東方のあけぼの

政治、経済、外交、社会現象に付いての観察

薄ら寒い3

2007-08-30 10:22:18 | 社会・経済

モデルを追え >>

日本人はモデルのしりを追いかけるのが好きだし、うまい。そのかわり、目の前にプリンプリン揺れる尻がなくなると目標をうしなって、たたらを踏む。ウエクサ先生みたいなところがある。

明治維新が成功したものモデル選択がよかったのと、モデルを取り入れる日本人の能力の高さによるものだ。西欧モデルだから必然的に帝国主義になる。西欧がライオンだとすると、最初はチーターから豹あたりの役どころで四方八方に目配りをしていた。だからうまくいっていた。

第一次世界大戦からおかしくなった。漁夫の利をしめたし、戦争直後は疲弊した欧州に気兼ねをする必要もなくなった。つれて日本は油断をするようになったし、脇が甘くなった。自らライオンを気取るようになった。

世界大戦で得をしたのは日本だけではなかったことに気がつかなかったのだ。アメリカも日本と同様に大もうけをしたのだ。これを過小評価したね。依然として欧州モデルを採用していたことはかわりがない。ただ自分をライオンと気取ったわけだ。

太平洋戦争開始から昭和18年あたりまでは欧州モデルの延長線上だ。つまり自国の獲得した権益を武力でまもる自衛戦争。18年の大東亜会議あたりから「アジアの欧米からの開放」が新しいモデルになった。こいつはうまくいかなかった。時期が遅すぎた。いかにも急増のでっちあげであった。

あたらしいモデルを探して >>

日本はサムライの国というのは本当だ。サムライの特徴の一つは「潔さ」である。強い相手に完敗したときには素直に相手を認める。自らも武力を頼むかわりに、より強い相手には素直に敬意をあらわす。相撲でもそうだベ。負けた力士は潔く頭をさげる。これを朝青龍のようにふてくされると日本人は許さない。横綱のように未練たっぷりの態度を日本人は侮蔑する。

戦後日本の「豹変」を理解するにはこの観点が不可欠である。それと日本人のモデル好きね。完敗した相手はモデルとして長所があるに違いないと一生懸命に勉強する。明治維新の時にアジアを侵略して東漸する欧州のモデルを研究したときと同じである。これがマッカーサーの日本占領政策が成功した原因である。これはイラクのケースには全然当てはまらない。

東西冷戦も幸いして軽武装、経済重視路線がとれたので主としてアメリカ経済の生産性の高さを一生懸命勉強して目覚しい成果をあげた。

問題が現在アメリカ・モデルはあらゆる点で価値を失っていることである。日本は新しいモデルを外界に求めるか自分で作るしかないのである。日本人は自分でモデルを作るのは苦手だ。しかも世界にはどうやら有効なモデルはどこにもない。