詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

清岡卓行論のためのメモ(24)

2007-02-17 08:00:50 | 詩集
 清岡卓行パリの五月に』(思潮社、1991年10月20日発行)。
 「マロニエの花」はパリに着いた翌朝のホテルからみた光景。マロニエが花盛りである。

わたしが斜めに左に顔を向けて
青空のなかの太陽を探すと
まだずいぶん低い位置にいた。
おお そのとき
マロニエの並木三本ほどの緑の円頂における
円錐花序の白い花房の群ら立ちが
真後ろからの日光に照らしだされ
眩しくも魅惑的に輝いていたのである。
朝露の湿りをたぶん少し残した
それら逆光のなかの白い花びらは
なかば透明な匂わしさのなかで
まるで自分をはじらっているようにも見えた。

 この光景は清岡を困惑させる。

これでは美しすぎる!
と わたしは唸った。
どうすればいいの?

 「美しすぎる」ことが清岡の困惑である。「美」は清岡が常に求めているものである。「美」に陶酔し、放心し、そのとき清岡は清岡であることを忘れ、美と一体になる。美をつくりだしている存在そのものになる。
 ところが「美しすぎる」とその一体感がない。
 清岡は「美」となじむために、どうしたのか。「わたしは 自分の貧しい知識のなかから/この空間のかつての惨状や寂寥を告げる/歴史の事実をいつのまにか呼び戻そうとしていた。」マロニエを太陽で輝かせる、朝露のなごりで飾るのではなく、惨状や寂寥によって緩和しようとする。
 その結果……。

美に弱い自分の感動を抑えようとして
なかば無意識的に求めた
さまざまな解熱剤ふうな情景。
しかし それらは
肉眼で眺めたものにしろ
想像で描いたものにしろ
わたしのおぼろげな意図を潜って
マロニエの花ざかりの美しさと
すぐさま親しく結びついてしまった。

 こうした精神の変化を清岡は、次の連で言い換えている。

皮肉な逆効果というか
いや それをこそ無意識的に求めていたというか
これらの情景は 堅固な背景や地盤
あるいは奥深い陰影となることによって
マロニエの花ざかりの魅惑を
いっそう立体的に いっそう内発的にしたのである。

 「美」と清岡の外にある。しかし、その「美」に対して清岡の精神が働きかけるとき、「美」は立体的に、内発的になる。「美」に対して清岡が接近して行き、その接近の過程が「美」を立体的にし、清岡との関係を内発的にするのである。
 そして、清岡は、この状態からさらに一歩動く。

五月のパリの色彩の音楽
その早朝のあるひそやかな場合によって
幸福感におちいったわたしは
パリになにをしにきたか忘れた。
自分の痛風の発作への心配を忘れた。
そして 放心のなかで
マロニエの花ざかりの美しさ
そのものまで忘れてしまった。

 最後の「忘れてしまった」は意識することができなくなったという意味だろう。なぜ意識できなくなったか。マロニエと一体になってしまったからである。マロニエの花となって、清岡は、いま、そこで咲いている。さまざまな情景が、そのときどきで展開されるが、マロニエにとってはそういうことはどうでもいい。人間が繰り返す日常である。マロニエはただただ5月になれば繰り返し咲く。それだけのことである。「美」ではなく、マロニエの命そのものと清岡は一体になっているのである。自分の肉体(痛風への心配)さえも忘れてしまう。
 「放心」とは心が解き放たれ、その心が清岡とは違う何かと一体となるだけではない。実は、心ではなく、肉体そのものが対象と一体となることである。自分の肉体が対象と一体になってしまうので、心は自分本来の肉体を見失うのである。
 そして、ここまで考えてきたとき、私は清岡がマロニエの「美」を緩和するためにしてきたことの「意味」を再発見する。清岡は「美」を緩和するために惨状や寂寥を思い描いたと書いていた。「貧しい記憶のなかから」そういうものを探し出してきたと書いていた。
 だが、ほんとうは、こういうべきなのだろう。
 清岡は記憶のなかから「美」を拒絶するような惨状や寂寥を拾い集め、それを捨て去ったのだ。清岡の精神のなかにあるマロニエ以外のもの、そういうものを全部捨て去ることで、清岡はマロニエと一体となる。
 ここには一種の「矛盾」がある。
 マロニエの「美」を緩和するためと清岡は意識して記憶を動かしたか、それは実際には記憶を捨て去ることであった。記憶は、それを記憶と意識しないかぎりは捨てることができないのである。そのために書くのである。
 詩は書かれたことばのなかにある。
 しかし、その書かれたことばは、実は捨てるためのことば、あるいは捨てたことばである。「詩」はそのなかにはない。書かれたことばは「詩」に到達するための「道」のようなものであって、ほんとうはそこにはない。「詩」はその「道」をたどったものの、そのたどった先にある。書かれていないところ、「道」をたどることで見える「目」のなかにのみある。
 清岡の詩のことばは、いわゆる抒情詩のようにあいまいではない。あくまで明晰である。主語と述語が呼応している。散文と言い換えていいくらい整然としている。なぜ、それが整然としているか。それは、そこに書かれたことばが捨て去ったものだからである。それまで清岡をつくっていることばを、言い換えれば、記憶を、精神を捨て去る。脱ぎ捨てる。裸になる。そのために清岡はことばを書く。
 捨てることばがなくなったとき、「美」をすっかり忘れてしまい、「美」ではなく、その「美」を成り立たせている存在そのものになる。たとえばマロニエの花の「花ざかり」そのものになってしまう。

 清岡の詩は、ことばを捨て去る方法として読むべきものである。
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清岡卓行論のためのメモ(23)

2007-02-16 11:37:40 | 詩集
 清岡卓行ふしぎな鏡の店』(思潮社、1989年08月01日発行)。
 「あとがき」で清岡は「矛盾」ということばをつかっている。詩集に収録した作品の長さがバラバラになった理由について語った部分である。

 もう一つの理由は、夢を描くとき私がある矛盾を抱いていたということです。凝縮や抽象の美しさのため作品が短くなる方法と、興味深い細部を豊かにするため作品が長くなる方向、そうした二つの方向への誘いを同時に覚えた私は、実際にはこの矛盾のなかのさまざまな位置を、そのときどきの気分で選んだわけです。

 「二つの方向への誘いを同時に覚え」る。--清岡の詩は、この詩集に限らず、いつでも二つの方向に動いている。求心と遠心。凝縮と拡張。それはくりかえしになるが「円き広場」の姿そのままである。「円き広場」は求心なのか、遠心なのか。それは求心であり、同時に遠心である。それは分離不可能なものである。分離不可能なものであるけれど、ことばはふたつの方向を指し示すことができる。「矛盾」は清岡にあるのではなく、ことばという存在自体にあるのかもしれない。
 ことばは求心・遠心、凝縮・拡張というふたつの方向が同時に存在するとき、つまり矛盾するとき、「詩」になるのではないのか。



 この詩集は「夢」を描いている。「夢」とは誰でもが体験するものだが、この夢とは、私たちは何によって見ているのだろうか。「目」で見ているのか。それとも「ことば」で見ているのか。表題作「ふしぎな鏡の店」を読むと、「ことば」で夢を見るのだ、という気持ちになる。さまざまな形の鏡を売っている店に入る。そこで「空中から見た/いびつな下降の形」をした鏡に出会い、ひかれる。そういう内容の5、6連目。

--鏡のたわむれの中で
  ひとは無限の表面にいる
夭折した評論家の言葉だ。

店の主人は ねかならぬその表面を
鏡の枠のさまざまに奇抜なデザインで
鮮やかに示したかったのか
それとも隠したかったのか。

 6連目の「鮮やかに示したかったのか/それとも隠したかったのか。」という対句のような構造はこれまでも見てきた清岡の作品に共通するものである。しめすこと「と」隠すこと。「と」を中心にした、対立した構造が、ここでは「それとも」ということばであらわされている。(「それとも」は「と」の変形である。「それとも」ということばも清岡の作品には頻繁につかわれている。)
 この部分は、絶対に「目」で見ることはできない「夢」である。「論理」は「ことば」で追いかけるしかない。
 求心・遠心、そこから引き起こされる眩暈、驚き、放心--それは肉体的な感覚であるけれど、その感覚を支えているのは、この作品であらわれた「ことば」の論理である。「ことば」が清岡の眩暈、驚き、放心を支えているのである。
 清岡の作品が、美を追求して官能的であると同時に、清潔で、むだがないという印象があるのは、その世界が「ことば」によって支えられているからである。「ことば」の論理がいつでも作品の基本をつくっているからである。
 とはいうものの、清岡の作品がほんとうに凄いのは、そういう「ことば」の論理に支えられながらも、その「ことば」の論理をねじまげるようにして、「ことば」が動いて行くからである。「基本」が「基本」のまま底辺で土台をつくるのではなく、そこから立ち上がり、立体的になって行く。

不規則な魅力の火口の形をした
鏡の右端(みぎはし)を
わたしは右手の指でそっと突き
鎖で吊りさげられたその鏡を
ゆっくりと半回転させた。

--あっ 裏もやっぱり鏡なんですね!
わたしは思わず声をあげた。

 表だけ見つめて、鏡のデザインを「示したかったのか/それとも隠したかったのか」と考えていた「ことば」の世界が、もういちど目によって裏切られるようにふくらみはじめる。そして表だけではなく裏も鏡であることを知る。鏡がこのとき立体化する。平面ではなく、立体になる。だが、それは「やっぱり」ということばが明らかにするように、清岡にとっては予測されていたことなのである。すべて、無意識の中で知ってしまっている世界--それが夢である。

