詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

榎本櫻子「蜜柑の樹になる一角獣」

2011-11-24 23:59:59 | 詩(雑誌・同人誌)
榎本櫻子「蜜柑の樹になる一角獣」(「さくらこいずビューティフルと愉快な仲間たち」4、2011年11月01日発行)

 榎本櫻子「蜜柑の樹になる一角獣」は、きのう読んだ金子鉄夫「ゴッホ」と同じように、「意味」を求めても何もみつからないだろうと思う。「意味」はそこに書かれたことばの「全体」からは見えて来ない。(と、私は、思う。)つまり、「結論」というものがない。榎本を動かしているもの、榎本のことばが動いている「理由」は「結論」ではない。--という言い方が正確かどうかはわからない。私には「意味」がみつからないだけで、ほんとうはあるのかもしれない。私の読み方が「誤読」に偏りすぎているのかもしれない。

 「意味」や「結論」ではなく、では、私は榎本のことばに何を読んでいるのか。

しどけない微熱をおびた壁に浸して(なにを?)、気の抜けた炭酸水に芍薬が生けてある、斑に覆われた蒸された部屋の湿り気に、優しい拡散を放射する球面、ゆるやかに滲む霙の幻影の繊細さ、雪の筋力に喚く喫茶店の色硝子で百合を象った照明器具が、絶対的な根拠を産み戻そうとしている、という風景と石鹸とのあいだに、どのような関係があるのか、説明しなさい、

 「微熱をおびた壁」というようなことば--それが文全体のなかでどのような「意味」を担っているのか私にはわからないが、そのことばに私は反応する。そのことば、そしてそのことばが指し示すものが、全体から独立して、そこに存在する。その「独立して存在する」という力に、私はひかれる。「意味」を破壊して(「意味」を無視して)、ただ、そこにあることば。それは文の「意味」から独立しているだけではなく、独立することで、乖離し、私のことばを刺激する。
 --と書くと、何のことかわからない?
 言い方を変えると、あ、このことば、もしかしたらつかえるかもしれない。いつかつかってみよう、という気持ちを私におこさせるということである。榎本の「意図」は無視して、私は私のことばのなかに、強引にそのことばを組み込み、その瞬間に生まれる「違和」を手がかりに、私自身のことばを破ってしまいたいと、ひそかに思うのである。
 こういうことばがあると、私は、その詩が好きになる。詩は、ようするにことばなのだ。「意味」ではなく、「もの」のようにして、そこにある素材。それは、ある日突然、何か特別なものにかわる。ほかのことばに出会うことによって。

微熱をおびた壁

 これはなんだろうか。たとえば、太陽に照らされ、徐々に熱を帯びてくる壁か。近くに火があるのか。あるいは、太陽が沈み、しだいに壁から日中の熱が消えていく状況なのか。--でも、こういう読み方は、つまらない。
 私は「微熱をおびた壁」ということばに触れた瞬間、壁が生きていると感じた。
 「微熱」は基本的には人間をはじめとして生きているものの変化である。ウィルスの侵入に肉体が抵抗するとき、熱が出る。発熱する。その熱がまだおだやかな状態が微熱。壁にはそういうことが起きない。起きないのだけれど、「微熱をおびた壁」と書いた瞬間に、それが起きてしまう。この、ことばの運動が「現実」を動かしてしまう(歪めてしまう)がおもしろいのだ。壁が人間のように、何かにおかされて、熱をもってくる。壁のなかで何かが動きはじめている。
 榎本はそんなことを書きたいのではないかもしれない。--でも、私は、そう読みたいのである。

優しい拡散を放射する球面、

 このことばもとても気に入った。特に「拡散を放射する」がいい。文字も美しいし、音も美しい。
 「優しい」という屁のようなことばが冠についているのがちょっと気に食わないといえば気に食わないけれど、

斑に覆われた蒸された部屋の湿り気に、拡散を放射する球面、

 では、ことばが続かない。リズムが続かない。「斑に覆われた蒸された部屋の湿り気に」が重たすぎる。その重さをいったん「優しい」で受け止め、吸収してしまわないと「拡散を放射する」というスピード感あふれることばにならない。
 「優しい」に「意味」(文のなかで占める「位置」)があるとすれば、前のことばを一気に引き受け、前のことばを「無意味」にするという「意味」がある。そこで働いているのは、いわゆる「意味の経済」(どういう表現をすれば「内容」が正確につたわるか、という経済学)ではなく、どうすれば次のことばが動きやすくなるかという「ことばの運動学」、「ことばの肉体の経済学」である。
 正確な「比喩」にはならないが、「優しい」は水泳で言えばクロールの「息継ぎ」のようなものなのだ。息継ぎのために顔をあげるとスピードが落ちるから、はやく泳ぐだけのためなら息継ぎをしないでがんばればいい。でも、それでは持続しない。持続のために、きちんと息継ぎをする。それは「肉体」の本能である。欲望である。ことばの肉体にもそういうものが働く。

