詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

佐土原夏江『たんぽぽのはな』

2008-05-10 00:26:03 | 詩集
 佐土原夏江『たんぽぽのはな』(編集工房ノア、2008年05月01日発行)
 佐土原夏江はしっかりした視力を持っている。見たものを正確にことばにできる視力である。こうした視力に出会うと、あ、私は何も見てこなかったなあ、と思う。たとえば「芝生」。

膝をついて目をこらして見る
どれにも名前が付けたくなる
踏みつけられて
折れたり曲がったり
それでも雨が降れば
生気を甦らせ
つんつんと茎や葉をのばして
風にゆれ
光を抱きしめている

 こうした風景を私以外にも多くのひとが見ていると思う。そして同じようなことを一度は詩に書いたことがあるのではないかと思う。たとえば学校の宿題で。踏みつけられても強く生きる雑草の様子を。
 そういう詩と佐土原の詩とどこが違うか。どこに視力の確かさがあるか。
 まず「タイトル」にある。佐土原は「雑草」について書いているのではない。名前のあいまいな草、頭の中に生い茂っている観念としての草ではなく、実際の芝生を書いている。肉眼が見ているものを書いている。これはあたりまえのようであって、あたりまえではない。ひとはたいてい肉眼ではものを見ない。観念でものを見る。しっかり見ることを省略してしまう。踏まれても踏まれても立ち上がってくる雑草。そういうものは、もう肉眼で見なくても、観念として存在する。「雑草魂」というようなことばさえあるくらいだ。ひとは「雑草」と呼ぶとき、すでに草を見ていないのである。
 佐土原はそうではなくて、芝生をはっきりと肉眼で見ている。ただ見るだけではなく、見ながら、見ていなかったと告白している。

どれにも名前が付けたくなる

 私は雑草を見るように芝生を見ても何も見ていない。芝生ということばしか思いつかない。
 ところが佐土原は、そうではないのだ。芝生の一枚一枚の葉を肉眼で見て、それぞれに違いがあると発見する。そして「どれにも名前が付けたくなる」。それぞれが「名前」をもってしかるべきだと感じている。
 「名前」は、何かを愛したときに、その存在に対してつける。どこにでもいる一匹の犬。それが自分にとってかけがえのないものであるとき「名前」をつける。「名前」をつけるということは、自分と存在との関係を特別なものにするということである。そういうところまで、佐土原の視線は進んで行くのである。
 芝生の葉っぱは佐土原が書いているように「つんつん」している。まっすぐである。しかし、佐土原の視力は、ただ「つんつん」をとらえるだけではない。

光を抱きしめている

 つんつん、まっすぐ。それにもかかわらず、光を抱くことができるのである。抱くというのは、手を曲げることである。葉っぱなら葉を曲げることである。茎なら茎を曲げることである。芝生の葉っぱは曲がらない。茎だって丸くはならない。でも、その葉っぱは、そして茎は、その命の中に光を抱きしめる力を持っている、目に見えない腕をもっている。その目に見えないもの、私の目に(あるいは多くの読者の目に)見えないものまで、しっかりと見ることができるのである。そして、その「しっかり」は、愛から生まれてきた「しっかり」である。

 詩集を読むとき、私は、気に入った作品に出会うと、しょっちゅうページの片を折る。その折れ曲がった端っこを「ドッグ・イヤー」と呼ぶらしいが、それがいくつもできた。そして、そのドッグ・イヤーのページを開くたびに、そこから佐土原の愛が浮かび上がる。存在そのものをしっかりと自分と結びつけていく力を感じる。たとえば「造花」。

まるで本物としか見えない
シャクヤクの花
白とピンク
清楚で甘やかな気配

咲きつづけるしかない造花
枯れることを知らない悲しみを思う
せめて眠りの時間をあげよう
部屋の灯りを消す

 愛とは、そして自分にできることを探し出してきて、それをすることだと教えられる。最後の2行がとても美しい。
 佐土原は、そんなふうに芝生や造花という「他者」をしっかりと愛する。そして、そういう愛は、自分自身をもしっかり愛している。「他者」も「自分」も同じなのだ。同じ愛で結び合うのだ。そういう自分を愛する愛し方が、とてもていねいである。「ある日」には、そうした愛があふれている。

街角のウインドーに写っている私
さくらの花びらが二枚
髪にとまっている
ゆっくり ゆっくり
階段を下りて
地下鉄に乗る
前の座席の目が笑っている
なんだかいい気分
改札を出て
そーっと そーっと
階段を上がる
突然の風
あっ

こんな日は
何かがやってきそう

 こんな日は、きっと詩がやってくる。

コメント
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