詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

破棄された詩のための注釈16

2020-09-01 23:08:48 | 破棄された詩のための注釈


破棄された詩のための注釈16
             谷内修三2020年09月01日

 聞き慣れた声が、どこか遠くをわたっていく。誰も何も教えてくれなかったのだと気づいたとき、周りにあるものがひとつひとつ消えていくのがわかった。それも体で触れたことがある部分は残したまま、存在の芯がとけていくように消え始めるのだ。椅子の、こんなところにあった肘掛け。机の上にこびついているコーヒーカップの痕。天井のきめこまかい明りさえも。
 「まるで死のように」という比喩がすぐにあらわれたが、書けなかった。あまりに強烈で、ストーリーには思えなかった。主人公が考えたこととは思えなかったのだ。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

笠原仙一『命の火』

2020-09-01 18:14:03 | 詩集


笠原仙一『命の火』(竹林館、2019年12月28日発行)

 笠原仙一『命の火』にはいろいろな詩があるが、仏壇が出てくる作品に静かな落ち着きがある。「日の本が滅んでいく」は印象的だ。

仕事のことで恐縮だが
仏壇じまいほど悲しい仕事はない

家が狭くて置く場所がないといって
子供もいないし誰も家を継がないからといって
仏教など信じてもいないといって
新興宗教に入ったといって
都会にいるので親とは住まない
持ってくると嫁さんが嫌がるのだといって
ご先祖が何世代にもわたって大切に守り
祈ってきたお仏壇が捨てられていくのだ

特に哀れなのは
絶えてしまって親類に捨てられていくお仏壇だ
だれも見守るものもなく
若かりし時の写真や
旅行に行った時の楽しそうな写真
家族や孫の写真
克明に記録した家族の日記や
ご先祖の誰かの遺髪なども
みんな非情にも気持ち悪いと言って
捨てられていくのだ

 「仏壇」は先祖をまつるものなのかもしれないが、ときには「金庫」のような働きもしている。そういうふうにつかっている地方がある。私の田舎でも、そうだった。だから、「遺影」「遺髪」というもの以外に、若い時の写真や子供、孫の写真も大事にしまわれていることがある。
 こういうことは知らない人は知らないままだろうけれど、知っている人は、ああ、そうだったとはっきり思い出すことができることがらである。
 そういうことが静かに語られている。
 書き出しの「仕事のことで恐縮だが」や、三連目の「特に哀れなのは」ということばは詩のことばとしては効果的だとはいえない。「仕事のことで恐縮だが」はない方が事実が前面に出てくる。「特に哀れなのは」は、そういうことばをつかわずに「哀れ」を読者にひき起こすのが詩だといえばいいのか……。
 しかし、笠原の作品では、その「余分」というか、「工夫」の足りない部分に「人柄」のようなものが出ている。読者を驚かしたくはない、という気持ちが表れている。それがことばを静かにしている。
 「みらいごと」には、国会議事堂を取り囲むデモがあったときのことが書かれている。そこに、こんなことばが出てくる。

こんな武生の田舎町でも俺たちはデモをしたのだ
みんなが手を振ってくれたのだ
反原発運動も
日本各地で あちらでもこちらでも
原発の危機を訴えている人がいるのだ
マスコミが取り上げないだけで
政府や政治が無視しているだけで
知らぬところで頑張っている人が
本当にたくさんいるのだ

 「知らぬところで頑張っている人」を「仏壇を捨てる人」に重ねあわせるのは、少し奇妙なことかもしれないが、私はついつい重ねてしまう。「仏壇を捨てる」と決断するまで、その人たちは「仏壇を守ろう」と頑張ってきたのである。そしていまも、どこかで「仏壇を守ろう」と頑張っている人がいる。「本当にたくさんいる」。
 「仏壇じまい」の手伝いをしながら、笠原は、そういう人にも思いをよせている。そういう人柄が、ことばの動きのなかに感じられる。特別なことばを語っているわけではない。むしろ語り尽くされたことばで語っているのだが、その「語り尽くされた」というのはほんとうは「語り継がれた」という意味なのである。一人で語り尽くすのではない。長い歴史のなかで語り継ぐことで語り尽くされるのだ。そして、それは「尽くして」しまってはいけないものなのだ。


 




**********************************************************************

★「詩はどこにあるか」オンライン講座★

メール、skypeを使っての「現代詩オンライン講座」です。
メール(宛て先=yachisyuso@gmail.com)で作品を送ってください。
詩への感想、推敲のヒントをメール、skypeでお伝えします。