 で、こういう詩をどう「評価」するか。私は、詩のなかに、おもしろいことばがあるかどうか、で判断している。おもしろいことばが多ければ、「好き」というだけなのだ。「好き」と感じたあと、まあ、適当に「理由」を捏造する。女を口説くようなものである。最初からいいたいことがあって口説く男などいないだろう。口説きなんて、口からでまかせである。どこまででまかせをつづけられるかが、口説きの勝負どころである。
 あ、余分なことを書いてしまった。
 で、詩にもどる。
 途中を省略して、50ページの次の行。

肛門は幾何学模様で圧迫された心臓の悲鳴、素数の分だけ割かれた世界を往還する

 わくわくしない? どきどきしない? 何が書いてあるかはわからない。特に「素数の分だけ割かれた世界を往還する」はいったい何語? 日本語で書いてね、といいたいくらいだけれど、音がきれいだなあ。「素数」と「割かれた」が美しく響く。「往還」のゆったりした音と「素数」も響き合うねえ。
 それに先立つ「肛門は幾何学模様で圧迫された心臓の悲鳴」が、また、むちゃくちゃでおもしろい。「肛門」と「心臓」が「幾何学模様」でつながってしまうところが、過激でかっこいい。その「幾何学模様」が「素数」と呼吸し合う。

 榎本のことばには、何やら余分な皮下脂肪のようなものがたくさんあって、それがことばの筋肉をもったりさせている。シャープな印象を疎外している。けれど、これはアスリートがパフォーマンスをつづける内に、最適な肉体の形に到達するように、しだいにそぎ落とされていくものだろう。
 そのときまで、私はここが好きだけれど……とだけ私は書きつづけたい。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ベネット・ミラー監督「マネーボール」(★★★★)

2011-11-24 20:43:02 | 映画
監督 ベネット・ミラー 出演 ブラッド・ピット、ジョナ・ヒル、ロビン・ライト、フィリップ・シーモア・ホフマン

 とても手際のいい映画である。特にブラッド・ピットの「過去」の描き方がいい。挫折した人生は感情移入しやすい(感情移入を誘いやすい)ので、描き始めると情報が多くなる。それを最小限に抑え、あくまで「未来」に力点を置いている。そのため、映像にスピードが出る。野球映画なのに、野球のシーンそのものは少ない。「20連勝」さえ、カタルシスはない。はらはらどきどきが少ない。(私だけ?)妙に安心して見てしまっている。
 それよりも。
 ブラッド・ピットとフィリップ・シーモア・ホフマンの対立。どの選手を起用するかでもめる。監督のやり方に反対するブラッド・ピットは、メンバーを変更させるために、監督が使いたい選手をトレードで放出するという強硬手段をとる。この「冷酷」な選手の使い方(首の切り方?)や、その実行の仕方(ジョナ・ヒルをつかって「首切り宣告」する)がとてもおもしろい。ジョナ・ヒルに予行演習させ、だめだしするところなど、何気ないのだが「過去」がしっかり描かれている。あ、ブラッド・ピットはこういうふうに選手であることをやめさせられたのだと分かる。ブラッド・ピットの「過去」が「18歳のルーキーの映像」と「いまの決断、いまの行動」の組み合わせで立体的になる。そしてその立体感がそのまま、ブラッド・ピットという人物の立体感になる。
 このブラッド・ピットの立体感――他の登場人物とは違うね。他の人物も「過去」を持ってはいるのだが、それは「線的」。特徴的なのがスカウト陣。彼らはどうやって選手を評価するか、誰をスカウトしたかという「線」しかもたない。「未来」もその「線」の延長線上にある。疑問がない。「過去」は「いま」をうしろから押すだけであって、「いま」を突き破って行かない。というか・・・。そういう「時間」を生きている人間は「いま」がそれまでの「過去」と分断してしまうことを恐れている。
 ブラッド・ピットは「過去」の「線」を交錯させ、「面」にし、さらにそこに自分の持たない「過去」(ジョナ・ヒルの経済学的分析)をからませ、「立体」にしてみんなを飲み込んでゆく。それがさらに「野球理論」をものみこんでゆく。これが、おもしろい。こんなややこしいことを、この映画はさらりと描いてしまう。
 もしかしたらブラッド・ピットはこの映画以降変わってゆくかもしれない、という期待まで抱かせる映画である。


カポーティ コレクターズ・エディション [DVD]
クリエーター情報なし
ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする