鴎外選集 第二巻 「牛鍋」
牛鍋は、すき焼きか。28ページ。(表記は一部変更した。)
牛肉の紅は男のすばしこい箸で反される。白くなった方が上になる。
ことばのスピードが早い。すばしこい。
このすき焼きを、死んだ友達の幼い娘が狙っている。箸を出すと、男がまだ煮えていないと食べさせない。そのくせ、その一切れを、次の瞬間、ぱっと食べてしまう。
29ページ。
娘の目は又男の顔に注がれた。その目の中には怨も怒もない。只驚がある。
そのうちに、娘は男のことばを無視して、肉やねぎを食べる。一種の、取り合いになる。
その様子が、29-30ページで、こう書かれる。
娘も黙って箸を動かす。驚の目は、或る目的に向って動く活動の目になって、それが暫らくも鍋を離れない。
この「活動の目」がいいなあ。
この「活動」は、本能といいなおされ、「本能は存外醜悪ではない」(30ページ)と、さらに言い直される。
で、そのあと、もうひとりの登場人物も出てきて、
人は猿よりも進化している。
という行が繰り返される。(30ページ)
繰り返しの間に、
一の本能は他の本能を犠牲にする。
という、意味が何重にもとれそうな一行がある。
うーん。
明言されていない本能、その「活動」はどんなものか。読者に任されているのだが、こういう書き方は、今の小説家はしない。たぶん、当時のはやりの小説家も。
本能、活動、醜悪ではない。
この三つのことばに、鴎外の抵抗というか、思想というか、肉体を私は感じる。
牛鍋は、すき焼きか。28ページ。(表記は一部変更した。)
牛肉の紅は男のすばしこい箸で反される。白くなった方が上になる。
ことばのスピードが早い。すばしこい。
このすき焼きを、死んだ友達の幼い娘が狙っている。箸を出すと、男がまだ煮えていないと食べさせない。そのくせ、その一切れを、次の瞬間、ぱっと食べてしまう。
29ページ。
娘の目は又男の顔に注がれた。その目の中には怨も怒もない。只驚がある。
そのうちに、娘は男のことばを無視して、肉やねぎを食べる。一種の、取り合いになる。
その様子が、29-30ページで、こう書かれる。
娘も黙って箸を動かす。驚の目は、或る目的に向って動く活動の目になって、それが暫らくも鍋を離れない。
この「活動の目」がいいなあ。
この「活動」は、本能といいなおされ、「本能は存外醜悪ではない」(30ページ)と、さらに言い直される。
で、そのあと、もうひとりの登場人物も出てきて、
人は猿よりも進化している。
という行が繰り返される。(30ページ)
繰り返しの間に、
一の本能は他の本能を犠牲にする。
という、意味が何重にもとれそうな一行がある。
うーん。
明言されていない本能、その「活動」はどんなものか。読者に任されているのだが、こういう書き方は、今の小説家はしない。たぶん、当時のはやりの小説家も。
本能、活動、醜悪ではない。
この三つのことばに、鴎外の抵抗というか、思想というか、肉体を私は感じる。