★メール講座★
随時受け付け。
週1篇、月4篇以内。
料金は1篇(40字×20行以内、1000円)
(20行を超える場合は、40行まで2000円、60行まで3000円、20行ごとに1000円追加)
1週間以内に、講評を返信します。
講評後の、質問などのやりとりは、1回につき500円。

★skype講座★
随時受け付け。ただし、予約制(午後10時-11時が基本)。
週1篇40行以内、月4篇以内。
1回30分、1000円。
メール送信の際、対話希望日、希望時間をお書きください。折り返し、対話可能日をお知らせします。

費用は月末に 1か月分を指定口座(返信の際、お知らせします)に振り込んでください。
作品は、A判サイズのワード文書でお送りください。
少なくとも月1篇は送信してください。


お申し込み・問い合わせは、
yachisyuso@gmail.com


また朝日カルチャーセンター福岡でも、講座を開いています。
毎月第1、第3月曜日13時-14時30分。
〒812-0011 福岡県福岡市博多区博多駅前2-1-1
電話 092-431-7751 / FAX 092-412-8571

**********************************************************************

「詩はどこにあるか」8月号を発売中です。
162ページ、2000円(送料別)
オンデマンド出版です。発注から1週間-10日ほどでお手許に届きます。
リンク先をクリックして、「製本のご注文はこちら」のボタンを押すと、購入フォームが開きます。

https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168079876



オンデマンドで以下の本を発売中です。

(1)詩集『誤読』100ページ。1500円(送料別)
嵯峨信之の詩集『時刻表』を批評するという形式で詩を書いています。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168072512

(2)評論『中井久夫訳「カヴァフィス全詩集」を読む』396ページ。2500円(送料別)
読売文学賞(翻訳)受賞の中井の訳の魅力を、全編にわたって紹介。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168073009

(3)評論『高橋睦郎「つい昨日のこと」を読む』314ページ。2500円(送料別)
2018年の話題の詩集の全編を批評しています。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168074804


(4)評論『ことばと沈黙、沈黙と音楽』190ページ。2000円(送料別)
『聴くと聞こえる』についての批評をまとめたものです。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168073455

(5)評論『天皇の悲鳴』72ページ。1000円(送料別)
2016年の「象徴としての務め」メッセージにこめられた天皇の真意と、安倍政権の攻防を描く。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168072977





問い合わせ先 yachisyuso@gmail.com
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

小池昌代『かきがら』(2)

2020-09-01 09:33:59 | その他(音楽、小説etc)


小池昌代『かきがら』(2)(幻戯書房、2020年09月11日発行)

 小池昌代『かきがら』の最後に「匙の島」という短篇がある。「かひの島」と読むらしい。島の形が匙に似ているのだという。そして、その匙は、最後でこう変わる。

木製の匙で綺麗な水を汲み、赤ん坊の口をしめらすのだ。そのことで、新しく誕生した彼あるいは彼女を、島の一員に迎え入れる。

 一種の「神話」のような構図の作品だが。
 私が最初に興奮したのは、島の「涸れ井戸」に水がよみがえったのエピソード。井戸を覗く。

 皆、かわりばんこに井戸を覗き込む。その面(おもて)が、そのままばかりと井戸に落ちるような気がしてフミは怖い。見上げた顔はのっぺらぼう。何でも無闇に覗き込むものではない。

 という主人公の感想のあと、みずから進んで「うば捨て山」に入るという「オニババ伝説」のようなものが語られる。つづいて、

 誰もがタブーのように語るオニババだったが、フミもまた、オニババを思うとき、悲しみの先にある「満天の自由」に触る気がするのだ。

 括弧付きで、突然「満天の自由」ということばが出てくる。これが、私には、井戸を覗いたとき、井戸の底(水面)に映った「のっぺらぼう」が見た「星空」か何かのように感じられたのだ。「宇宙の自由」のように感じられた。
 「満天の自由」と「井戸」が呼応していると感じ、その非情な美しさ(人間を無視した美しさ)に、こころが震えた。
 詩を読むと、意味はわからないのに、あることばが突然「全体的な美しさ」で屹立してくるのを感じるときがあるが、それに似た感じを「満天の自由」に感じた。
 そして、これが最終的に「別の形」で小説の結末になるだろうと予感した。
 あとは「予感」なのか、私が「予感」にあわせて小池のことばを「誤読」しているだけなのかわからないが、とてもおもしろい展開が始まる。
 ある人が不気味な魚をつりあげる。その直前に、赤ん坊の泣き声のようなものを聞く。「ヨナタマ」ではないか、という。

