未知野道「雨」(「森羅」24、2020年09月09日日発行)
未知野道「雨」。未知野道は池井昌樹のペンネームだろう。詩集には収録されなかった中学生時代の作品かもしれないし、いま書いた作品かもしれない。
雨は滴り底へと落ちる……
赤く皮のはげた
だいだい色の木の根もとに
溶けかかる
無数のなめくじのうごめき
生ぐさいえんのしたで
ころころと曲がる白いみみず
かさりとくずれる
色あせたつぼのぼんさい
山の木をなんとなくくさらせてゆく
ぬるい雨
私は、子供時代の私の田舎の風景を思い出す。そして、私の子供のときでも、ここまでは気持ち悪くなかったなあと思う。
池井の詩をいつから読み始めたか知らないが、この詩は「雨の日の畳」という作品を思い起こさせる。じめじめと気持ち悪い。気持ちが悪いことを気持ちが悪いと思わずに、そのままことばにする。それが池井の詩だと、私は中学生のころに思った。その印象は、いまも変わらない。
この気持ちの悪さは、古いものが消えずに残っている、という気持ち悪さである。古いものは捨ててしまいたい、と私は考えているが、池井は手離さないのだ。ぞっとする。いまは池井はずいぶんやせてしまって「別人」に見えるが、むかしは太っていた。その姿を見たとき、ああ、こうやって「肉体」のなかになんでもかんでもためこんでいるんだな、と思った。うーん、気持ちが悪い。
気持ちが悪いのだけれど、よくわかるところもある。
山の木をなんとなくくさらせてゆく
これは、はっとさせられる。「古い」というよりも、池井が書くことによって初めて生まれた世界という感じがする。
きっと、ほかのことばも池井は「古い」とは感じずに、いま初めて生み出していると感じているのかもしれない。「こんな存在、初めて見た」と驚いているのかもしれない。
そういえば、大学受験の帰りに立ち寄った坂出の池井の家。あの家には「えんのした」があったかなあ。あったにしろ、それは私の家の「えんのした」とは違っていた。私の家では「えんのした」はじゃがいもや何かの「貯蔵庫」のようなものであり、なまぐさい埃の匂いもした。池井の家は「街中の家」で、そういう感じはしなかった。
脱線したか。
詩はつづいている。
白く目のただれたおんみつが
きりさかれた しんきくさい
古いたんすのよごれの中へ
しとしとと通じるぬるい雨
しかし、これはどうみたって「現実」ではないな。「おんみつ」はいまはいない。池井がテレビか映画でみたものが、そのまま紛れ込んでいる。「たんすの傷」を切られる「おんみつ」の夢によって、自分の知っているものに染め上げていく。それはそれでいいのだが、こういう「架空の事実」は、それを体験していない人には共有されない。
でも、こういうことを池井は、きちんと意識している。
茶色いしみが輪になった
仏間につるされた時計の
黒く浮き出た重いローマ数字
しっとりとぬるい雨に洗われて
遠いうめきの世界の色が
ぬるぬるりと……
にせものの世界にかぶさっただるいほこりが
ゆっくりとかびくさい雨にとかされて
一瞬 過ぎ去った昔の
ため息をもらす時
ぬるぬるとぬるぬるりと
雨は滴り底へと落ちる……
「にせもの」ということばをわざと抱え込み、池井の世界を「にせもの」と思うなら思ってもかまわないと開き直ることで、「昔」と「いま」をつなぎとめる。「底」は「過去」であり「記憶」である。
「記憶」に古さはない。「記憶」を思い出すとき(引き寄せるとき)、それはいつでも「いま/ほんもの」として生まれ変わってくる。
「輪廻」のように。
池井は「輪廻」を生きている。この詩では「中学時代の池井」が「未知野道」として生まれ変わり、もう一度生きている。
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