山本育夫書き下ろし詩集「野垂れ梅雨」十八編(「博物誌」48、2020年08月20日発行)
山本育夫書き下ろし詩集「野垂れ梅雨」十八編。「野垂れ」ということばは、私は「野垂れ死に」くらいしか知らない。「野垂れ梅雨」ということばが一般的なものか、山本の造語か、それは考えないことにする。
「02なあ、塩島」という作品。
ここまでが右のページ。左のページに
これは、二連目なのか。一連目と二連目の間に空いている「空白」は何行分なのか。よくわかならない。右のページと左のページが「対話」しているのか。
そういうことを「保留」したまま、私は、詩を読み直す。
一行目の「間合い」が不思議なことばだ。何の「間合い」? わからない。そのわからない「間合い」を山本は次々に言い直す。これは、私は「間合い」をわからないまま、それを意識しながら、次に現れてくることばへ向かって意識をひきずっていくということでもある。
「沈黙が話しかけてくる」。詩だね。山本が最果の詩について語るときつかっていたことばを借りると、ここには詩がぷんぷん匂っている。「沈黙」と「話しかける」という相反するものが結びついている。手術台の上のこうもり傘とミシンのように。その強い匂いにそっぽを向け、私は別のことを考える。
「間合い」は話と話の「間合い」、つまり「沈黙」のことか。意外と「論理的」な言い直しである。そのあとの「耳を傾け」も「話」に耳を傾け、同時に「沈黙」に耳を傾け、と論理的。これをさらに「気持ちも傾け」ると言い直す。なるほどね。たたみかけるリズムに、無理がない。そうすると何が起きるか。「世界がこちらに傾いてくる」。いいねえ。この感じ。これを「間合い」というかもしれない。自分が耳を傾ける、気持ちを傾ける、当然からだ(肉体)も傾いている。それにあわせにように、世界がからだを傾けてくる。これはもちろん比喩だが、「傾ける」という運動がすべてを統一する。気持ちがよくなる。
「傾ける/傾く」という動詞のなかに、詩が動き始めている。「傾ける/傾く」という動詞が、世界を「分節/分化」し始めている。
でも、これは「仕事中」のこと? 仕事とは、何かとの対話。何を造るしろ、それは機械(道具)、素材との対話ということができる。道具(機械)とも素材とも対話しながら何か新しいものをつくっていく。(詩の場合、「道具/機械」が「ことば」で「素材」は「できごと/書かれる対象」かもしれない。)
それからランチタイム。対話が中断し、「喧騒」が塩島と山本をつつむ。対話とは無関係な喧騒のなかへ、仕事で傾いた肉体のまま塩島は戻ってきたのだが、ランチタイムでその「傾き」が修整される。この修整を、山本は「傾いた体」と逆に言っている。
ここがいちばんのポイントだね。
ここから、もう一度、午前中の「傾き」のなかへ入っていくのはつらい。こんなことなら、ランチタイム抜きに、そのまま「傾き」で一日を終わればよかったのに。まあ、そんなことはできないから、人間は悲しいんだけれどね。
さて、どうする?