左右は変わったが
同じ火口の形をした鏡。
わたしの頭はくらくらとし
脾臓のあたりに 深い快感が生じた。

 「ことば」の論理は肉体(脾臓)の快感へとのみこまれていく。この「快感」が「放心」に似ていることは、それが「倦怠」ということばで言いなおされていることからもわかる。
 この作品の終わりの2連。

火口の形でも ほかのどの形でもいい
背中合わせになった二枚の鏡の
澄みきって暴力的な諧謔が
わたしはやたらと欲しくなった。

しかし それを
自分の家のなかの日常の どんな場所で
どんな倦怠の鎖に吊るせばいいのか
まるで見当がつかない。


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ガブリエレ・ムッチーノ監督「幸せのちから」

2007-02-16 00:04:36 | 映画
監督 ガブリエレ・ムッチーノ 出演 ウィル・スミス

 おもしろい(といっても、楽しいという意味ではない)シーンが1つある。語りはじめるなら、このシーンから語りたいというだけのことである。
 主人公は売れない医療機器を販売している。その機器をヒッピーが「タイムマシーン」と呼んだために、息子がそう信じてしまう。その息子を相手に、「タイムマシーン」をつかって空想の旅へ出る。地下鉄の駅。目をつむる。「タイムマシーン」のボタンを押す。目を開ける。そこは恐竜時代。「大事な火を踏むな」「Tレックスがやってきた」「洞窟へ逃げよう」。そんなふうにしてトイレに逃げ込み夜を明かす。美しい夢のようなシーンだが、その美しさを、眠る息子を抱きながらウィル・スミスが涙を流すとき、その涙が叩き壊してしまう。
 このシーンは映画全体のテーマを象徴している。
 夢を見る無邪気な力。夢を見るとは、そこにないものをあるもののように実感する力である。こどもはそういう夢を実感する力が自分にあることを発見し、遊びに夢中になる。夢みる力を楽しむ。そういう力を賛美している。ただ、それがストレートに最後まで貫かれない。ねじれてゆく。
この映画の主人公は、この恐竜時代へのタイムトラベルのような、ほとんど不可能な夢を実現する。ホームレス生活をしながら、(しかも幼いこどもをかかえながら)、半年の無給の研修期間をクリアし、信託銀行に入社する。実話だそうだが、ほとんど奇跡である。夢みる力が、彼の人生をかえてしまう。その過程を描いているのだが、私はすなおには感動できないのである。ウィル・スミスの行動は、こどもが恐竜時代ごっこに夢中になった世界とは無縁なのである。そこには夢みる力を楽しむ姿はない。
 ウィル・スミスが演じる男は、たしかに幸せになる。成功する。つまり、金を稼げる職業につき、こどもと安心していっしょに暮らせる。だが、彼だけが幸せになったのではないのか。別の視点からいえば、そういう疑問が残るのである。
 たとえば「地上最速のインディアン」。アンソニー・ホプキンスはただスピード記録を塗り替えたくてバイクを走らせる。そのことに夢中になる。その夢中になる姿が、出会った人々を引き込んで行く。あの男、おもしろい。へええ、人間というのはこんなことができるんだ。成功というよりは、遊びの完成である。遊びを完成させるために、アンソニー・ホプキンスは一生懸命になる。夢は遊びのなかでこそ輝くのである。
 たとえば「ミス・リトル・サンシャイン」。末っ子娘が優勝を狙う「ミス・リトル・サンシャイン」コンテストは、それを真剣にとらえている人間も一部にいるけれど(そういう一部の人間が鮮やかに笑われている)、やはり遊びである。遊びだからこそ、その遊びを完全にやりとげさせるために家族がいっしょになって遊ぶ。そのとき、そこに幸せというものが、それを求めているわけではないけれど、美しい姿となってあらわれてくる。家族がいっしょになってむちゃくゃやっている。こんなむちゃくちゃ、だれか出来るかい? という楽しさがある。幸せがある。
 たとえば「酒井家のしあわせ」。父親は死んで行くのがわかっている。息子は親友にガールフレンドを奪われて失恋する。それでも幸せである。笑うべきことではないのに、なぜか笑ってしまう。それが幸せというものだ。幸せは成功とは違うのだ。(「地上最速のインディアン」はたまたま成功するけれど、それはたまたまである。成功しなくたって、ただ走るだけで、まわりの人間はみんな幸せになった。わあ、すごいと驚いた。記録の達成は付録である。)
 幸せとは、成功であろうが失敗であろうが、そういうこととは関係なく、いっしょになって何かをし、いっしょになって心を動かすこと。笑うこと。
 「タイムマシーン」のシーンでは、そういう一瞬があったのだ。しかし、ウィル・スミスは彼のことばが「嘘」であることを知っていた。こどもの注意をそらすために「タイムマシーンごっこ」をやったことを知っていた。--そこからは幸せは生まれない。ここに描かれているのは「幸せの力」ではない。
 20人の競争相手のなかからひとりだけ社員として採用されるというサクセスストーリーが象徴的だが、彼の幸せは他人といっしょに何かをするということではなく、勝ち残るということと同義なのである。「幸せのちから」というより「勝利のちから」がこの映画のタイトルであるべきだ。
 この「勝利のちから」を、こどもを利用して「幸せのちから」に見せかけている。立派な(?)職業につき、金を稼ぎ、こどもといっしょに暮らす幸せを手に入れたというふうにごまかしている。金に不自由せず、こどもといっしょにいることが「幸せ」ならば、彼が悪戦苦闘していた半年は、こどもといっしょにいたけれど、金がなかった「不幸な半年」になってしまう。そして、それは、こどもの、あのタイムマシーンで遊んだ一夜の喜びを否定してしまう。
 いやあな気持ちになる映画である。

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豊原清明個人詩誌「白黒目」

2007-02-15 20:47:22 | 詩(雑誌・同人誌)
 豊原清明個人詩誌「白黒目」4(2007年02月03日発行)。
 俳句と詩が掲載されている。俳句がおもしろい。

仙台や子雀と歩く赤ん坊
焼野原父よガンジス河見える
雷がずしんと落下する朝日

 どの句も、清原の肉体が、そこに描かれているものを全部のみこんでしまっているような、肉体と対象の区別が消えてしまっているような、ふしぎな融合を感じる。「子雀」と「赤ん坊」を対等にみる視線。やわらたいいのちの原形(?)のすこやかさ。「焼野原」と「ガンジス河」の衝突が引き起こす広がり。「ずしんと落下する」というまっすぐさ。そういうもののなかに、清原が、溶けて、すっぽりと入り込んでいる。あるいは、そういうものがすっぽり豊原の肉体のなかに入り込んで、豊原の肉体を豊原ではないものにしてしまっている。

初猟や挫折を撃って眠りたい
冬眠や背を震へさせ我生きん

 やわらかな精神と「眠りたい」「我生きん」という欲望(?)のストレートな響き。豊原は、私がけっしてつかみきれないものをつかんでいる。それがうらやましい。



 豊原は何かに形を与えようとしない。豊原自身が、何かになってしまう。それも、とてもやわらかく、透明なものに。そういう印象は、詩においても同じである。「詩大山へ至る道」の1連目。

喉、乾かへんか?と
老いた自由詩派の師がつぶやいた
乾いていますが
この山道においては
水がないですよ。
ならば何万年前のニホンを
目を閉じて考えなさい
そこには、水がある
あふれんばかりの川のせせらぎ。

 「自由詩派の師」と「僕」との対話だが、たとえば、この1連目の最後の行。その行のふしぎな鮮烈さ。それがなぜ鮮烈かといえば、そのことばが誰のことばかわからないからである。「師」が言ったのか。「僕」が答えたのか。どちらでもあり、どちらでもない。「師」と「僕」とのことばが合流して、あふれたのである。
 豊原と豊原以外のものが出会うとき、そのふたつは近づき、一体化して、豊原でも豊原以外のものでもなく、まったく新しい人間として生まれ変わる。その新鮮ないのちの輝き。それが豊原のことばの美しさだ。
 そして、豊原が一体化するのは、実は、「師」のことばではない。「師」のことばのなかにある自然と、あるいは宇宙と一体化して、新しい人間として生まれ変わるのである。この作品は、そういうことも感じさせてくれる。
 「師」と「僕」との対話は次のようにつづいてゆく。

僕は永らく家に閉じこもっていたが
しかし自由詩の大山で
一生過ごすのは
良いですね。
否、詩大山の山頂には
現代詩派の
決闘が待っている
自由詩に活きて約六十年余りの
古株である私が
彼らと戦うのだ
君は彼らのたましいを
土に埋めるのが
仕事なのだが…。
出来るか?