ヨナタマは、海霊と書き、「ヨナ」とは海のこと。「タマ」は女性の別称とも、命のことだとも言われる。

 ここでは小池は「女性の別称」と書いているのだが、私はなぜか「女性の性器の別称」と読み違えていて、実は、いま引用しながら「あ、女性の性器ではないのか」とちょっと驚いたのだが。
 何かしら、「井戸」「満天の自由」と「女性の性器」がつながっている、そこから「命」がうまれてくるという「予感」がしたのである。
 脱線したが……。
 この「ヨナタマ」を、魚を釣った家族や近所の人がそれを食べてしまう。
 「ヨナタマ」は津波をもたらすという不吉な伝説もあるので、島人は不安になるのだが、釣り人が聞いた「赤ん坊の泣き声」が現実の赤ちゃんの誕生という具合に変化していく。
 その過程で、ちょっと説明はしにくいのだが、「生まれる前の時間」とか、人間の誕生までの変化(母の胎内での変化)が「魚の状態」ではじまるとか、海のなかでの「初潮」が語られる。
 そのときの一種のキーワードのようなもの(物語の意味を刻印されたことば)は「ブエノスアイレスの洗濯屋」と同じように、鍵括弧のなかに入っていたり、裸のままだったりするのだが、ストーリーを突き破るようにし先へ先へとイメージを広げていく。まるで「詩」のことばのように感じられ、そういうことばの「配置」にふれると、ああ、小池はやっぱり詩人なのだ、と思うのだった。
 赤ん坊に関しては、赤ん坊を抱いた女性が「名前はまだです。名無しです」と言ったあと、

名無しという言葉が、その場に矢のごとく放たれて、空気が清(す)んだのがフミにはわかった。

 そのあとフミは赤ん坊の顔を覗く。閉じられていた目が一瞬開かれ、表情が目まぐるしくかわる。「老賢者」「怪魚のような醜貌」「カエル」「ヘビ」「トカゲ」「サル」。それが「疾風のように通りすぎた」。
 この描写は、なぜか「井戸」を覗いたときのことを思い出させる。赤ん坊の目は「井戸」なのだ。そうであるならば、赤ん坊が見つめたのは「満天の自由」なのだ。「満天の自由」を主人公は、赤ん坊をとおして瞬間的に見たのだ。
 とは、小池は書いていないのだが、私は「誤読」する。
 そして、いいなあ、と思う。
 何か、巨大な「迂回」をとおして、世界が新しく生まれ変わる。世界が生まれ変わるためには「迂回」が必要だ。その「迂回」の目印のようなものが、作品のなかに「配置」されていて、それを辿ると世界が動いたことがわかる……という感じと言えばいいのか。

 「詩」のことばが、小説のなかに生まれてしまう「余分」を、ある意味では削り落とし、あるいは「詩」を踏み台にしてストーリーを別次元へ飛翔させてしまう。なにか、そういう感じで、小池の短篇のことばは凝縮したまま動いている。
 ストーリーのスムーズな展開というよりも、ぎくしゃくしていても、「象徴的なことば」の飛躍力(飛翔力)を借りて、新しい世界を生み出してしまう。そういう「文体」だと思った。だから、ストーリー(散文)を読むというよりも、「詩」だと思って読んだ方が、きっと楽しい。







**********************************************************************

★「詩はどこにあるか」オンライン講座★

メール、skypeを使っての「現代詩オンライン講座」です。
メール(宛て先=yachisyuso@gmail.com)で作品を送ってください。
詩への感想、推敲のヒントをメール、skypeでお伝えします。

★メール講座★
随時受け付け。
週1篇、月4篇以内。
料金は1篇(40字×20行以内、1000円)
(20行を超える場合は、40行まで2000円、60行まで3000円、20行ごとに1000円追加)
1週間以内に、講評を返信します。
講評後の、質問などのやりとりは、1回につき500円。

★skype講座★
随時受け付け。ただし、予約制(午後10時-11時が基本)。
週1篇40行以内、月4篇以内。
1回30分、1000円。
メール送信の際、対話希望日、希望時間をお書きください。折り返し、対話可能日をお知らせします。