左ページ。まるで、独立しているように、離れている。
「いまごろゆっくりと」の「いまごろ」が、この詩のもう一つのポイントだね。塩島は、それまでも同じように仕事に体を(気持ちを)傾けてきただろう。そして、ランチタイムの休憩を挟んで、また午後の仕事に戻っていく。体を(気持ちを)傾けなおす。
その「傾き」のことを、山本は「いまごろ」気づいたのである。「ゆっくりと」は「遅れて」を「いま」実感したままことばにしたものだろう。「ここまで届く」の「ここ」は山本の肉体のことである。
いま、塩島の「体」はランチタイムのあとなので「傾いていない」。まっすぐである。でも、仕事(世界)は塩島が「傾く」のを待っている。嫌だねえ。いっそうのこと、仕事の「傾き」を修整する、まっすぐにする。つまり、やめてしまおうか、世界もまっすぐにつったままにしておけばいい。
この対話はいいなあ。
もちろん、そんなことは「仕事」だからできないのだけれど、そういうことができればいいね。
気があったら、互いにことばを、肉体を傾けあい、一つのことをする。仕事をする。世界をつくる。でも、ときどき休んで、みんなが何もしないで突っ立っている。そういう瞬間も楽しいんじゃないだろうか。
「しばらくの間」でいいのだけれど。
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山本育夫書き下ろし詩集「野垂れ梅雨」十八編。「野垂れ」ということばは、私は「野垂れ死に」くらいしか知らない。「野垂れ梅雨」ということばが一般的なものか、山本の造語か、それは考えないことにする。
「02なあ、塩島」という作品。
しばらくの間合いだ
沈黙が話しかけてくる
耳を傾け
気持ちも傾けてみる
世界がこちらに傾いてくる
ランチタイムにもどってきた
喧騒
傾いた体で
午後の仕事に入るのは嫌だな
塩島のグチが
ここまでが右のページ。左のページに
いまごろゆっくり
ここまで届く
こきまま仕事も傾けて
世界も傾けてしまおうか
なあ、塩島
これは、二連目なのか。一連目と二連目の間に空いている「空白」は何行分なのか。よくわかならない。右のページと左のページが「対話」しているのか。
そういうことを「保留」したまま、私は、詩を読み直す。
一行目の「間合い」が不思議なことばだ。何の「間合い」? わからない。そのわからない「間合い」を山本は次々に言い直す。これは、私は「間合い」をわからないまま、それを意識しながら、次に現れてくることばへ向かって意識をひきずっていくということでもある。
「沈黙が話しかけてくる」。詩だね。山本が最果の詩について語るときつかっていたことばを借りると、ここには詩がぷんぷん匂っている。「沈黙」と「話しかける」という相反するものが結びついている。手術台の上のこうもり傘とミシンのように。その強い匂いにそっぽを向け、私は別のことを考える。
「間合い」は話と話の「間合い」、つまり「沈黙」のことか。意外と「論理的」な言い直しである。そのあとの「耳を傾け」も「話」に耳を傾け、同時に「沈黙」に耳を傾け、と論理的。これをさらに「気持ちも傾け」ると言い直す。なるほどね。たたみかけるリズムに、無理がない。そうすると何が起きるか。「世界がこちらに傾いてくる」。いいねえ。この感じ。これを「間合い」というかもしれない。自分が耳を傾ける、気持ちを傾ける、当然からだ(肉体)も傾いている。それにあわせにように、世界がからだを傾けてくる。これはもちろん比喩だが、「傾ける」という運動がすべてを統一する。気持ちがよくなる。
「傾ける/傾く」という動詞のなかに、詩が動き始めている。「傾ける/傾く」という動詞が、世界を「分節/分化」し始めている。
でも、これは「仕事中」のこと? 仕事とは、何かとの対話。何を造るしろ、それは機械(道具)、素材との対話ということができる。道具(機械)とも素材とも対話しながら何か新しいものをつくっていく。(詩の場合、「道具/機械」が「ことば」で「素材」は「できごと/書かれる対象」かもしれない。)
それからランチタイム。対話が中断し、「喧騒」が塩島と山本をつつむ。対話とは無関係な喧騒のなかへ、仕事で傾いた肉体のまま塩島は戻ってきたのだが、ランチタイムでその「傾き」が修整される。この修整を、山本は「傾いた体」と逆に言っている。
ここがいちばんのポイントだね。
ここから、もう一度、午前中の「傾き」のなかへ入っていくのはつらい。こんなことなら、ランチタイム抜きに、そのまま「傾き」で一日を終わればよかったのに。まあ、そんなことはできないから、人間は悲しいんだけれどね。
さて、どうする?
左ページ。まるで、独立しているように、離れている。
「いまごろゆっくりと」の「いまごろ」が、この詩のもう一つのポイントだね。塩島は、それまでも同じように仕事に体を(気持ちを)傾けてきただろう。そして、ランチタイムの休憩を挟んで、また午後の仕事に戻っていく。体を(気持ちを)傾けなおす。
その「傾き」のことを、山本は「いまごろ」気づいたのである。「ゆっくりと」は「遅れて」を「いま」実感したままことばにしたものだろう。「ここまで届く」の「ここ」は山本の肉体のことである。
いま、塩島の「体」はランチタイムのあとなので「傾いていない」。まっすぐである。でも、仕事(世界)は塩島が「傾く」のを待っている。嫌だねえ。いっそうのこと、仕事の「傾き」を修整する、まっすぐにする。つまり、やめてしまおうか、世界もまっすぐにつったままにしておけばいい。
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少なくとも月1篇は送信してください。
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