詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

嵯峨信之『OB抒情歌』(1988)(24)

2019-11-22 08:59:17 | 『嵯峨信之全詩集』を読む
* (すぐそこの低い空に)

青い林檎のような一つの星が明るくおもく垂れさがつている
ぼくはかがんで湧き水を飲んだ

 「低い空」「おもく垂れ下がる」「かがむ」と視線(動作)が自然に上から下へと動く。そういう「動きのベクトル」のなかに、「青い林檎」と「星」が比喩と現実の交錯となって存在する。
 この行を読むとき、私が見ているのは「青い林檎」か「星」か。
 「青い林檎」は「未熟な、小さい林檎」。しかし、それは「重く垂れ下がる」。未完成が持つ明るさによって。
 「明るく」と「重く垂れ下がる」は一見矛盾しているが、その矛盾の中に、予兆のような真実がある。
 嵯峨は、それを「湧き水」のように「飲む」という比喩を、私は連想する。つまり、そういうふうに「誤読」する。





*

詩集『誤読』は、嵯峨信之の詩集『時刻表』を批評するという形式で書いたものです。
オンデマンドで販売しています。100ページ。1500円(送料250円)
『誤読』販売のページ
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私あてにメール(yachisyuso@gmail.com)でも受け付けています。(その場合は多少時間がかかります)

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