 との問いに、「僕」はどう向き合ったか。途中省略して、最終連。

たましいなんて埋められない
コトリがお早うと
語りかけてきて
白い山で段々眠たくなっちゃいます。

 「師」であろうがなかろうが、そんなことは関係ない。決闘もたましいも関係ない。豊原は、そういう人間の「意志」(意識)とは関係のない「自然」そのものを呼吸する。「自然」を呼吸し、胸いっぱいに吸い込み、そこから吐き出す息とともに「自然」のなかへ自在に広がって行く。
 自然と人間の一体化。それはそのまま「俳句」である。(「俳句」の門外漢の私はそう考える。)
 この最終連の美しさは、そういう「呼吸」の美しさである。
 「コトリ」が「お早う」と語りかける。そのとき、ごくふつうの凡人は「お早う」と返事をして、目を覚ます。ところが清原は「お早う」とまるで人間のようにコトリが語りかけてくるとき、安心して眠ってしまうのである。この、一種、矛盾のような宇宙。そのいのちの輝き。「現代詩」なんか忘れてしまって、ただ無垢な人間になって眠る。その楽しさ。ああ、それが「詩」なんだなあ、と思う。



 「夕方の色なき絵」という作品に、次の3行がある。

ヒトという狭い器の中に
入り込んでしまった
或る、人間のクズである僕に対して。

 「ヒト」という「狭い器」。豊原は、そいうものと戦っている。「決闘」している。「現代詩」なんかとは決闘などしないのである。「ヒト」という「狭い器」のなかに入り込んでしまえば「クズ」である。器を叩き割って、「ヒト」を超越する。水があふれるように、自然の中へあふれだして行く。
 豊原は「ヒト」になるのではない。「自然」(宇宙)になるのだ。

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倉田良成『東京Boheme抄』

2007-02-14 22:40:47 | 詩集
 倉田良成『東京Boheme抄』(私家版、2007年02月04日発行)。
 「ドルチェ・ヴィータ」という作品の終わりの方に出てくる文章。

横浜の繁華街を指してみんなで歩いたことがある。ふだんは電車で乗り過ぎてしまう風景が、奥行きをもって一枚、また一枚と展開し、われわれは見たこともなかった午後深い池を過ぎ、木陰に出現する知らないバイパス道路を十字路に曲がり、見えない星のきらめきを躰の奥処(おくが)に感じはじめる時刻に、横浜の街角に立つ。

 「ふだんは電車で乗り過ぎてしまう風景が、奥行きをもって一枚、また一枚と展開」ということばは、そのままこの詩集の世界をさしているように感じる。青春から現在までいくつかの断片で綴りあわせた、いわば個人史のような詩集だが、できごとをストーリーに従属させるのではなく、瞬間瞬間に立ち止まる。ある瞬間瞬間を、一枚一枚はがすようにして奥行きを描き出す。そして、合わせ鏡のようにして、文学作品が「反歌」の形でそえられる。そのとき、ことばの乱反射が起きる。その乱反射は、「見たこともなかった」「深い池」、あるいは「見えない星」を体の奥に存在させる。
 この詩集の作品は、それぞれ独立して読むよりも、ひとつづきの「人生」として読むようにできていることがわかる。読み進むにしたがって、倉田の体が抱き込んでいる「池」や「星」が見えてくるのである。それこそ、ページの1枚1枚をめくるたびに、ストーリーを追うだけでは見逃してしまうものが、ある奥行きをもって、ことばの奥に広がるのである。詩が積み上げられていくことで、倉田の体とことばが一体となり、奥行きが出てくる。
 詩集全体の「反歌」として「森戸海岸で」という作品が掲載されているが、その前の「舟泊て」が、そういう「奥行き」の到達点として、とてもおもしろい。いつもは利用しない湘南新宿ラインで池袋から横浜まで直通で行くときの様子を描いている。
 倉田はふたつの風景を目撃する。体験する。

埼京線の軌道は山手線とほぼ同じ。どんなに沿線が変わったかと思ったが、そこに見たのは晩夏の光を浴びた三分の一世紀ほど昔の東京の街と異ならない。ただ少しずつ、劣化し褪色し、沈んでゆく太陽のような。

 ひとつは「昔」と変わらない、といっても少しは「劣化し、褪色」した風景。なじみがあるだけに、ちいさな違いも意識される。そういうことは、車窓の風景に限らず、過去の記憶でも起きるだろう。新しい一歩、どこかへ進むとき、そんなふうにして「昔」は姿をあらわす。--この描写は、そのまま、倉田がこの詩集の作品を書く理由でもあるだろう。
 生きてゆくということは、過去を思いだすことなのである。自分がどういう生活をしてきたか、何を考えてきたかを思いだすことが生きてゆくことなのである。過去の1ページを、さらにその1ページのページをはがすようにめくる。そこにストーリーではとらえきれない「奥行き」があり、それが過去の1ページに陰影を与える。その陰影が、その「奥行き」が、「昔」へはもどれないということを決定づけるのである。「奥行き」「陰影」は「劣化」「褪色」という断絶の形で「いま」を突き破って存在するのである。

普段は使わない横須賀線の、西大井を過ぎたあたりから、どこを走っているのか方向と時間の感覚がおかしくなる。

 倉田が体験するもうひとつの風景がこれである。これは、とても特徴的な体験である。見知らぬ線路を走るために「方向感覚」がおかしくなるということは誰でも体験することかもしれない。しかし「時間」はどうだろうか。「時間」の感覚はおかしくはならない。電車が進めば進むだけ「時間」も過ぎてゆく。それがふつうの感覚だろう。しかし、倉田は「時間の感覚がおかしくなる」と書いている。
 たしかに、生きることが過去を思いだすことだということを強く意識すれば、そこでは「時間」の感覚は混乱する。生きることは現在から未来へ進むことである。しかし、その前進の過程で、意識は過去を思い浮かべる。過去を思い浮かべた瞬間、たしかに過去へ進んでいるのか、未来へ進んでいるのか、わからなくなる、ということはありうるのだ。
 倉田にはこの感覚が非常に強いのだろう。未来へ進めば進むほど、遠い過去が1枚ずつめくれるようにして奥行きをあらわす。

 ここから倉田は風景ではなく、不安のなかへと突き進む。

住宅街を走っているのだが神社や児童公園や小さな墓苑のようなものも見える。やがて多摩川の渡河に至って神奈川県に入ったことを知るが、京急川崎駅から見てだいぶ北のところを走っているほかは皆目見当がつかず、見知らぬ土地をゆく孤独感みたいなものが身に添う。ほんとうにわれわれは横浜へ行くのか。

 この「見知らぬ土地」(風景)は「昔」の風景(三分の一世紀ほど昔の東京の街)との対比によって鮮明になる。そこがただ「見知らぬ土地」であるだけではなく、知っている土地(過去)と地続きであることが倉田を不安にし、「見知らぬ土地」を経由するがゆえに、これからたどりつく場所が「見知らぬ土地」かもしれないという不安に倉田を誘い込むのである。「ほんとうにわれわれは横浜に行くのか。」
 このときの「孤独」は、いま通過している土地が「昔」(記憶)をもたないこととも関係している。先へ進む。そのとき思い出す「昔」。そこには1枚ずつ奥行きを広げるものがあり、「昔」を1枚ずつめくるたびになつかしい知人が立ち現れる。孤独ではない。一方、昔(記憶)とつながらない土地を行くとき、そこには知人は誰一人として立ち現れない。孤独である。

妻とわたしはホームに立つ。だが、私たちが到着したこの横浜とは、ほんとうは何処なのか?

 知らない土地を通ることは知らない時間へ進むこと。そして、そういう体験をしてしまったあとでは、知っているはずの場所へはたどりつけないのである。その場所は、かならずかつての場所とは違っている。不思議な体験をしてしまったあとでは、既成の場所は既成のままではいられない。そこはもう「横浜」ではありえないのである。
 こういう苦しみのなかで、つまり生きること、生きることで知らない時間と場所を通ることで、「私」は「私」ではなくなり、目的地は目的地でなくなるという苦しみのなかで、倉田は「昔」を思い出し、自己を立て直そうとしているのかもしれない。過去を書く意味があるとすれば、そういう立て直しと関係があるかもしれない。しかし、過去は過去で、1枚ずつページをめくるように「奥行き」を新しくする。書けば書くほど、矛盾してしまう。不安は大きくなる。だが、だからこそ書かずにはいられない。--それが倉田なのだと思った。
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清岡卓行論のためのメモ(22)

2007-02-14 08:30:14 | 詩集
 『一瞬』(思潮社、2002年08月20日発行)。
 「選ばれた一瞬」は岡鹿之助の『滞船』に寄せて書かれた詩である。この「一瞬」にはいろいろな意味がある。まず、岡が描いている絵の世界、絵として閉じ込められた一瞬。それは次のように描写される。(直接、絵に描かれている具体物ではなく、そこから受け取った清岡の「一瞬」の印象。)

なんとうい静けさ。
孤独でにぎやかな音楽が
いま終ったばかりであるかのように。
あるいは ひそかな郷愁の音楽が
まさに始まろうとしているかのように。

 この文体は「ある眩暈」の「やがては自分が無残に/敗れる兆しか。/それともそこから必死に/逃れる兆しか。」に似ている。「音楽のおわり」「音楽の始まるまえ」というふたつの極に挟まれた「一瞬」。清岡が「詩」を書くとき、必ずといっていいほど繰り返される構図である。
 次に、清岡が岡の絵にであった「一瞬」。

このタブローの前で私が茫然となった一瞬から
もう三十三年も経っている。
しかも その驚きの反芻が
いまもなおつづけられているのだ。

 「三十三年前」と「いま」の「一瞬」。それを同じ「一瞬」ということばでつなぐのは「茫然」と「驚き」。
 そして、ここに「一瞬」とは矛盾するもうひとつの重要なことばがある。「反芻」。
 「一瞬」はその瞬間に消え去るから「一瞬」なのではない。常に新しくそこに存在し、反芻するたびに新しくなるから「一瞬」なのである。
 清岡が詩を書くのは、「一瞬」を「反芻」するためである。「反芻」しながら、どんどん「驚き」「戦き」「眩暈」へ引き込まれていく。「茫然」として我を忘れてしまう。「放心」する。それが清岡の幸福だからである。悦びだからである。

 清岡はもうひとつ、とても重要な「一瞬」を思い描いている。岡の人生全体と重なり合う「一瞬」。岡の人生と、絵とが重なり合う「一瞬」。その「一瞬」を清岡が発見する「一瞬」。そのために、清岡は、岡の人生についていろいろ調べてもいる。だが、その絵を支えている核心、「魂のもっとも深い構え」はみつからなかった。それでもなおかつ、清岡は夢みる。

