詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

伊藤芳博『いのち/ことば』

2020-09-23 09:27:30 | 詩集
伊藤芳博『いのち/ことば』(ふたば工房、2020年04月30日発行)

 伊藤芳博『いのち/ことば』。巻頭の「いのち/えらぶ」は自分の子供が障害者だとわかった母親の(両親の)こころのゆれを描いている。そのなかほど。医師の診断を聞いて、家へ帰る電車のなか。

ふわぁ と声がしたのです
どこからか呼ばれたような気がしたのです
見ると娘がわたしを見て笑っているではありませんか
この子はこれまで表情が乏しく
泣いたりむずかったりすることはありましたが
笑うことなどありませんでした
わたしや主人と目を合わせるということもありません
それがそのときはどうしたことかわたしを見て微笑んだのです
そのやわらかな笑みを見て
ああ この子は必死になにかを伝えようとしている
わたしはそう感じました
それまでわからなかった
わかりたくなかった意味という意味のすべてが
娘のわずかな笑みのなかにありました
この子はわたしを望んでいる
わたしを呼び戻しているのだ

 「呼ばれた」ということばがある。「呼ぶ」である。その「呼ぶ」と「呼び戻す」と言い直される。ここが、この詩のいちばん美しいところだ。
 「戻す」は「元へ返す」である。「元」がなければ、「戻す」こと「返す」ことができない。
 この詩を読みながら、私はこの母親の「元」に触れる。その瞬間が、とてもうれしい。何度もこの「呼び戻す」を読み返してしまう。

生まれなければよかった
生まれてこなければよかった
と考えていたわたしを娘は精一杯の声で呼んでくれたのです

 「呼ばれ」ても、聞こえない人がいる。聞かない人もいる。しかし、伊藤の書いている母親は「聞き」、それを「呼び戻された」と感じている。
 どこまで呼び戻されるのか。
 私は、「生まれる以前まで」と感じる。「呼び戻され」、「生まれ変わる」のだ。娘が母親になり、「わたし」を新しく生みなおす。

 きのう高貝の詩について、ことばが呼び掛け合うと書いたが、呼び掛け合うのは、そのことばが互いに「生まれなおす」(生まれ変わる)ためなのである。

 どんなことばも「呼び掛けてくる」。その「声」を聞いたとき、自分自身がどこまで「もどれる」か。
 それがいつでも問われているのだと思う。
 伊藤は、この詩集では、何度も何度も「生まれる前」にもどり、「生まれ変わる」。そのことが書かれている。
 「いのち/ゆりかご」は目の見えないユウくんが、それでも光のさす方向を感じ、その光のなかで体を揺らしている姿を描いている。

ならんでそとをみているのだが
ユウくんにみえるものが
ぼくにはみえないので
目をつむっていると
ゆりかごのなかにまよいこんでしまうのである

引き寄せられるものによって
引き寄せられるもののために

 「引き寄せるもの」は、ユウくんか。「ユウくんにみえるもの」だろう。「引き寄せられるもの」はなんだろう。「ぼくにはみえないもの」だろう。「ユウくんにみえるものが/ぼくにはみえない」と発見する。ユウくんに導かれ、伊藤は自分の知らなかった自分を発見する。ユウくんが、伊藤を、そういう次元にまで伊藤を「呼び戻す」。呼び戻されて、そこから「生まれ変わる」。
 ひとは何度でも生まれ変わることができる。何度生まれ変わることができたか、ということが、そのひとの「豊かさ」だと思う。人柄の、豊かさ。
 伊藤を生まれ変わらせてくれた人たちへの「ありがとう」がいっぱいつまった詩集である。




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