詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

沢田敏子『一通の配達不能郵便が私を呼んだ』

2020-09-14 09:41:47 | 詩集
沢田敏子『一通の配達不能郵便が私を呼んだ』(編集工房ノア、2020年09月01日発行)

 沢田敏子『一通の配達不能郵便(デッド・レター)が私を呼んだ』のなかの、どの詩が私を呼んだか。
 「美しい秋」。

船乗りは「こころの電話」にダイアルし
定時制高校の数学の問題の解き方を聞いてきた
(こころの相談ではなくて?)
(いいんだ 何でも)
破顔を残し 事務所を出て行った

そのころ わたしは事務所に二つ並んだ机の
左の一つに向かって座っていた

 「聞く」という動詞の美しさを知らされる。「聞く」とは、何よりも「私はここにいる」という訴えなのだと知らされる。「数学の問題の解き方」を聞くとき、誰にも配達しなかった手紙が、いま届いている、と船乗りは感じているだろう。「手紙」に何が書いてあるか。それは人によって違う。しかし、そこに書かれていなくても「私はここにいる」ということばはどこかに隠れている。
 だからこそ、家を去っていく子供に母親は「手紙をよこせよ」と言う。さらには「便りのないのは元気な証拠」と自分に言い聞かせたりもする。
 というようなことを沢田は書いているわけではないのだが、私は、そういうことを勝手に思うのである。

タグボートが一隻
バナナ埠頭のへりを通って沖の方へ出て行く
あの船乗りはむろんもう乗っていない
玉ねぎ列車が北の秋の峠を越える
わたしのあの机はもうない

 これは、その「もうない机」(もういないわたし)から「わたし」に届いた「配達されなかった手紙」なのだろう。いつでもひとは「私はここにいる」と手紙を書かなければいけない。それがいつ届くのか、誰も知らない。
 「夕日が紅茶の中に」には、そういうことが別のことばで書かれている。

月半ばには店を閉じるという
予告の貼り紙が小さく貼り出されたパンの店で
いつものようにパンと紅茶をとった。
レジを済ませトレーを持って二階に上ると
笑い合いパンを食む人たちがいて
まだ間に合うものがあったのだとわかった。
いちにち ノートをとった帰り
その店でときどき
パンを食べ ダージリンティーを飲んだ。

 「まだ間に合う」ということばが美しい。何に「間に合った」のか。見知らぬ人がいて、そのなかでパンを食べ紅茶を飲む。それは約束した人と一緒に紅茶を飲むのとは違う。約束はない。けれど、「間に合う」。それは、「わたしに出会う」ことに「間に合う」ということだろう。
 「わたし」とは沢田にとって、どういう人間なのか。「いちにち ノートをとる」「帰りにパンを食べ ダージリンティーを飲む」。
 私たちは「自分に間に合わなければならない」。だれかが、「私」に向けて手紙を書いている。その手紙を受け取るために、私は私にならなければならない。私が私になったとき、手紙が届く。まだ、「間に合った」という感じで。
 そういうとき、こういうことが起きる。

夕陽が不意に
わたしの紅茶の中に差し込み、
きんいろの海が滔々 溶け出した。
傾斜地の多い街にあった 二階の窓は
少し開かれ、樹々の向こうから
夕陽がわたしの紅茶の中に
恩寵のように 届いていた日。

 それは遠いところで、誰かしらない人が投函した一通の手紙に違いない。長い間「配達不能」だったけれど、受取人の住所がわかり、突然、届けられたのだ。
 そんな日がある。まだ、間に合う。
 そう信じて沢田は詩を書いている。
 「一通の配達不能郵便がわたしを呼んだ」には、こんなことばがある。

死んだ郵便が生きかえる日まで
差出人も受取人も生き延びなくてはならない






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