費用は月末に 1か月分を指定口座(返信の際、お知らせします)に振り込んでください。
作品は、A判サイズのワード文書でお送りください。
少なくとも月1篇は送信してください。


お申し込み・問い合わせは、
yachisyuso@gmail.com


また朝日カルチャーセンター福岡でも、講座を開いています。
毎月第1、第3月曜日13時-14時30分。
〒812-0011 福岡県福岡市博多区博多駅前2-1-1
電話 092-431-7751 / FAX 092-412-8571

**********************************************************************

「詩はどこにあるか」8月号を発売中です。
162ページ、2000円(送料別)
オンデマンド出版です。発注から1週間-10日ほどでお手許に届きます。
リンク先をクリックして、「製本のご注文はこちら」のボタンを押すと、購入フォームが開きます。

https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168079876



オンデマンドで以下の本を発売中です。

(1)詩集『誤読』100ページ。1500円(送料別)
嵯峨信之の詩集『時刻表』を批評するという形式で詩を書いています。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168072512

(2)評論『中井久夫訳「カヴァフィス全詩集」を読む』396ページ。2500円(送料別)
読売文学賞(翻訳)受賞の中井の訳の魅力を、全編にわたって紹介。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168073009

(3)評論『高橋睦郎「つい昨日のこと」を読む』314ページ。2500円(送料別)
2018年の話題の詩集の全編を批評しています。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168074804


(4)評論『ことばと沈黙、沈黙と音楽』190ページ。2000円(送料別)
『聴くと聞こえる』についての批評をまとめたものです。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168073455

(5)評論『天皇の悲鳴』72ページ。1000円(送料別)
2016年の「象徴としての務め」メッセージにこめられた天皇の真意と、安倍政権の攻防を描く。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168072977





問い合わせ先 yachisyuso@gmail.com
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

読売新聞の嘘のつき方(その3)

2020-09-01 09:15:29 | 自民党憲法改正草案を読む
読売新聞の嘘のつき方(その3)
   自民党憲法改正草案を読む/番外385(情報の読み方)

 2020年09月01日の読売新聞(西部版14版)。1面「総括 安倍政権」の署名記事。きょうは編集委員・伊藤利行。見出しは、

頻繁な選挙 政策足踏み

 安倍が頻繁に国会を解散し、そのために政策の実行が遅れた、と批判しているように見える。しかし、具体的な指摘ではない。
 こう書いている。

惜しまれるのは、自民党が2012年衆院選、13年参院選と連勝し、安倍氏は次の参院選まで国政選挙のない「黄金の3年」を過ごせたのに、14年の抜き打ち解散で自ら機会を潰したことだ。戦後2度だけの希少な時間を使えたなら、もっと成果を残せたのではないか。

 これだけでは、この間の「政策の実行」が何だったのかがわからない。すぐに12年の衆院選、14年の衆院選に何がテーマであったかわかる読者がどれだけいるかわからない。安倍の「選挙乱発」をどう批判しているのかわからない。
 選挙には、いつも「争点」があるはずだ。「社会的背景」があるはずだ。
 私のおぼろげな記憶では、12年の衆院選は、野田が「消費税増税と社会保障改革」の実現のために、安倍に持ちかけたものだ。国会の党首討論で、突然、決まった。「14年に消費税を8%に、15年に10%に再増税する」という合意のもとでおこなわれた選挙だ。
 このときは、「消費税増税」問題よりも、東日本大震災のあとの進まない復興の方に国民の目が集中し、民主党への批判が高まり、自民党が圧勝した。
 伊藤は、このときの圧勝のまま政策実現に向けて活動すべきだった、と言っているのだろうが……。
 安倍はなぜ14年に「抜き打ち解散」をしたのか。12年の衆院選には圧勝したが、16年の参院選の予測はつかない。15年に10%増税すると、16年の参院選は敗北するかもしれない。それを回避するため、10%増税を先のばしにすると主張、その判断の適否を国民に問うという名目で14年年末に、抜き打ち解散をしたのだ。野党との合意(それは、国民との合意でもあるだろう)を無視して、選挙を実施した。「増税回避」に反対する国民は少ないから、もちろん自民党が圧勝した。
 野党との合意を無視し、政策を実行しなかった。「政策足踏み」ではなく、政策を反故にしたのだ。「参院選に負けた」と批判されたくないという理由だけで、「負け」の原因になりそうな消費税増税を延期するという方針を掲げて、衆院選をおこなったのだ。(参院選では、当然、それを引き継ぎ「消費税増税先送り」を「争点」として掲げ、圧勝した。ついでに言えば、その圧勝を受けて「自民党改憲案」が支持された、と言い放った。そして天皇を沈黙させる作戦がはじまるのだが、これは「天皇の悲鳴」で書いたことなので、ここでは触れない。)

