粒来哲蔵『侮蔑の時代』(3)(花神社、2014年08月10日発行)
「冬瓜」は、ある女の一生を書いている。女は冬瓜作りの農夫の家に里子に出された。余った冬瓜に棒や縄をとおして冬瓜車を引きずって遊んだ。(冬瓜がごろごろまわるのだろう)。育ててくれた老婆が死ぬと生家に戻された。そこで「女は誰にも愛されず、誰をも愛さず、ひたすら頑なに生き続けた。」思い出は、育ててくれた老婆の家を尋ねてみれば、老婆の息子が冬瓜を売るために縄でくくっている。家に戻れば、台所の隅に冬瓜がころがっているという具合に、冬瓜の思い出だけである。
その最後。
ここに詩集のタイトルにもつかわれている「侮蔑」ということばが出てくるが、それがどんなものかは書いていない。興味深いのは、
と、女を侮蔑しているのが「生家の」人間であるということだ。身内。生家もまた貧しいはずである。(里子に出したくらいである)。その「貧しい」身内が、貧しい女を侮蔑する。人は誰かを侮蔑して、自分を侮蔑から救いだすのかもしれない。そんなことをしても何の解決にもならないが、そうしてしまう。
そのどうにもならない「遊び」(気晴らし)は冬瓜車を曳いて遊ぶのと似ているかもしれない。売ることのできない冬瓜。それをつかって、車を曳くように曳いて遊ぶ。それは冬瓜を「侮蔑する」ことになるかどうかはわからないが、奇妙な気晴らしである。
このどうにもならない「気晴らし」の感じは、冬瓜汁を食べた時の感じに似ているか。その感じを、粒来は、女にではなく、その息子に、
と語らさせている。
人を満腹にはさせない。
この感じが、人を「侮蔑」したときの感じだと言っているようにも思える。
冬瓜車を曳く無意味さ。無意味だけれど「ふふ」と笑ってしまうようなところがある。冬瓜汁の頼りなさ。腹を満たさない。けれど、妙に懐かしい。冬瓜車を曳いたことを思い出し、「ふふ」と笑う母も、きっとそれを「懐かしい」と感じていただろう。
母の感じていた「懐かしさ」と、息子の感じている「懐かしい」は同じであるとはかぎらないが、私には「同じ」に見えてしまう。感じてしまう。
この詩では、冬瓜汁を食べているのは「息子」だが、息子と一緒に母(女)も食べているように感じる。「息子」は「母(女)」になって、冬瓜汁を食べている。「息子」のなかの「母(女)」が、その歯応えのなさを「懐かしい」と思っている。
そんなふうには書いてはいないのだが、私は、そう感じてしまう。
そして、それが「侮蔑」の味だとも思っているように感じる。
「侮蔑する」味か、「侮蔑される」味か--よくわからないが、両方かもしれない。「侮蔑」では何も解決しない。「貧しさ」からぬけだせない。
こんな読み方をして、何がどうなるというものではないのだが、私は、そんなことを感じた。
そして、
この光景が、最後に「見える」と感じた。
「冬瓜様」と粒来は書いているが、それは「冬瓜汁」のような、と私には思える。「冬瓜汁」はひとの味覚、あるいは空腹を「侮蔑」しているかもしれない。こんな頼りないものと人間が冬瓜汁を侮蔑しながら食べるのだが、食べられる冬瓜汁の方でもこんなものしか食べられない貧乏人めと人間を「侮蔑」している。
「侮蔑」は一種のさびしい支えあいのようでもある。
そして、この「さびしさ」がなぜか怖い。なつかしいけれど、怖い。「死」をみつめた人間だけが見ることのできる「さびしさ」のように感じられるからである。
この「さびしさ」は実感したくない、と思わずあとずさってしまう。引きつけられながらも、のみこまれてしまったら大変と感じてしまう。
「冬瓜」は、ある女の一生を書いている。女は冬瓜作りの農夫の家に里子に出された。余った冬瓜に棒や縄をとおして冬瓜車を引きずって遊んだ。(冬瓜がごろごろまわるのだろう)。育ててくれた老婆が死ぬと生家に戻された。そこで「女は誰にも愛されず、誰をも愛さず、ひたすら頑なに生き続けた。」思い出は、育ててくれた老婆の家を尋ねてみれば、老婆の息子が冬瓜を売るために縄でくくっている。家に戻れば、台所の隅に冬瓜がころがっているという具合に、冬瓜の思い出だけである。
その最後。
そのうち老いて病み衰えた女の下半身は、泥田につかった日の記
憶そのままに重かった。女は終生貧しかったから、生家の誰彼の侮
蔑に長く耐えたが、あえてそれを咎めることはなかった。痩せた手
にかって冬瓜車を曳いた感触はまだ残っていて、女はひとりふふ、
と笑う日もあった。
女が死を迎えた時、一人残った女の息子は母の好みの冬瓜汁を作っ
てみた。冬瓜の薄切りを淡く煮て、片栗粉でとろ味をつけた。それ
は歯応えのないもので腹を満たしはしなかったが、何故か息子には
懐しく思われた。
--利根の堤下の枯芦の上に、冬瓜様のうす青い月が出ていた。
ここに詩集のタイトルにもつかわれている「侮蔑」ということばが出てくるが、それがどんなものかは書いていない。興味深いのは、
女は終生貧しかったから、生家の誰彼の侮蔑に長く耐えたが、あえてそれを咎めることはなかった。
と、女を侮蔑しているのが「生家の」人間であるということだ。身内。生家もまた貧しいはずである。(里子に出したくらいである)。その「貧しい」身内が、貧しい女を侮蔑する。人は誰かを侮蔑して、自分を侮蔑から救いだすのかもしれない。そんなことをしても何の解決にもならないが、そうしてしまう。
そのどうにもならない「遊び」(気晴らし)は冬瓜車を曳いて遊ぶのと似ているかもしれない。売ることのできない冬瓜。それをつかって、車を曳くように曳いて遊ぶ。それは冬瓜を「侮蔑する」ことになるかどうかはわからないが、奇妙な気晴らしである。
このどうにもならない「気晴らし」の感じは、冬瓜汁を食べた時の感じに似ているか。その感じを、粒来は、女にではなく、その息子に、
歯応えのないもので腹を満たしはしなかったが
と語らさせている。
人を満腹にはさせない。
この感じが、人を「侮蔑」したときの感じだと言っているようにも思える。
冬瓜車を曳く無意味さ。無意味だけれど「ふふ」と笑ってしまうようなところがある。冬瓜汁の頼りなさ。腹を満たさない。けれど、妙に懐かしい。冬瓜車を曳いたことを思い出し、「ふふ」と笑う母も、きっとそれを「懐かしい」と感じていただろう。
母の感じていた「懐かしさ」と、息子の感じている「懐かしい」は同じであるとはかぎらないが、私には「同じ」に見えてしまう。感じてしまう。
この詩では、冬瓜汁を食べているのは「息子」だが、息子と一緒に母(女)も食べているように感じる。「息子」は「母(女)」になって、冬瓜汁を食べている。「息子」のなかの「母(女)」が、その歯応えのなさを「懐かしい」と思っている。
そんなふうには書いてはいないのだが、私は、そう感じてしまう。
そして、それが「侮蔑」の味だとも思っているように感じる。
「侮蔑する」味か、「侮蔑される」味か--よくわからないが、両方かもしれない。「侮蔑」では何も解決しない。「貧しさ」からぬけだせない。
こんな読み方をして、何がどうなるというものではないのだが、私は、そんなことを感じた。
そして、
--利根の堤下の枯芦の上に、冬瓜様のうす青い月が出ていた。
この光景が、最後に「見える」と感じた。
「冬瓜様」と粒来は書いているが、それは「冬瓜汁」のような、と私には思える。「冬瓜汁」はひとの味覚、あるいは空腹を「侮蔑」しているかもしれない。こんな頼りないものと人間が冬瓜汁を侮蔑しながら食べるのだが、食べられる冬瓜汁の方でもこんなものしか食べられない貧乏人めと人間を「侮蔑」している。
「侮蔑」は一種のさびしい支えあいのようでもある。
そして、この「さびしさ」がなぜか怖い。なつかしいけれど、怖い。「死」をみつめた人間だけが見ることのできる「さびしさ」のように感じられるからである。
この「さびしさ」は実感したくない、と思わずあとずさってしまう。引きつけられながらも、のみこまれてしまったら大変と感じてしまう。
![]() | 穴 |
粒来 哲蔵 | |
書肆山田 |
![]() | 谷川俊太郎の『こころ』を読む |
クリエーター情報なし | |
思潮社 |