詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

井坂洋子「回転」

2015-10-06 10:06:57 | 詩(雑誌・同人誌)
井坂洋子「回転」(「一個」5、2015年秋発行)

 井坂洋子「回転」は、ことばが速い。軽快である。そして明確だ。

40番のカードをおもちのお客さま5番の窓口におこしください
内野さまぁ
と銀行の窓口がよんでいる
内野さまぁ
と病院の受付け窓口がよんでいる

よばれるまでは
ソファーにすわって待っているあの感じ

焼きつくされれば遺族がよばれ
私が消失したことをたしかめることになり
社会はそうやって回転を保っている

感情の袋、袋のなかの水位の上下動も関係なく
よばれれば立ちあがり窓口まで行くしかない
行くしかない

 一連目は、銀行や病院の情景。そうと、すぐにわかる。銀行、病院と書いてあるし。で、二連目、突然「場」が変わるのだが、その「場」については説明されない。ただ、その「場」にあって、「あの場」である、銀行や病院を思い出した。いや、そうではなくて、「あの感じ」を思い出した。
 一連目で「場」や「状況」を書きながら、二連目では「感じ」に変わっている。
 「場」は「ソファー」によって引き継がれるが、ぱっと、捨てられ、「感情」に変わる。このスピードがとてもいい。
 「感情」を前面に出しながら、三連目で、「場」にもどる。。
 「焼きつくされた」と「遺族」が、そこが火葬場であることを告げる。そうだねえ、火葬場でも呼ぶねえ。「内野さまぁ」か。
 そういう「状況/場」を銀行、病院と結びつけるのは、「不謹慎」かもしれないが、そういう「不謹慎」をしてしまうのが、人間である。「状況」にどっぷりとつかるだけが人間ではない。
 この「裏切り」のスピードも、とても速い。速すぎて、「裏切り」に対して怒るよりも、なんだか「おかしい」気持ち、笑いたいような気持ちになる。「生きているなあ」という感じがするのである。
 最終連の「感情の袋」は「涙(袋)」を思いおこさせる。「水位の上下」も「涙」を連想させる。でも、涙にくれるわけではない。泣いていればいいというものでもない。いや、泣く前にすることがある。
 呼ばれれば、お骨を拾いに行かなければならない。「行くしかない/行くしかない」の繰り返しのなかに、ことばにならない「感じ」がある。「無」の感じがある。
 銀行で呼ばれるときの「現実」そのもの感じ、それから火葬場で呼ばれるときの「無」の感じ。その激しい変化。そして、その中央で、どん、と居座っている「あの感じ」ということば。
 うーん。
 それらは、すべて「あの」と言い換えることができる。
 「あの」というのは、知っている、かつて体験したことがある、ということを思い出すから、「あの」になる。
 知っている、わかっている、でも、ことばにならない。ついつい「あの(とか、あれ、とか……)」という。そういうときの「あの」の「芽生え」のようなもの。
 この詩は「あの」を書いたのだ。書いているのだ。「あの」を、井坂は発見したのだ。それが、この詩を「産んでいる」。形にしている。その「産む」スピードが速い、と言い換えることもできる。
 速すぎて、「肉体」のどの部分が刺激されたのか、よくわからない。「あ、もう一度」と言ってみたい快感がある。もう一度「あの」に刺激されると、いってしまいそう……。そういうセックスの感じ。「ことばの肉体」がセックスしている気持ちになる。

 あ、私の感想は、なんだか抽象的すぎるかなあ。「分節/未分節」ということばをつかわずに書くと、こうなってしまう。

詩はあなたの隣にいる (単行本)
井坂 洋子
筑摩書房

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