぶん、後者だろう。
 性の好みは変えることはできないだろう。この詩を書いているカヴァフィスは「汚れて恥知らずな 性の快楽」のなかに、いまもいる。同じ快楽を体験した彼。彼だけが、それを捨て去ることができるとは思えない。もしかすると、カヴァフィスは、そういう彼を、いつか、どこかで見かけたかもしれない。
 それがカヴァフィスを絶望させる。

 池澤は、詩の構造(脚韻)について註釈しているが、実際にどういう韻なのか書かれていないので、「構造」があるらしいということしかわからない。




カヴァフィス全詩
クリエーター情報なし
書肆山田


「高橋睦郎『つい昨日のこと』を読む」を発行しました。314ページ。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168074804
↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑
ここをクリックして2500円(送料、別途注文部数によって変更になります)の表示の下の「製本のご注文はこちら」のボタンをクリックしてください。

オンデマンド形式です。一般書店では注文できません。
注文してから1週間程度でお手許にとどきます。



以下の本もオンデマンドで発売中です。

評論『中井久夫訳「カヴァフィス全詩集」を読む』396ページ。2500円(送料別)
読売文学賞(翻訳)受賞の中井の訳の魅力を、全編にわたって紹介。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168073009

評論『ことばと沈黙、沈黙と音楽』190ページ。2000円(送料別)
『聴くと聞こえる』についての批評をまとめたものです。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168073455

コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする