詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

嵩文彦「生活」

2020-09-21 22:35:50 | 詩(雑誌・同人誌)
嵩文彦「生活」(「麓」14、2020年08月31日発行)

 人は誰でも旅をする。機能読んだ白井知子は、もっぱら中央アジア、中近東などユーラシア大陸を旅して、人に会っている。
 嵩文彦「生活」は違った「旅」をする。「生活」という詩。

風をそよがせて
花は長くもみじかくも
走りぬけていく

 書き出しの三行。風が花をそよがせて走り抜けていくのではない。風を置いてきぼりにして花が走り抜けている。動かないものが動き、動くものが動かない。そこからはじまる「旅」があるのだ。つまり、知らなかった何かとの「出会い」、一期一会の変化が。

花びらはどんな花びらも
酔っていたり
酔おうとしていたり
真面目に風を見ようとし
雲のゆくえを視野のしわしわにのせ
息を散らして散ってもいく

 花は風に酔うか。酔わないだろう。風も花に酔ったりはしないだろう。花に酔うのは人間である。「酔う」という動詞のなかには「人間くさい」なにかがある。それが「視野のしわしわ」ということばにも「散っていく」にも反映しているだろう。花が「散る」からといって、花を書いていると思ってはならない。
 いや、花を書いているんだけれど、花と書いているからといって花についてだけ書いているのではない。「意味」というのは、ほかのことばとの関係のなかで決まってくる。辞書をたよりに定義するのではなく、「意味の揺れ」のなかで、揺れることでしかつかみとれない意味があるということを知るのが、たぶん、詩を初めとする「文学」の楽しいところだろう。
 脱線したが。
 私の脱線以上に、嵩は脱線してゆく。花といえば……。

人の鼻の穴は
黒くて深いけれど
鼻くそはたまらないくらい
乾いて小さくバスがやってくる
少しづつ黄色くかたまりになってくる

 これは何か。
 なんでもない。ただ、遠くからバスがやってくることを書いている。バスを待ちながらすることがないから鼻くそをほじっているのだろう。こういうことは、誰でもする。森鴎外にも、タイトルを忘れたが鼻くそをほじることを書いた文章がある。日本人だけではなく、外国人(ドイツ人だろうなあ)も鼻くそをほじる。なぜそんなことを書くのかわからないが、そういうことを書いた瞬間に、「他人」が「私」になるのである。あるいは「私」が「他人」になるのかもしれない。出会いというのは、どっちがどっちといえない。いっしょにやってくる。
 そうか、鼻汁が鼻くそにかたまるように、知らないうちに(時間をかけて)、黄色いバスが徐々に大きくなってくる。それを鼻くそと思った瞬間に、バスは「肉体」そのものになる。

くるよ くるよ まちへゆくよ
バスはうたってくる
ゆるくゆるくうたってくる
椅子はじっと無口のままにいる
雨風のみがいたたしかな椅子
椅子はいつもその役割にうつくしくすわる
バスはなかなかおおきくなってこない

 「バスの旅」は「まち」までの旅。まあ、日常かもしれないが、ほら「鼻くそ」と「バス」の関係も発見したし、それから椅子の役割も発見した。こんなことはなかなかできない。
 椅子はバス停の待合室の椅子かな? そんなしゃれたものがあるかな? それともバスの座席かな? 「バスはなかなかおおきくなってこない」を時間軸として考えれば、バス停の椅子だけれど、そんな時間軸なんか、意味がないね。風をそよがせ、花が走る世界だから、なんでも「逆転」する。
 椅子の役割自体が逆転している。椅子が、自分の役割に、すわっている。人はすわらないのだ。
 いろいろな「逆転」は、さらに起きる。

いつのまにか音の荷をおろしたバスは
耳たぶの後ろを遠回りにうごいている
バスの床の思いにおいを背負わずにすんだ
雲州の人
石州の人
たまたまのひとりがふたり
おしゃべりをしている

 バスは来た。そして、バスに乗った。バスのエンジンは、後ろについている。だからいちばん後ろの席(椅子)にすわったりすると、耳の後ろから音が聞こえるような感じがする。すわれたから、背中の荷物も降ろすことができたのだろう。
 バスが来るまで、荷物を背負いながら、「バスはきませんね」などと話していたつづきを、バスのなかでもしている。知っている人? 知らない人かなあ。「雲州」「石州」と土地の名前が違うから、近所の人ではないね。もしかしたら知らない人同士。そこで、ふたりは何を発見したか。人間は、おなじもの、ということを発見したのだ。バスを待っているときは、「バスはきませんね」と言い合うのだ。

 こういうとき嵩はどこにいるのだろうか。
 白井の詩のように「私」は出てこない。すべての「もの」と「ひと」のなかに溶け込んでいる。「生活」というものは、まあ、そういうことかもしれない。そこでの「発見」は大きいのか、小さいのか。そういうことは関係がない。大も小もない。きょうのバスの乗客は三人だったな、ということも、「生活」のなかの「発見」である。

ふたりはなつかしいくらしにいる
ふたりはさんにんになっている

 私は、私の田舎(ふるさと)のバスを思い出したりした。バスの便数も少なければ、乗る人も少ないから、何人乗っているかは、その日の事件(発見)ということもあるのだ。





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内閣支持率と解散の関係は?

2020-09-21 11:15:28 | 自民党憲法改正草案を読む
内閣支持率と解散の関係は?
   自民党憲法改正草案を読む/番外398(情報の読み方)

 2020年09月21日の読売新聞(西部版・14版)の1面のトップ。

菅内閣支持74%/歴代3位 「安倍継承」評価63%

 この数字をどう判断していいのかわからない。
 「安倍継承」について、「森友、加計、桜を見る会の再調査をしない」という「継承」について評価するのか、評価しないのか。8面に「質問と回答」が載っているが、そこにはそういう「質問と回答」はない。さらにジャパンネット問題や、河井議員1億5000万円問題も質問されていない。(ジャパンネットは、会長逮捕の時期と関係するのだろうけれど。)優先して取り組んでほしい政策、課題からも除外されている。
 この段階で、読売新聞は、いわゆる「負の遺産継続」については質問を避けている。つまり、そういう声が出ないように質問を操作している。
 「負の遺産(批判の多かった問題)」の唯一具体的な質問は麻生、河野の再任。河野は担当が替わるから「継承」そのもので言えば麻生の再任。「評価しないは53%」。これから判断すれば、質問の順序次第では「支持率」が大きく揺らぐことが想像できる。

 その世論調査で、衆院の解散(総選挙)についても質問している。「任期満了まで行う必要はない」が59%でトップである。
 しかし、こういうことは「見出し」にはとられていない。
 3面の「世論調査分析」の見出しは、こうである。(番号は私がつけた。)

①菅流「堅実・改革」好感
②自民内 高まる早期解散論

 ①の「堅実」は「継承」姿勢を指す。でも「継承」なら「改革」は大改革ではなく、見せ掛けの「改修」、あるいは「修飾(新装)」くらいであろう。デジタル庁はともかく「縦割り110番」くらいでは「改革」ではないだろう。単に苦情を受け付けるだけだ。さらにその苦情が「デジタル庁」で管轄されるとどうなるか。誰がどんな苦情を言ったかという「個人情報」がデジタル庁に集積されるだけだろう。
 ②は、「世論調査」とは無関係。自民党内の動きである。しかも、その「動き」は読売新聞の世論調査を紙面に掲載し、その結果を見た自民党議員の反応ではない。調査は19、20日に行われ、20日にまとめられ、新聞は20日の夜につくられ、21日朝に配達されている。自民党員がどこの段階で「世論調査の結果」を知ったのか、それを知ったき員は全体の何%くらいなのか。だから、この見出しの「自民内 高まる早期解散論」は「まゆつば」ものである。
 記事中には、どう書いてあるか。

自民党内では、異例の高い支持率を受け、早期解散論が強まりそうだ。

 文末の「そうだ」は推定を意味する。「事実」であるときは「そうだ」ということばでは締めくくらない。つまり、「自民内 高まる早期解散論」は世論調査の結果分析でもなければ、自民党内の客観的な動向分析でもない。この記事を書いた記者の「思い」である。「作文」にすぎない。それを読売新聞は、あたかも「客観的事実」であるかのように書いている。いわば、嘘なのだ。嘘と批判されるのを恐れて「そうだ」と書き、ごまかしている。
 「早期解散論」があること自体については、すでに読売新聞もほかのメディアも書いていたと思う。それを、なぜ、いま、この段階で書くか。
 「世論調査」自体を私は「客観的」とは思わないが、一般的には「客観的」と思われている。その「客観的事実」を背景にすると、「予測」すらも「客観的」という印象を与えてしまう。
 きょうの3面の「自民内 高まる早期解散論」という見出しを読んで、そんなことは書いた記者の憶測にすぎない。どうやって高まっているかどうかを調査したのか、と考える読者も、それを「事実かどうか、客観的証拠を示せ」と読売新聞に問い合わせる読者もいないだろう。
 だから。
 これは「世論調査」以上に「世論誘導」なのである。
 紙面をつかって、「早期解散をしろ」とけしかけている。そして、その「けしかけ」は読売新聞が「特ダネ」として報道した安倍のインタビューに合致する。9月17日の新聞の見出しによれば、安倍は、

衆参同日選「常に頭」

 という。しかし、菅の任期中に参院選はないから、菅に「衆参同日選」をしろとは言えない。安倍が言っているのは、「衆院選解散を考えろ、総選挙を考えろ」という意味である。それを後押しする形で、きょう、

自民内 高まる早期解散論

 という見出しになる。これは、安倍の意向を汲んだ、「忖度見出し」ということになる。そしてまたこれは、私から見ると「読売新聞は自民党の応援をするから、早期解散をしろ」とけしかけているのである。
 なぜ? 選挙があれば「選挙広告」が見込まれるからである。そして、いま解散し、議席を確保できれば、自民党議員は「任期4年」を確保できる。「一石二鳥」なのである。
 だって、おかしいでしょ? まだ任期が1年ある。そして菅の支持率も高い。いったい何を争点に国民の信を問うのだ。もともと解散は、内閣不信任が可決されたとき、国会議員の判断だけでは納得ができない、国民に信を問うという形で実施されるものだ。(憲法69条)。「首相に解散権がある」とはどこにも書いていない。憲法7条の第3項を強引に援用しているようだが、7条はあくまで天皇の「国事行為」であって、それが「内閣の助言と承認」を前提としているからといって、内閣の思いのままという根拠にはならないだろう。
 こういうことを考えると、自民党の議員は、二階を筆頭に、自分の任期をいつまで確保するかということだけを考え、政策(国民のため)ということはまったく考えていないことがわかる。読売新聞も「世論調査」などと言いながら、国民の意識を分析するのではなく、政権をよいしょするために、どんな記事が書けるか、その見返りとしてどれだけ広告をまわしてもらえるか(経営を安定させることができるか)しか考えていないように見える。







*

「情報の読み方」は10月1日から、notoに移行します。
https://note.com/yachi_shuso1953
でお読みください。
 

#安倍を許さない #憲法改正 #読売新聞



*

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Estoy loco por espana(番外篇92)Joaquin Llorens Santa Serie. C. 4

2020-09-21 00:09:02 | estoy loco por espana


Joaquin Llorens Santa Serie. C. 4

写真は、ひとつの作品を別の角度から撮ったもの。
インスピレーションを得て、こんな詩を書いた。


Un hombre de cuatro retrato

El hombre tiene cuatro retrato.
El fuerte voluntad de hierro.
La pasión caliente del fuego.
La tranquila sabiduría del agua.
El espíritu perdonador del aire.

Los cuatro se pueden combinar y mover libremente.
¿Qué vi?
No, ¿qué vas a ver?
Nadie sabe nada.

Pero estoy seguro.
Hay algo que nace por primera vez cuando nos encontramos.
Esa es la quinta retrato verdadera.


四つの顔を持つ男

男は四つの顔を持っている。
鉄の強い意思。
炎の熱い情熱。
水の冷静な知恵。
空気の寛容な精神。

その四つは組み合わさって自在に動く。
私は何を見たのか。
いや、これから何を見るのか。
誰にも何もわからない。

だが、私は確信している。
私たちが出会うとき初めて生まれてくるものがある。
それが五つ目の真実の顔。
コメント (1)
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