詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

池澤夏樹のカヴァフィス(129)

2019-04-27 10:46:26 | 池澤夏樹「カヴァフィス全詩」
129 アンナ・ダラシニ

アレクシス・コムネノスは
母の名誉を讃えるべく出した勅令の中に
(その人こそ職務に於いても礼節においても
特筆に値する際だった知性の持ち主)
多くの修辞を並べた。
ここではその一つだけをお目にかけよう、
美しくもまた高潔な一つを--
「『私の』とか『あなたの』という冷たい言葉を決して使われなかった。」

 全行である。最終行「私の」「あなたの」は「冷たい言葉」なのか。「私の本」「あなたの目」は冷たい言葉か。
 前に書かれていることばと関連づけながら、「意味」を特定しないといけない。
 「職務」が重要だ。「職務」を「私物化しなかった」ということだろう。「職務」に「これは私のもの」「これはあなたのもの」という基準を持ち込まなかっただけではない。「自他」を区別しないというだけではない。「これは私のもの」「これはあなたのもの」を否定するのだ。すべては「国民のもの」。
 この「国民のもの」という基準をしっかりと持ち、守り通せるのが「知性」ということになる。「国民のもの」という基準しか持たないことが、国事において「高潔」であり、「美しい」と呼ばれるゆえんなのだ。

 この文章を書きながら、私はもちろん、いまの日本の首相、安倍を思い描いている。安倍には「国民のもの」という基準がない。すべては「私のもの」という認識である。すべては「私のもの」だから、利用できるときは利用し、邪魔になったらさっさと捨てる。天皇をも政治に利用している。

 池澤は、こう書いている。

 一〇八一年、東ローマ皇帝アレクシス・コムネノスは出陣に際して、後に残すすべての国事を母であるアンナ・ダラシニに託した。それを着実に果たしたのが讃辞の理由であり、「職務に於いても」の理由である。

 「も」をどう読むかはむずかしいが、私は「追加」ではなく「強調」と読みたい。
 カヴァフィスが、「多くの讃辞」のなかから、この「一つ(一行)」を取り出していることに、「あたたかな知性」を感じる。





カヴァフィス全詩
クリエーター情報なし
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