できることなら いつの日か
わたしは蓄積したそれらの知識を
うまく無意識化した状態のなかで
あの油彩の実物に再会してみたい。
そして あらためて
あの生生しい絵肌(マチエール)の全容に打たれ
かつて茫然となったあの一瞬を
感覚的に新しくしてみたい。
そのとき
わたしにどんな思いが生じるかはわからない。
しかし そのとき
わたしの新しい一瞬が
画家をあの油彩の制作へと駆り立てた古い一瞬に
いくらかでも重なるのではないかという
そんな望みが
あの滞船の行き先のように残っている。

 「古い一瞬」を「新しくする」。それが清岡の詩を書く理由だ。「反芻」とは新しくするということがあってはじめて「反芻」なのである。

 ところで、いま引用したこの作品の最後の連には、もうひとつとてもおもしろいことばがある。

わたしは蓄積したそれらの知識を
うまく無意識化した状態のなかで
あの油彩の実物に再会してみたい。

 「知識」をもったまま再会するのではない。「知識」のない状態で再会するのである。「知識」を否定する姿勢がここにある。「詩」の「一瞬」は「知識」(頭)では到達できない。むしろ、頭が空白になることが重要である。「茫然」のなかに「詩」は噴出してくるのである。清岡のことばの動きは整然としている。すべての行、すべてのことばが意識化されているよう感じる。それはたしかに意識化されている。しかし、その意識化は、意識することを忘れるための意識化である。意識を「無」にするための意識である。

 最初にもどろう。

なんとうい静けさ。
孤独でにぎやかな音楽が
いま終ったばかりであるかのように。
あるいは ひそかな郷愁の音楽が
まさに始まろうとしているかのように。

 ここに書かれた「音楽の終わり」「音楽の始まる前」というふたつのことばは、互いに正反対であることによって、それぞれを打ち消してしまうのだ。意識は一瞬浮かび上がり、その浮かび上がったものは即座に否定される。「無」になる。「無」になることによって、そのふたつの「音楽」の距離、隔たりは無限になる。
 「無」のなかで、清岡のことばは、つまり、感覚はというのに等しいが、それは再生するのである。詩になるのである。
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清岡卓行論のためのメモ(21)

2007-02-13 22:57:19 | 詩集
 『一瞬』(思潮社、2002年08月20日発行)。
 巻頭の「ある眩暈(くるめき)」に「一瞬」ということばはない。しかし、隠されている。

それが美
であると意識するまえの
かすかな驚きが好きだ。
風景だろうと
音楽だろうと
はたまた人間の素顔だろうと
初めて接した敵が美
であると意識するまえの
ひそかな戦(おのの)きが好きだ。
やがては自分が無残に
敗れる兆しか。
それともそこから必死に
逃れる兆しか。
それほど孤独でおろかな
それほど神秘でほのかな
眩暈(くるめき)が好きだ。

 「驚き」「戦き」「眩暈」。それは「一瞬」と同義である。そして、それは「意識以前」の感覚である。「意識するまえの」の「まえ」。それが一瞬だ。意識化されたもの--それはいわば「固定化」されたものである。意識化されるまえ、固定化されるまえ。そして「固定化」されていないかゆえに、それは「驚き」「戦き」「眩暈」のなかを駆け抜ける。どう呼んでも同じなのである。「驚き」「戦き」「眩暈」は同じことを言い換えているのである。「一瞬」を言い換えているのである。

 この作品は短いが、清岡の特徴が非常によくでている。清岡の特徴が凝縮している。たとえば、

やがては自分が無残に
敗れる兆しか。
それともそこから必死に
逃れる兆しか。

 この二つの「兆し」。それがひとつではないということ。「兆し」と「兆し」の間には非常に広い次元が広がっている。たえず対立するもの、この詩では「敗れる」と「逃れる」が両極をつくり、その両極の間が広いということが清岡のことばの運動の特徴である。無限に広がる広がりのなかで、清岡のことばは「意識」の道筋をつくりあげるのである。意識の道筋ができたとき、それは「円き広場」につながる。
 清岡の意識の特徴は、先に書いた「固定化」に関することがらと矛盾して感じられるかもしれないが、けっして固定しないことだ。道筋ができることで、その道を通って何度でもその道を往復することができる、というのが清岡の目指している道筋である。より深く驚き、戦き、眩暈するために意識化しようとするのである。意識化できたとき、はじめて自在な運動がはじまると言い換えた方がいいかもしれない。

 この詩には、もう一つ見逃してはいけない重要なことばがある。「敵」。それを「美」と清岡は呼んでいる。「敵」は「醜」ではなく、「美」。なぜか。清岡の意識、それまで安定していた意識をつくりかえるからである。新しい「美」を受け入れるためには、それまでの「美」は否定され、新しい意識の構造が必要だからである。自分を再構成し直さなければならない。「私」は再生紙直さなければならない。つまり、いったん死ななければならない。どんな形であれ、自己に死をもたらすものは敵である。
 そして、いったん死があるからこそ、再生もある。
 私の書いていることは矛盾に満ちている。だが、そういう矛盾の形でしか書けないものが、清岡の美なのである。矛盾は、ある一瞬だけ矛盾ではなくなる。「驚き」「戦き」「眩暈」。その一瞬は、すべての意識は空白になる。ゆえに、その瞬間は「矛盾」は存在しない。
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佐伯多美子「睡眠の軌跡」

2007-02-12 20:54:09 | 詩(雑誌・同人誌)
 佐伯多美子「睡眠の軌跡」(「カラ」3、2007年02月01日発行)。
 佐伯多美子「睡眠の軌跡」は「民」という女性が精神科の閉鎖病棟で暮らす様子を描いている。入院して数か月後、中庭に出ることを許される。そのときの描写に感動した。作品の最後の部分である。

数ヵ月後はじめて医師から許可が下りたとき、民は思わず裸足になって足の裏から伝わってくる冷たい感触を新鮮な感動を覚えながら、しばらく、じっと立っていた。そこは、塀と病棟で仕切られ、鍵が掛けられ、監視の目のなかの限られた空間であったが、深い眠りから、虚空からの幽かな覚醒でもあった。それは、不思議な生を呼び覚ますなつかしい感動だった。凍りついていた血脈が体温を感じながら、また、身体中を流れだしているのを感じている。感じる、という、感覚が蘇りはじめ、生きている、と思えた。

 整理された文章とは言えないかもしれない。ぎごちない。しかし、そこに「味」がある。手触りがある。特に「 凍りついていた血脈が体温を感じながら、また、身体中を流れだしているのを感じている。」という文章がすばらしい。「……を感じながら、……を感じている。」はぎごちないを通り越して、「へたくそ」(失礼)という印象があるのだけれど、その「へたくそ」な部分に真実があり、その真実に引き込まれていく。
 私は何を感じたのだろうか。
 「……を感じながら、……を感じている。」という「感じる」という動詞の繰り返しに、肉体の立体性、肉体が厚みをもっているということを感じたのだ。「感じる」ということばの繰り返しが浮かび上がらせる世界が、立体感にとって不可欠なものと感じた。
 そこに佐伯の発見した真実がある。
 血液が体温を感じ、その流れていく動きを体全体が感じる。それは2つが同時に、しかも対等に存在するものである。この2つが同時に、対等に存在するということは「感じる」という同じことばで繰り返すしかないのである。ほかのことばをつかって「感じる」ということばの重複を避けたとき、2つが同時に、対等に存在するという印象、2つは切り離せないものであるという印象が薄れてしまうかもしれない。「感じる」ということばの重なりが、そのまま肉と血液、血液と骨……というようなさまざまな肉体の構成要素が重なり合って、絡み合って人間をつくりだしているということをリアルに伝えるのである。
 最後の文章も整理されているとは言えないかもしれない。「感じる、という、感覚が蘇りはじめ、生きている、と思えた。」ここでも「感じる」と「感覚」ということばの重複がある。この繰り返しは、「……を感じながら、……を感じている。」と同じように、ある一瞬を内側と外側から立体的に表現したものである。重なり合ったものを内側と外側、あるいは表と裏から表現したものである。そして、それはけっして切り離すことができない。2つが同時に存在し、重なり合うことで存在する「感じ」なのである。一方が欠けたら「感じ」にならないのである。
 2つが同時--それが佐伯の発見した真実である。
 1つではだめである。2つが(あるいは複数が)同時にからみあって人間をつくっている。それは切り離せない。分離できない。「頭」では整理できない。それが人間である。ところが、そうではない世界もあるのだ。
 精神科病院の隔離病棟。その描写、それに対する考察。

手が届きそうにみえてあっち側とこっち側は大きなふたつの力、鍵と鉄格子という目の前にある力と、まるで、危険物を扱うような隔離という法律と差別という見えにくい力で遮断されている。

 「ふたつの力」、それが「隔離」「遮断」として存在するとき、人間は生きているとは言えない。
 この描写、考察は、精神科病院の隔離病棟に関するものであって、人間の肉体に関することがらではないが、どこかで人間の肉体と二重写しになっている。「比喩」になっている。「隔離」「遮断」が、人間をさらに破壊しているのである。
 この「隔離」「遮断」--人間の内部の重なり合って共存するものを引き剥がす力、それからの回復の手がかりが「裸足」であったとこは、この作品のひとつの重要なテーマであると思う。
 肉体と大地。その間に、何の障害物もなく、直接触れる。足が大地に触れているのか、大地が足に触れているのか。足が大地に触れ、同時に大地が足に触れるのだ。2つは共存している。重なり合って、見分けがつかなくなる。そこから「生きる」ということがはじまる。



 私は人間が他のものと融合して、その瞬間に世界がかわるという感覚の作品が好きだが、その理由は、佐伯の「思想」(真実)からとらえ直せば、「私」と「他者」が重なり合い、共存する世界ということなのかもしれない。「私」と「他者」がそれぞれの形を保ちながら、それでいて混じり合って、生まれ変わる……。
 そういう瞬間のことを、佐伯は、ここでは描いているのかもしれなとも思った。


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世界最速のインディアン

2007-02-11 20:51:23 | 映画
出演 アンソニー・ホプキンス

 アンソニー・ホプキンスが童心あふれる65歳を演じている。もともと童顔(だからこそ「羊たちの沈黙」が怖い)だから表情に甘さがある。その甘さが他人をやわらかい気持ちに誘う。ついつい親切にしたい、というよりも、むしろ、甘やかしたいという気持ちにさせる。その65歳の男がやっていることが1920年代の古ぼけたバイクを自己流に改造し、スピード記録に挑戦するというのだから、どうしても「がんばれ、がんばれ」と応援したくなる。そう応援したいという気持ちを引き出す、頑固で、しかし純粋なままのこころをアンソニー・ホプキンスが、楽しそうに演じている。
 彼が演じる男が世界最速のスピード記録を出すことは、もう最初からわかっているので、ストーリーは、彼がどんなふうにまわりの人の心を引きつけたか、ということだけを中心に描かれる。ニュージーランドからアメリカへ単独で乗り込み、苦労もいろいろしたはずなんだろうけれど、出会うひと出会うひと、ほとんど全員がアンソニー・ホプキンスの純真な目、その微笑みにひっぱられて、やさしくなっていく。
 この過程が、丁寧で、とても気持ちがいい。
 その基本となっているのが、最初に描かれるバイクを自己流に改造するシーン。バイクに必要な改造はいろいろあるだろうけれど、アンソニー・ホプキンは最新のものを求めるわけではない。自分のまわりにあるもので何ができるかを考える。そして、少しずつ改良する。オイルキャップにはワインのコルクの栓までつかう。軽いから、という理由で。
 自分にできることは何か、ということをアンソニー・ホプキンス演じる男とは知っている。そしてできることの最善を尽くす。不可能なこと、そこにはたとえば金をつぎ込んで最新の部品をそろえるというようなことも含まれているのだが、そういうことには目を向けない。あくまで自分でできる範囲のことがらを探し出して、それをつかう。そんなふうにすべて自分で改造しているから、彼には彼のバイクがどんな性格なのかもわかっている。彼と一体であり、また彼そのものなのだ。
 そのことを出会った相手にも正直につたえる。彼がバイクであり、バイクが彼である。彼が心筋梗塞、前立腺肥大という持病を抱えているように、バイクも最新のものと比べれば驚くほど古くさい。とても正常とは言えない。しかし、そこには弱点を抱えて生きていく不思議な粘り強さのようなものがある。
 正直さと、その正直だけがもっている工夫のすばらしさ、ねばり強い知恵のおもしろさが、出会った人の心を開かせるのだ。--知恵、と今書いたが、たぶん、アンソニー・ホプキンスがここで表現しているのは「知恵」という思想である。知識ではなく、知恵。生きていく過程で、少しずつ肉体にしみ込ませていった生き方。それを知恵と呼ぶのだが。
 この知恵を生きるという生き方が、バイクにぴったりあっている。バイクであろうと4輪の車であろうと、レーサーにとっては体の一部だろうけれど、バイクの場合は一体感がより強いだろう。体の動かし方ひとつでバイクの動きそのものが変わってしまうのだから。生き方がそのまま反映するのがバイクといってもいいかもしれない。そんなことも感じさせる。
 その象徴的なシーン。スピードを上げるとバイクが揺れる。どうするか。運転しながら頭を上げる。体を起こす。そうすると重心がバイクの後ろに移動し、安定する。アンソニー・ホプキンスは彼自身の体を利用してバイクの動きを制御するのである。彼の肉体が完全にバイクと一体なのである。どれくらい頭を上げるとか何秒あげるとか、そんなことは数字では表現できない。「知識」にはならない。たが体が感じる一体感を肉体で受け止め、それに合わせるだけである。
 そういう一体感を生きる人間には、排気筒が過熱して足が火傷をすることなどなんでもない。排気筒が過熱で苦しんでいる。足だって火傷したって当然、という気持ちなんだろう。仲間が苦しんでいるときはいっしょに苦しむという知恵。そのことによって、いっそう一体感が強まるという知恵。
 ラストの新記録を樹立するときの走りは、今書いた、体を張って重心を動かしバイクをコントロールするということと、足の火傷を承知で走り続けるという二つのことによって達成されるのだけれど、この肉体の使い方、犠牲に仕方がなんとも気持ちがいい。無理をしているという感じではなく、できることがそれだから、そうするのだという自然な感じがする。知恵とはいつでも自然なものである。肉体のなかで蓄積されて、自然におもてに出てくるものである。
 この映画では具体的には描かれていないけれど、たぶんアンソニー・ホプキンスが演じた男は、あらゆる機会に自分の肉体を張って他人と接してきたのだろう。知恵を大切にし、他人と一体になって生きてきたのだろう。そういう生き方が、自然に他人の共感を呼び、親切さを引き出し、親切にしてあげたい、望むことはなんでもさせてやりたい、という気持ちを呼び込むのだろう。
 知識を生きる人間ではなく、知恵を生きる人間の美しさが、アンソニー・ホプキンスノ童顔、それから太った腹、ごつごつした手、短い足、というかスマートとは言えない肉体から滲み出ている。いい演技だなあ、と感心する。アンソニー・ホプキンスが嫌いだったひともぜひ見てほしい。新しいアンソニー・ホプキンスがスクリーンにいる。そして、きっと好きになる。

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難波律郎『難波律郎全詩集』(4)

2007-02-11 19:21:30 | 詩集
 難波律郎難波律郎全詩集』(4)(書肆山田、2006年12月25日発行)。
 2月11日に書いた「廃屋通信」についての感想の補足。最後の部分の1行あきについて。

千年たてば……

……あと九百五十年

 この2行は、「50年」という肉体でつかみとれる時間へ引き返すための「頭」の操作である。「千年」や「頭」でしか数えられない年数である。「九百五十年」も「頭」でしか数えられない年数である。ともに実感できないものである。長いのか、短いのか、たとえば「十代の1年は長かったが、五十代の1年はあっという間」という具合に「三百五十五年から四百年までは長かったが、四百一年から四百三年までは短かった」とは言えない。ことばのなかだけでしか「千年」も「九百五十年」も存在しない。
 そういうことを承知のうえで、難波は「千年」「九百五十年」と書いている。数学でマイナスとマイナスをかけるとプラスになるように、「頭」で考えた数字と「頭」で考えた数字をぶつけることで、「肉体」へ帰って来る。
 その間に、一種の反省のようなものがある。
 戦死した兵士--それは難波自身であったかもしれないのに、「頭」で考えてしまった、「肉体」で感じること以上のことを書いてしまった、という反省がある。「頭」の暴走を引き止めるための一瞬の動き。それが「1行あき」。「頭」が「肉体」になるための必要不可欠の空白。--難波にとっては、「1行あき」は単なる「連」の区切りではない。深い意味と、重たい実感がある。
 その重さに、私は感動する。



 「未刊詩篇・散文」にも好きな作品がたくさんある。「オレは突き刺す……」は殺人者のこころを描いている。その1連目の後半と2連目の前半。

だがオレはオレに強制する
そいつの鼻をそぐ 眼をえぐる
足を斬り手をもいでバラバラにする
そいつの原形は失われた 針金でくくる
首はドブへ蹴落とし 残りは犬にやる

おお 嫉妬に痒かつたペニスよ 虚妄の歯よ口よ
わかるか?
くくられて処刑されるものの恐怖が
わかるか?
裂かれる愛のように 腑分けされる内臓の痛みが
わかるか?

 難波は実際に殺人(処刑)をおこなっているわけではない。殺人者を「頭」のなかで描いている。それが1連目。そこから「1行あき」のあと、強引に「肉体」へ引き返して来る。

嫉妬に痒かつたペニスよ

 このことばのなかでしか存在し得ない激情と皮膚感覚とペニスの結合。「頭」のなかのできごとを「肉体」にねじ込む力業。それを単に力業とだけ受けとめれば、これは「現代詩の技法」ということになってしまうが、技法とは感じさせないものがある。怒り、とでもいえばいいのだろうか。生々しい怒りのような艶やかさ。意味はわからないが怒っていることだけが肉体に直接響いて来るような声。
 難波は「頭」のなかの「ことば」を書いているのではない。「肉体」をかけまわる空気、血潮、それが喉を引き裂くように噴出して来る声を書いている。
 声は「意味」であるより前に「肉体」そのものであり、そこでは意味にならないものが暴れ回る。意味を求めて暴れ回る。

わかるか?

