詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

佐藤恵「透影まどか--福井桂子さんへ」

2008-05-07 09:11:32 | 詩(雑誌・同人誌)
 佐藤恵「透影まどか--福井桂子さんへ」(「スーハ!」3、2008年03月15日発行)
 追悼詩である。福井桂子の死を美しいもの、絶対的に美しいものとして定着させようという思いが、思いを超えて意志にになっている。とても大切な人だったことが伝わってくる。
 そういう思いとは別に、私は 1か所(2行)とてもひかれた。

透かし模様の天窓を見上げていた
時折、磨硝子の花園を
鳥が横切るのだった
その人のからだが今
静かなかいなに抱きあげられて
少し浮きあがると
瑠璃色の小花が白い寝台に砕けて、こぼれる
長く花びらの重石となって横たわっていた
紙片にはさまれ薄く乾いたスミレやツユクサを
細い指さきで光に透かして見ては
紙にうつった青い文字を読んだ

 福井桂子の詩を私はまったく知らないが、スミレやツユクサというような小さな花を透かして世界を見るような抒情詩なのだろう。なんとかそういう世界に答えようとして、佐藤自身のことばを懸命にひきしめている。ひきしめすぎて(?)、一瞬、呼吸が乱れる。今引用した部分の、

瑠璃色の小花が白い寝台に砕けて、こぼれる
長く花びらの重石となって横たわっていた

 この乱れが美しい。唐突な読点「、」が美しい。
 「重石」とは「遺体」の暗喩である。しかし、その暗喩は、スミレやツユクサ、さらには「指さき」とか「透かし」「うつる」「青い文字」のようなことばには、どうもなじまない。何か違和感がある。たぶん佐藤もそう感じているのだろう。「重石」ということばを必死になって隠そうとしている。「長く花びらの重石となって横たわっていた」ということばの順序の乱れに、その隠そうとする「意志」が感じられる。「長く」は何を修飾することばか。「花びら」ではない。副詞としてつかわれているから、普通に考えれば「横たわる」を修飾する。「花びらの重石となって長く横たわっていた」。しかし、これはとても暗い。透明な福井の遺体の描写としては、「長く横たわる」は厳しい。その時間は、「長さ」を意識されないものであってほしい。佐藤は「長く横たわる」という文脈で「長く」をつかってはいないだろう。
 では、何を修飾するか。
 「長く」は「重石」を修飾する。「長く」はいっしゅの文法の乱れであって、ほんとうは「長い」と書くべきものなのだ。「長い重石となって花びらのうえに横たわっていた」。このとき「長い(長く)」は「細く」と同義である。長いものはたいてい細い。細い細い重石--か弱い重石。そういうイメージを浮かび上がらせようとして、ことばが乱れる。文法を超えてことばが動く。
 その乱れを引き出すのが、その前の「瑠璃色の小花が白い寝台に砕けて、こぼれる」である。スミレ、ツユクサといった瑠璃色の小花。それが砕けて、こぼれる。はかなさ、美しさを象徴的に語るその一瞬。その瑠璃色の小花が砕け、こぼれる理由、花を砕き、こぼした主語を書こうとして、佐藤のことばは乱れる。
 遺体のせいである。「静かなかいな」「すこし浮き上がる」。どんなにことばを美しく言い換えてみても遺体は遺体であることをやめない。現実は残酷である。遺体の重さが花を砕き、遺体の大きさが花をこぼす。その現実の前で、ことばは右往左往する。どう書いたら「美しく」世界を伝えることができるか。「美しい」世界として死を表現できるのか。
 遺体の重さ、「重石」の残酷さで、遺体は花を砕く。そのむごい現実。それを「砕けて」と書いたあと、そのつづきの呼吸のなかで、一瞬息をのむ。読点「、」には、そういう呼吸が感じられる。そして、「砕く」をなんとか復元しようとする。「砕く」の主語をなんとか「美しい」ものにかえたいと思いながら、ことばを探す。そして「こぼれる」を引き寄せる。
 遺体を受け入れ、受け入れた分だけ、棺からこぼれる。「砕ける」花は無残である。しかし、こぼれる花は美しい。花が器からこぼれる、それも瑠璃色の小花がこぼれる。はらはらと美しい。それも「長い重石」、細い重石、細い細い、かよわい遺体によって、大量にではなく、はらはらと、ほんの少し……。
 「砕けて、こぼれる」。この読点を含む息づかいゆえに、佐藤はすこし安心して(?)「重石」という暗喩を使うことができた。そうして、その後のことばも繊細なまま動かすことができた。
 「砕けて、こぼれる」の読点「、」には祈りがこめられている。それは美しいことばで美しい追悼詩を書きたいという祈りであり、その祈りは同時に福井桂子がいつまでもいつまでもスミレやツユクサのかよわさを持ったまま、記憶のなかで生き続けてほしいという祈りでもある。福井の美しさを引き継いで行こうという決意でもある。
コメント
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