詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

池澤夏樹のカヴァフィス(109)

2019-04-07 11:04:51 | 池澤夏樹「カヴァフィス全詩」
109 コマゲネ王アンティオクスの墓碑銘

 コマゲネ王アンティオクスの妹が作らせた、兄の墓碑銘。

一国の支配者として彼は、先見の明を備え、
公正であり、賢明であり、さらに勇敢であった。
しかのみならず、彼は何よりもヘレネスの人であった。
人間にはこれを超える徳は望めない。
その先にあるものはなべて神々に属する」

 カヴァフィスの主眼は、おわりの三行だろう。この三行は「散文」でしか言えない。つまり、「論理」がある。ことばを「音楽(音の響き)」ではなく、「意味の動き」で支える。もちろん「散文」にも音楽もあれば響きもあるのだが、それは「詩」とは違う。
 この違いを際立たせるために、

公正であり、懸命であり、さらに勇敢であった。

 がある。
 しかし、池澤の訳では、この一行の「音」が独立して響いてこない。「公正」「賢明」「勇敢」という名詞の並列が、「である」という動詞の繰り返しによって死んでしまう。だらだらと接続してしまう。
 「ある」をずるずるひきずって螺旋階段を上るように動くのではなく、体言を積み重ね、高速エレベーターで上昇し、加速したスピードを借りて異次元へ飛翔する。その飛翔をしっかり見せるということばの運動が、カヴァフィスの狙いではなかったのか、と「原文」を知らない私は想像する。

 池澤の註釈。

 このアンティオクスも含めて登場する人物はすべて架空である。

 そうならばなおのこそ、「事実(歴史)」とは無関係に、カヴァフィスはことばの魔術を展開するために墓碑銘というスタイルを借りたのだと思う。称賛はどのようなリズムであるべきか、という「手本」(ギリシャの常套句)を引き継ぎ、発展させようとしているのだと思う。




カヴァフィス全詩
クリエーター情報なし
書肆山田


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