 3回繰り返される、この絶望。「わかるか?」とは「意味がわかるか?」「頭で理解できるか?」という問いかけではない。「頭ではわかってくれるな」という逆説である。「オレをオレのまま受け止めてくれ」という祈りである。
 逆説でしか語れないものがあるのだ。肉体・心の奥で暴れ回る力、その「思想」がそれである。

 逆説はさらにつづく。

最早妻にやさしくすることや 子供と微笑しあうことや
一杯の水さえ飲めなくなつたものよ
これで一切が終了し オレは解放された
オレは軽い足どりで歩くことができる
オレの咽喉は大声で歌いたがり 押殺すのに骨が折れる

 逆説という形での「肉体」の一体感。それは、ことばにできないものの放出であり、解放である。



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ポーラ・ミーハン「ハンナおばあちゃん」再読

2007-02-11 11:54:16 | 詩集
 ポーラ・ミーハン「ハンナおばあちゃん」(栩木伸明訳)再読(「現代詩手帖」2007年02月号)。
 ポーラ・ミーハン「ハンナおばあちゃん」(栩木伸明訳)の感想に対し、ビジターの19540507さんから批判があった。19540507さんの批判は、私が「西洋的な文脈」を踏まえていないということを出発点としているように思う。私はもちろん西洋人ではないし、キリスト教徒でもない。また、女性でもない。ポーラ・ミーハンの「文脈」(彼女が生活のなかで積み重ねてきた精神・感覚の背景)を知っているわけではない。したがって、すべては私が「頭」のなかで空想したことである。「西洋的な文脈」を踏まえていないという指摘には、反論する余地はまったくない。ただ、私がポーラ・ミーハン「ハンナおばあちゃん」で感じたのは、彼女の作品が私の理解している「西洋的な文脈」とは別個のものであるということ。そして、「西洋的な文脈」とは違うからこそ私のこころに響いてきた。感動的だった。そのことを、もう一度書いておきたい。
 まず、全文を引用する。

一番寒かった十一月の日
耳元でおばあちゃんの声--

神父様ニャアナンニモ言ッチャイケナイヨ。

わたしは十二歳、それとも十三歳だったかしら。

心ガケガレテルンダカラ。

罪ハジブンノ心ニ秘メテオクモンダヨ。

連中ヲゾクゾクサセテヤルコトハナインダ。

ダーティー・オウル・フェッカーズ。

鳥とか蜂蜜とかにおびき寄せられるみたいに
聖母像の前にひざまずいたおばあちゃん。
人生の現実をつかさどるわたしたちの聖母が

たたずんでいるのは懺悔聴聞室のすぐ脇。
聴聞室のドアは堅いオークを丁寧に仕上げてあって

ワックスをかけたうえに緩衝器(フェルトのクッション)までついていて
棺桶のフタみたいに音もなく閉まる。

きっちりつくったこの詩の箱のなかで
おばあちゃんの声は消え入る

おばあちゃんは目を閉じて

組んだ両手にふれんばかりにおでこが下がって
おんなからおんなへの

一心不乱のお祈りがはじまる。

 私はこの詩から「西洋的な文脈」(と、私が「頭」で考えているもの)とは違ったものを受け取った。「男の信じているキリスト教」(これを、私の「頭」は「西洋的な文脈」と呼んでいる)とは違うもも、「女性の感じているキリスト教」というものがあるのではないか、と感じた。そして、そのことに感動した。もちろん私は女性ではないので、私が女性と考えた部分も「頭」で考えた部分である。「西洋的な文脈」(実際の西洋人、かつキリスト教徒)、女性(かつキリスト教徒)から見るとおかしなところがたくさんあると思うが、この詩で考えたのは次のようなことである。
 私は、まずおばあちゃんのことばにつきうごかされた。
 「神父様ニャアナンニモ言ッチャイケナイヨ。//(略)//心ガケガレテルンダカラ。//罪ハジブンノ心ニ秘メテオクモンダヨ。//連中ヲゾクゾクサセテヤルコトハナインダ。」
 罪と心。「男の信じているキリスト教」(と私が「頭」で考えていること)では、罪は懺悔すれば浄化される。何度罪をおかしても懺悔するたびに清らかに生まれ変わることができる。そうやって、天国へ行ける。「神父様」は、いわば罪で汚れた心を浄化する手助けをする。
 ところが、この詩のおばあちゃんは、そんなふうには考えていないように私には思える。おばあちゃんは、では、どう考えているのか。「神父様」を批判する形で語っている。
 まず、おばあちゃんは「神父様ニャアナンニモ言ッチャイケナイヨ。」と少女に語りかける。「ナンニモ」とは懺悔にそうとうするようなこと、という意味だとおもう。なぜ神父様に何も言ってはいけないのか。「(神父様の)心ガケガレテルンダカラ。」(訳文にはないが、私は「神父様の」ということばを補って、この行を読んだ。え、なぜ、神父様の心が汚れている? 逆じゃないか? そういう疑問に、おばあちゃんは次のことばを挿入する。いわば補助線のようなもの。起承転結の「転」のようなもの。「罪」(たとえば、許されていないセックス、神に誓った相手ではない人間とのセックス)は「ジブンノ心ニ秘メテオクモンダヨ。」これは、おばあちゃんの体験そのものだろう。おばあちゃんは、かつて、もしかするとそういう「罪」を神父様に懺悔したことがあった、あるいはおばあちゃんのさらにおばあちゃんから、神父様に懺悔した体験を聞いたことがあった。そのとき、何が起きたか。おばあちゃんの(女の)心は浄化されたのか。そうではなく、いやな思い出だけが残った。つまり「連中(神父様--つまり男)」が欲望をくすぐられてにたにたした。「ゾクゾク」感じた。--「西洋的な文脈」は私の実感ではないが、この「連中……」の行に書かれていることには、私は責任を持って自分の感想を言うことができる。「頭」ではなく「肉体」で感じていることを書くことができる。女性が、しかも若い女性が彼女のセックス体験を懺悔するのを聞くことができたら、私の肉体は「ゾクゾク」する。興味津々、冷静を装いながらも、感情は、女性が語る体験の相手(男)に重なってしまっている。おばあちゃんの言っていることは「正しい」と思う。「西洋的な文脈」のなかではどうか知らないが、私の「男の文脈」のなかではおばあちゃんはほんとうのことを言っている。おばあちゃんが「彼ノ」あるいは「神父様ノ」と単数形ではなく「連中」と複数で語っていることを見ると、おばあちゃんは、懺悔すること、告白することで、こころが浄化されるどころか、逆に「セカンドレイプ」のような苦悩を味わったことがあるのかもしれない。そして、そんなつらい思いをしないように、少女に「神父様ニャアナンニモ言ッチャイケナイヨ。」と語ったのだろう。
 では、「罪」をおかしてしまったら、少女はどうすればいいのだろうか。
 「罪ハジブンノ心ニ秘メテオクモンダヨ。」
 心は、「男性の」「西洋的な文脈」あるいは「男性の」「キリスト教」(と私が「頭」で考えているもの)では、懺悔によって何度でも浄化する。再生しなおす。つまり、心は「複数」ある。
 ところが、おばあちゃんは心はそんなふうに複数はないと感じている。懺悔によってセカンドレイプされる。ことばではレイプされないだろうけれど、「ゾクゾク」感じている視線によってレイプされる。心はひとつで、そのひとつの心が二度つらい思いを味わう。和泉式部(?)の歌ではないが「こころは千々に砕くれどひとつも消えぬものにぞありける」(うろおぼえ)に通じることがら(内容は正反対だが)がここには語られているのだと思う。心は肉体と同じでたったひとつ。懺悔なんかじゃ浄化されない。救われない。だから、肉体を他人にさらさないように、罪は少女自身の心に秘めておきなさい。それがおまえ自身を守る方法だよ、とおばあちゃんは言っている。
 そして、神父様にではなく、聖母像に祈りなさい。おばあちゃんのように、とおばあちゃんは実践して見せる。
 そのときのおばあちゃんは鳥や蜜蜂におびきよせられるように聖母像に近付いて行く。鳥や蜜蜂は人間を見て「ゾクゾク」なんかはしない。ただ無言でおばあちゃんがそこにいることを「許し」てくれる。聖母像も同じである。
 「人生の現実をつかさどるわたしたちの聖母」。この1行のなかの「わたしたちの」という所有格。これは「女性たちの」というのに等しい。「心ガケガレテルンダカラ。」という1行には所有格がなかった。なかったが私は「神父様の」を補って読んだ。「神父様の」はほとんと「男たちの」に等しい。だからこそ「連中」ということばもでてきた。
 「神父様の」が省略され、「わたしたちの」が訳出されている。ここに、この詩の訳のすばらしさがある。「わたしたちの」は、「人類の」ではない。あくまで、罪を犯して、それを懺悔せずに心に秘めて生きる「女たちの」と同じなのである。
 「おんな」ということばは、この詩ではとても大事である。だからこそ、最後の最後まで、そのことばはつかわれず、ぎりぎりの、そのことばなしでは1行が成立しないときになって、やっとつかわれる。

組んだ両手にふれんばかりにおでこが下がって
おんなからおんなへの

一心不乱のお祈りがはじまる。

 男の祈りは、たぶん、彼ひとりの祈り、ただ自分の心だけが浄化されればそれですむ、個人主義的な祈りである、というのがおばあちゃんの実感なのかもしれない。男にとっては、肉体もまた、彼ひとりのものであるだろう。(男である私は、私の肉体は私個人のものと考えている。)ところが、おばあちゃんにとって女の肉体は彼女ひとりのものではない。女から女へつづいてゆくもの。おばあちゃんからその娘へ、そして孫の少女(ポーラ・ミーハン)へと受け継いで行かれるものなのだ。男(「西洋的な文脈」「キリスト教的な文脈」での男)が懺悔することで心が再生すると感じているように、おばあちゃんは肉体がおばあちゃんから娘へ、そして孫へと再生していくと感じているのだろう。そして、その再生して行く肉体のなかで、女の心は永遠にひとつのままつづいて行くのである。
 これがおばあちゃんの信仰だろう。再生する肉体のなかで引き継がれて行く心--それが「おばあちゃんのキリスト教」(聖母信仰)であり、それは男の信仰とはまったく違ったものなのだと思う。そして、その男の信仰とまったく違っているということに、私は感動する。