 「頻繁な選挙」について触れるなら、もうひとつ、絶対に触れないといけない「解散」がある。17年の衆院選だ。
 何があったか。国会では加計学園問題が取り上げられていた。安倍が加計に便宜を図ったという疑惑だ。国会が閉会したあと、臨時国会を求めたが安倍は拒否した。(背景は違うが、今年の状況と非常によく似ている。)そして、定例の秋の臨時国会の冒頭、「北朝鮮の驚異が高まっている、国難だ」と叫んで、国会を解散した。「北朝鮮の驚異にどう立ち向かうか」、それを国民に問うというわけである。しかし、「加計問題隠し」が狙いだろう。
 安倍は、責任追及をさけるために選挙を利用しているのである。繰り返すが、14年の選挙も「16年の参院選で敗北したら、責任を追及される」と恐れてのものである。
 いまは、森友(財務省職員自殺)、加計、桜を見る会、河井議員1億5000万円問題など、安倍を追及する「材料」が山積している。臨時国会は、とうぜん開かない。秋の国会での追及をさけるために、安倍が辞任し、自民党総裁選びの方に国民の関心をそらせようとしている。
 安倍は病気を抱えているのは事実なのだろうが、病気のために辞任するというのなら、議員も辞めて治療に専念すべきだろう。治療のために辞任したのではなく、国会で安倍の責任を追及されることをさけるために辞任したのだ。
 安倍は、「評価されたい」というよりも、「批判されたくない」という気持ちの方が強いのだ。だからこそ、必死になって「民主党時代は悪夢だった」と批判する。他人を批判することで、安倍への批判を回避しようとする。「あんな人たちに負けるわけにはいかない」と安倍批判をする国民まで批判する。
 傑作なのは、2面に「『官邸主導』教訓継承を」という見出しで、次のように書いていることだ。

 政治主導をめざし、内閣人事局を設け、中央省庁の幹部人事を官邸が差配すると、薬が効き過ぎ、官僚が官邸の意向を「忖度(そんたく)」し、行政の公正性や透明性を損なう事案も相次いだ。「桜を見る会」や森友学園問題での公文書の不適切な扱いは、行政全体への不信感を高めた痛恨事だ。

 まるで官僚が忖度し公文書を廃棄した。悪いのは官僚であって、安倍は何も悪いことをしていない、という感じだ。「薬が効きすぎ」とは、いったいだれを批判するためのことばなのか。
 もし「官僚が悪いのであって、ぼくちゃん(安倍)は何もしていない」というのなら、ホテルニューオータニに残っているだろう「桜を見る会」に関する「契約書」「領収書」や「決算書」を提出するよう、ホテルに頼んで、安倍の潔癖を証明すればいいだろう。「森友学園」を巡る財務省職員自殺の問題も再調査すればいいだろう。

 安倍は「批判に耐えられない」「批判されるのが大嫌い」というだけの人間であることは、別の記事からもうかがえる。
 2面に「ドキュメント ポスト安倍」という記事がある。「首相 吹っ切れた表情」という見出し。その最後の部分。

首相に、うれしい誤算があった。一部の報道機関が週末に実施した世論調査で、内閣支持率が約20ポイントも上昇し、5割を回復したことだ。
 「びっくりした。こんなことがあるんだね」
 首相は周辺にこう漏らしたという。31日夕、官邸を後にする首相の足取りは軽かった。

 なんともはや。いま、安倍は批判されなくなって(病気が同情されて)、「うれしい」のだ。
 それを「よかったね、安倍ちゃん」という感じで伝える読売新聞に違和感を覚える。
 もう権力の監視役を、完全に放棄している。








*

「情報の読み方」は10月1日から、notoに移行します。
https://note.com/yachi_shuso1953
でお読みください。
 

#安倍を許さない #憲法改正 #読売新聞



*

「天皇の悲鳴」(1000円、送料別)はオンデマンド出版です。
アマゾンや一般書店では購入できません。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168072977

ページ右側の「製本のご注文はこちら」のボタンを押して、申し込んでください。



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする