白井知子「ヴォルガ河 真夜中の晩餐」(「幻竜」31、2020年05月30日発行)
白井知子「ヴォルガ河 真夜中の晩餐」はタイトル通り、ヴォルガ河を旅行したときのことを書いている。
その書き出し。
なんでもない書き出しに見える。そして、実際なんでもないのかもしれないが、ここには不思議なリズムがある。すべてが唐突なのだ。そしてその唐突が自然だ。意識が動いた順にそのままことばになっている。あるいは意識が動く前に「もの」があらわれ、それを意識がことばにしていくのだが、その「あらわれ」から「ことば」になるまでのリズムに嘘がない。自然な力がこもっている。学校教科書の「正しい散文」(てにをは、のととのった文章)にしてしまうと消えてしまう自然な意識の流れがある。
古い表現になるが「意識の流れ」を書いているとさえ言える。「もの」(存在)と拮抗しながら、意識がより明確になり、それが「もの」(存在)に強い輪郭を与え、「もの」(存在)そのものが意識になってしまうような感じ。
と、抽象的に書いたのでは、何も書いたことにならないかもしれない。
白井が「呼び出された」テーブルでは、何が起きるのか。ひとり、男が遅れてやってくる。
「わたしに」の位置が非常におもしろい。「アルスカヤさん」のささやき声にしたがって(ことばにしたがって)、白井は昼の小旅行で見た家を思い出す。記憶を思い出す。それを聞いた「わたし」は、そのときそこにいなかった男を、いまここで思い出す。ことばの「主体」が「アルスカヤさん」から「わたし」に交代して、「わたし」が男を描写しなおす。
それを、さらに「副船長」が言い直す。それが次の連。
ことばが存在になり、存在がことばを強化して、意識を生みなおす。そのことばを聞くとき、白井は単に副船長のことばを聞いているだけではない。副船長の「人生(肉体)」を共有する。
白井だけでは動かすことのできない「精神」が、そのとき動くのだ。
この緊張感が、白井のことばを統一する。
遅れてやってきたのは(招かれたのは)レーニンだったのか。そうではなく、「アルスカヤさん」「副船長」、そのひとたちと連なる「名もない人」こそ遅れてやってきて、「わたし」を肉体の内部から作り替えていく。出会った人の力で、白井は生まれ変わる。
「羊水」はそういうできごとの象徴である。
生まれ変わるために、白井は旅をする。
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白井知子「ヴォルガ河 真夜中の晩餐」はタイトル通り、ヴォルガ河を旅行したときのことを書いている。
その書き出し。
秋の夕ぐれから寝いってしまい
真夜中のヴォルガ河
船室への電話で呼びだされた レストランへ
左舷 窓際の一卓 そこだけ ほのかに灯がともっていた
なんでもない書き出しに見える。そして、実際なんでもないのかもしれないが、ここには不思議なリズムがある。すべてが唐突なのだ。そしてその唐突が自然だ。意識が動いた順にそのままことばになっている。あるいは意識が動く前に「もの」があらわれ、それを意識がことばにしていくのだが、その「あらわれ」から「ことば」になるまでのリズムに嘘がない。自然な力がこもっている。学校教科書の「正しい散文」(てにをは、のととのった文章)にしてしまうと消えてしまう自然な意識の流れがある。
古い表現になるが「意識の流れ」を書いているとさえ言える。「もの」(存在)と拮抗しながら、意識がより明確になり、それが「もの」(存在)に強い輪郭を与え、「もの」(存在)そのものが意識になってしまうような感じ。
と、抽象的に書いたのでは、何も書いたことにならないかもしれない。
白井が「呼び出された」テーブルでは、何が起きるのか。ひとり、男が遅れてやってくる。
アルスカヤさんが囁く
ウリヤノフスクで下船して あの男が生家を訪ねたでしょう
ベートーヴェンの「熱情」を好んだ男だわ
古い鍵盤 生家のピアノを
かれの最愛のママが弾いている
聴こえてくるでしょうと わたしに
小柄の老人がやってくる
狷介でも どこか 焦燥感につつまれているような覚束ない歩きよう
革命の魔物にとりつかれたのが
この男だったのか
ウラジーミル・レーニン
男は咳きこみ 腰かけるのをためらっている
郷愁にかられた職業革命家の横顔
「わたしに」の位置が非常におもしろい。「アルスカヤさん」のささやき声にしたがって(ことばにしたがって)、白井は昼の小旅行で見た家を思い出す。記憶を思い出す。それを聞いた「わたし」は、そのときそこにいなかった男を、いまここで思い出す。ことばの「主体」が「アルスカヤさん」から「わたし」に交代して、「わたし」が男を描写しなおす。
それを、さらに「副船長」が言い直す。それが次の連。
副船長 吐きすてるようにして
この男が屍体を見たのは 生涯に わずか 三人
父親と妹 妻の母親
夥しくも流された血は 彼にとっては紙の上のことだった
〈おれたちは 時代に選ばれてしまった〉
〈おれたちは 選ぶことはできなかった〉
ことばが存在になり、存在がことばを強化して、意識を生みなおす。そのことばを聞くとき、白井は単に副船長のことばを聞いているだけではない。副船長の「人生(肉体)」を共有する。
白井だけでは動かすことのできない「精神」が、そのとき動くのだ。
この緊張感が、白井のことばを統一する。
斜かいによぎる
そこはかとなく 精霊がしのびよる 精霊の殺気だ
霊魂ごと刺しつらぬかれようとも
わたしは 心の秘境 辛苦の声を聴きたい ロシアを大地とする無名の民の
切に会いたい人を予覚させるためだったのか
招かれたのは
真夜中 一卓の晩餐へ
遠すぎた人 名もない人にこそ出会うよう
かれらの嗄れ声はちぎれながらも
混迷の霧 岸辺の草 この船上にも漂っている 紛れこむのは
わたしだ
ヴォルガ河 古くからの羊水
遅れてやってきたのは(招かれたのは)レーニンだったのか。そうではなく、「アルスカヤさん」「副船長」、そのひとたちと連なる「名もない人」こそ遅れてやってきて、「わたし」を肉体の内部から作り替えていく。出会った人の力で、白井は生まれ変わる。
「羊水」はそういうできごとの象徴である。
生まれ変わるために、白井は旅をする。
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作品は、A判サイズのワード文書でお送りください。
少なくとも月1篇は送信してください。
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また朝日カルチャーセンター福岡でも、講座を開いています。
毎月第1、第3月曜日13時-14時30分。
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(1)詩集『誤読』100ページ。1500円(送料別)
嵯峨信之の詩集『時刻表』を批評するという形式で詩を書いています。
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