 これはもちろん、キリスト教徒でも女性でもない私のたわごとだろう。たわごとであっても、それが私の感じたことだ。
 キリスト教徒や女性が、この作品をどう読んだか、19540507さん以外の人の感想もお聞きできればうれしいのだが。

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難波律郎『難波律郎全詩集』(3)

2007-02-10 10:54:21 | 詩集
 難波律郎『難波律郎全詩集』(3)(書肆山田、2006年12月25日発行)。
 『世界の天気』のなかには好きな詩がたくさんある。「誕生日」「片夢抄」「手」「港の犬」「秋の岬」「廃屋通信」「飛びながら」。
 「廃屋通信」について書いてみたい。難波の詩のどこが好きなのか書いてみたい。

窓からサメがはいってきた
しばらくキョロキョロしていたが やがてまた窓から出ていった
サメのほかにも ときおり魚たちがやってくるこの家は
マリアナ海溝の いりくんだ谷間の途中にある

 マリアナ海溝に沈んだままの兵士たち。彼らが住んでいる「家」を描いている。彼らが戦死してからすでに時間が経った。「家」はほとんど「廃屋」状態である。そこから、兵士が近況を送ってくる。それが「廃屋通信」だ。

私はその家の片隅にいる もう長い間うごかない
光はないが内部はよく見える 霊眼というやつだ
昔 田舎の家に咲いていたコスモスに似た
海草の群が この部屋の抽象画風の装飾で
庭石のような鉄塊のそばに数個の
銀貨が散らばっている 五拾銭の刻印がある

 感情に溺れず、流されず、淡々とした描写がつづく。生きていたときに見た風景と、海底の様子が二重写しに描かれる。それは似ているが、似ているがゆえに違っている。似ていることが違っていることを明確にする。そこに悲しみが浮かび上がる。

私のほかにも
何十人かの同居人がいるのだが みんな
それぞれの場所にいて うごかない
私を含めてわれわれは眼でしゃべる 霊波を使うのだが
この頃 もうあまり話すこともなくなった

 この抑制のきいた文体、ことばの動きが、静かであるだけに、せつない。悲しい。この文体の美しさゆえに、この作品は傑作となっているが、私がもっとも好きな部分は、後半にこそある。
 途中一部省略するが、後半は次のようになっている。

ついていないめぐり合わせを 同じ運命で終ったわれわれには
胴体がなく 手足もない 首から上だけが
眼をあいたまま円い形で水化を待っている……千年たてば
沈んだ恨みも溶けて
われわれみんな水になり 光と出あうだろう
海流にまじって波になり いつか米の匂いと女のいる
どこかの汀に着くだろう
千年たてば……

……あと九百五十年 夢のまに過(すご)すであろう私の
左の眼から鼻裏を泳いで いま ちいさな魚の一群が
右の眼へ通りぬける

 マリアナ海溝の「廃屋」。そこに住む戦死した兵士。彼らが見るもの。考えること。それらはすべて想像である。難波が「頭」で考えたことである。戦死した兵士たちが難波が書いているとおりのことを感じているかどうか、それはわからない。そこで起きていることがほんとうにそうであるかは、誰もわからない。そして、これから何が起きるかも、誰もわからない。「千年たてば」という仮定で、難波は想像力を広げて行く。どんどん、「頭」でことばを動かして行く。
 しかし、「千年たてば」と繰り返し書いたあとで、突然、難波は「頭」のなかで動かしたことばを、「頭」から「肉体」へと引き戻す。

千年たてば……

……あと九百五十年

 この1行あきで向き合っている「千年」と「あと九百五十年」がすばらしい。「千年」も「九百五十年」も完全に「頭」でしか理解できない時間である。そんな長い間のことは人間は「頭」でしかわからない。自分の「肉体」で生きることはできない。ひとから聞いたこと、本で読んだことをとおして「頭」で考えただけのことである。
 ところが、「千年」から「九百五十年」を引いた「五十年」なら、どうだろうか。五十年ならわかるのである。五十年なら、難波が生きてきた時間がそっくり入る。そこへ難波は引き返す。わかる範囲のことがらへ引き返し、そこでことばを鍛え直す。そのとき「頭」で考えたことが「肉体」を獲得し、ことばが「思想」になる。「頭」で考えたことを「肉体」で修正し、あらたにことばが動きだす。それが「思想」であり、「詩」である。
 千年後、頭蓋骨が「水化」して溶けてしまうかどうかなど、難波にはわからない。だが頭蓋骨の五十年なら知っている。「水化」などしない。頭蓋骨のままである。戦死して五十年、千年までまだ九百五十年ある今、

左の眼から鼻裏を泳いで いま ちいさな魚の一群が
右の眼へ通りぬける

 これも難波の想像ではあるけれど、その想像は「水化」のような空想ではない。難波は死後五十年の頭蓋骨を知っている。水のなかでどんなふうに存在するかも知っている。魚も知っている。魚がどんなふうに泳ぐかも知っている。その知っていることを手がかりに、難波は「空想」から「現実」へ引き返す。「頭」から「肉体」へ引き返す。
 難波のことばが強固なのは、そうやって、ことばが「思想」にまで高まっているからである。ここに描かれている兵士の悲しみを二度と繰り返すな、という思いが静かに伝わってる。ここに描かれている兵士の悲しみを想像できる、ことばにできることの無念さが、重く重く伝わってくる。具体的なことばで書かれた「悲しみ」「無念」、それが「思想」である。


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池谷薫監督「蟻の兵隊」

2007-02-09 11:55:28 | 映画
監督 池谷薫 出演 奥村和一

 忘れられないシーン(ことば)が2つある。
 ひとつは奥村が中国で中国人を初めて殺した体験を語るシーンである。恐くて震えた。何も見えなかった。殺せと命令された中国人が目の前にいる、ということだけしか奥村には見えない。処刑場で何か起きているのかわからない。
 もうひとつは、その処刑を見た中国人が体験を語るシーン。彼もまた全部を見ていない。ひとりが殺されるのを見た。そして恐くなって逃げた。全体として何が起きたのかわからない。
 ふたりの証言で共通していることがいくつかある。ひとつは殺人が怖いということ。正視できないものであるということ。もうひとつは実際に目撃(体験)したことは一部であり全体を知らない、全体がどうなっているかわからない、ということ。
 そして、この「全体がわからない」ということゆえに、この映画が存在する意味がある。第二次世界大戦。中国で何が行われたのか。日本人は何をしたのか。また日本軍は何をしたのか。
 教科書にも、歴史の本にもいろいろ書いてある。その書かれていることは事実であるだろうけれど、その記述には個人的体験が含まれていない。ひとりひとりの肉体がことばとして書かれていない。そこには「思想」がない。
 「思想」というものはあくまでひとりひとりの肉体のなかに存在するものである。ひとりひとりの肉体を離れて存在はしない。
 同時に、すべてのひとは「思想」をもって生きてはいるが、それがひとりひとりの肉体の内部にしまいこまれているために、「全体」にまで視野が広がらない。ひとりひとりの「思想」の枠を広げて行き、「全体」がとらえられるようになるためには、ひとりひとりの目撃したこと、そのとき感じたこと、思ったことを丁寧につみかさねなければならない。
 「思想」はひとりひとりのものである。それはさまざまな形をしている。積み重ねようとしても積み重ならない。隙間もできれば、とげとげしく傷つけあうこともある。それでも、そのひとつひとつを明確にし、全体をつくりあげていかなければならない。そうしなければ何もわかったことにはならない。「思想」は「思想」であるとは、言えない。
 「私」と「全体」をつなぎ、そうすることで「私」そのものをきちんと位置づけないことには、「私」は「私」ではない。「日本軍」によってつくりあげられ、中国に放置された「蟻の兵隊」の一員にすぎない。
 奥村和一は「蟻の兵隊」から「人間」にもどるために、真実を知りたいと願っている。真実を知ってほしいと切望している。

 奥村和一の鋭い眼。そして、繰り返し繰り返し語ることで、贅肉を削ぎ落とし、鍛え上げられてきたことが伝わってくることばの正確さ。声の強さ。そこから、奥村和一の怒りと祈りが伝わってくる。


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テオ・ドーガン「ウォラストン島、ホーン岬、フォークランド諸島/マルビナス諸島より」(栩木伸明訳)ほか

2007-02-09 11:30:05 | 詩(雑誌・同人誌)
 テオ・ドーガン「ウォラストン島、ホーン岬、フォークランド諸島/マルビナス諸島より」(栩木伸明訳)ほか(「現代詩手帖」2007年02月号)。
 栩木によればテオ・ドーガン「ウォラストン島、ホーン岬、フォークランド諸島/マルビナス諸島より」は詩として発表されたものではないらしい。が、とてもおもしろい。そして「詩」を感じる。テオ・ドーガンたちは船でホーン岬をまわる。嵐におそわれる。

風速はつねに45から50ノットあったが、私たちの船は4メートルの波を肩で押しのけるようにして、汽車のような確実なコースをたどって南へ進んだ。

 「汽車のような確実なコース」がおもしろい。「確実な」ということば。「頭」では書けない、豊かな「肉体」を感じる。そこに「詩」がある。頼もしく、ほれぼれとしてしまう。
 その安心感に支えられるからだろうか、次の部分がとても美しく輝く。

カテドラル岩礁が方向転換の目印である。東へジャイブする準備をしていたら、真っ白い船首波の向こうでまぶしく光る陽光のなかに、巨大な虹があらわれた。船は方向転換しながらその虹の真下に入った。光の巨大なアーチの下で船首がゆるやかに向きを変えると、帆走していく左手に聳える岬が、ついに見えた。伝説に彩られたホーン岬の南面であった。

 船に乗っている気持ちになる。巨大な虹の下をくぐるそのとき、この冒険は伝説になり、肉体にしっかり刻まれる。その伝説が肉体をより強靱なものにする。そして肉体が解放される。何の抑圧も感じない。世界と肉体が調和し、ひとつになっていく。
 風が強い、波が高い。その冒険は危険に満ちているのに、その危険をやすやすと超えてしまう確実さがある。その確実さが、すべてを輝かせるのである。
 この「確実さ」を「頭」ではなく「肉体」にしているものは何だろうか。

自分自身と船と船長と乗組員にたいする深い信頼の念が、新たにわきあがってきたのである。

 「信頼」である。それぞれがそれぞれの仕事を的確にこなす。そのときすべては「確実」になる。それぞれの肉体がそれぞれの力をふりしぼる。そのときの困難さ、苦しみのようなものが「信頼」として結びあわさり、「確実」なものになる。
 困難な操船をともにくぐり抜けることで「肉体」は解放され、そこに「信頼」が広がる。
 船のたどった「確実な」コースは、「信頼」が切り開いたレールである。だからこそ、そこを船は汽車のようにたどるのである。

 作品のなかで、大切なことばはかならず繰り返される。しかも同じことばではなく、違ったことばをつかって繰り返される。そのふたつのことばをつなぐものとして「肉体」がみえてくるとき、それはとても強い。



 ポーラ・ミーハン「ハンナおばあちゃん」(栩木伸明訳)は、女性たちが「肉体」を共有していることを感じさせる。

一番寒かった十一月の日
耳元でおばあちゃんの声

神父様ニャアナンニモ言ッチャイケナイヨ。

わたしは十二歳、それとも十三歳だったかしら。

心ガケガレテルンダカラ。

罪ハジブンノ心ニ秘メテオクモンダヨ。

連中ヲゾクゾクサセテヤルコトハナインダ。

ダーティー・オウル・フェッカーズ。

鳥とか蜂蜜とかにおびき寄せられるみたいに
聖母像の前にひざまずいたおばあちゃん。

 彼女にとって「神」とは「聖母」だけなのである。「神」は女性なのである。そういう思いを「おばあちゃん」は「孫」(たぶんポーラ・ミーハン)につげる。「聖母」の前にひざまずくことで。同じ「肉体」をもったものの前にひざまずくことで。

 ところで、この詩には一か所、とても難解なところがある。たぶん、日本語に訳されているがゆえの難解な部分が。そして、この詩は、その難解な部分ゆえに、とても豊かなものになっている。

心ガケガレテルンダカラ。

罪ハジブンノ心ニ秘メテオクモンダヨ。

 「心」が二回出てくるが、この「心」は同じものではない、と私は読んだ。先に出てくる「心」は「神父様の心」。あとに出てくる「心」は「ジブンノ心」、つまり「少女の心」。最初の「心」には英語(原文)ならあるはずの「所有格」が省略されている。そのため、日本語の訳では誰の「心」かわかりづらく、そして、それゆえにとても魅力的にもなっている。
 誰の「心」かわからないからこそ、そこで立ち止まり、ゆっくりことばを読みはじめる。そういう楽しさが出てくる。
 そして、ゆっくり読みはじめると、「ジブンノ心」に呼ばれているものが、「心」というより「肉体」というふうに私には感じられてくるのだ。「罪ハジブンノ体ノナカニ秘メテオクモンダヨ」とおばあちゃんが語りかけているように感じるのだ。
 罪にはいろいろあるけれど「肉体」に関係する罪もある。そして、それは「肉体」を神父様にみせることがないように、ただ自分のものとして隠しておけばいい。「肉体」(裸)をみせる(想像させる)ことで神父様を悦びで「ゾクゾクサセル」ようなことはしなくていい。女性の「心」は「肉体」と同義なのである。
 聖母はおばあちゃんにとっても少女にとっても同性である。その前に肉体を投げ出すこと、ひざまずくことは、神父様に罪を語ること、肉体を見せること(肉体を想像させること)とはまったく違った行為である。
 同じ肉体の苦悩、同じ肉体の罪をもっているがゆえに、おばあちゃん、少女、聖母は一体になることができる。「ゾクゾクサセル」悦びのかわりに、深い連帯がある。そして、その連帯こそが「心」である。「心」を共有すること。これは神の「許し」のなかでひとつになるということだ。
 神父様(男性)の前では「心」は見せてはならない。それは「肉体」だからである。しかし、聖母様の前では「肉体」こそが「心」なのである。「肉体」のなかに隠している「罪」を隠したまま共有してくれる。「肉体」のなかから「心」を取り出さずに、隠したままの状態で受け止めてくる。--ここには、女性にとっての「神」の形が「聖母様」としてくっきりと浮かび上がっている。おばあちゃんにとって「神」は神父様ではない。聖母様である。その揺るぎない思い(思想)がここにある。
 そんなことを考えた。

 また、栩木の所有格を省略した日本語訳によって、ポーラ・ミーハンの詩は、英語のときより豊かになっているかもしれないとも思った。「心ガケガレテルンダカラ。」という一行、その所有格を省略した訳。もし「彼ノ(神父様ノ)心ガケガレテルンダカラ。」という訳だったら、私は立ち止まることがなかった。読みとばしてしまったかもしれない。07日に読んだ恒川邦夫訳、ニコラス・ギエン「ルンバ」にも驚いたが、栩木にも驚いた。考えさせられた。ふたりの訳は日本語の可能性を切り開いているように感じた。

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阪本順治監督「魂萌え!」

2007-02-08 20:43:10 | 映画
監督 阪本順治 出演 風吹ジュン、加藤治子、三田佳子

 もし、この作品が女性監督の手で撮られていたら……。こういう仮定はよくないことなのかもしれないけれど、どうしてもそう思ってしまう。
 風吹ジュンを中心にした同級生4人組の関係がすっきりしすぎている。いがみ合いや、なだめすかしがあるのだけれど、演技が演技のまま、個人の生々しさまで深まって行かない。4人のとき、それぞれが「役」をやっているだけ、「関係」を演じているだけで、役者そのものが見えてこない。「役」が現在だとすれば、役者は過去である。「現在」をつくりあげている「過去」が、「役」を突き破ってあふれてくる、「役者」そのものが「役」を破って暴れないことには、「現在」がとても薄っぺらく見える。風吹ジュンの同級生を演じた3人、藤田弓子、今陽子、由紀さおりは「過去」をみせることをためらっているのかもしれない。
 それに比較すると、加藤治子はおもしろい。「役」を演じているのだけれど、加藤治子ってこういう女なんだ、と思わず勘違いしてしまう。ほんとうと嘘の境目を瞬時のうちにあっちへ行ったりこっちへ来たり。というより、ほんとうのことこそ嘘じゃないのかと思わせるように語ることでより本物になるという「役」そのものを実際に演じて見せる。「過去」をあざといくらいに噴出させて、「現在」をひっかきまわし、そのひっかきまわしてで肉体そのものをくっきりと浮かび上がらせる。「過去」も「現在」も肉体の中で同居しているという感じがとてもいい。芝居というのは「現在」ではなく、「現在」に噴出してくる「過去」を見せるものなんだなあ、ということを実感させる。そして、そういうふうに「過去」を見せつけることで「現在」を活性化させているからこそ、そこに「未来」があらわれると劇的に変化する。風吹ジュンの聞き役をやりながら、風呂場へ新しい獲物(?)らしき女が入っていくと、急に生き生きとしてそれを追いかける。風吹ジュンへの同情が瞬時にして消え、ただ獲物をねらい続ける「過去」がそのまま「未来」となって動く。いやあ、うまいなあ。「女優なんだもの、嘘つきと誤解されなきゃ女優やっている資格はないわ」とでもいうような感じだ。映画にすぎない、嘘なんだとわかっていながら引き込まれるのは、そういう瞬間である。
 三田佳子も同じように「現在」を演じながら常に「過去」を噴出させる。加藤治子の「役」が、ほとんど「本性」そのままに「過去」を噴出させるのに対し、三田佳子は「過去」をいったん「頭」で整理し、感情を隠しながら「過去」を噴出させるのである。加藤との対比によって、とても強烈に迫ってくる。足の爪のペディキュアは単なる「化粧」にすぎないのに、ペディキュアをしているときとしていないときの変化は、まるで三田佳子の人生そのもののように迫ってくる。肉体の苦しみそのもののように迫ってくる。ペディキュアまで演技をしているのである。
 風吹ジュンは損な「役」どころである。もともと「過去」がない「役」である。「過去」がないゆえに、「現在」を自分でつくりかえていくことができない、したがって「未来」へ突き進めない。加藤治子と出会い、「過去」というものが人間の力をつくるものであるということを知り、三田佳子と出会うことで「過去」をひとつひとつ拾い上げて行く。なかなかたいへんである。しかも、彼女をとりまく3人が、あったようななかったような、つまり「過去」とは言えない「思い出」のなかへ風吹ジュンをひっぱりこむので、「現在」はますます見えにくくなる。よくがんばって芝居をしているなあ、とちょっとだけ感心する。
 これがもし女性監督だったら、藤田弓子、今陽子、由紀さおりのやった「役」をもう少し違った掘り下げ方ができたのではないのか。そうすることで風吹ジュンが「現在」を少しずつ「過去」にしていく仮定をもう少し豊かにふくらませることができたのではないのか。それとも加藤治子、三田佳子が風吹ジュンに与えた影響を浮き彫りにするために3人を凡庸にしたなのかなあ。
 もっとおもしろくなるはずなのに、となぜか思ってしまう映画だった。

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