詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

平田好輝「見舞い」ほか

2007-10-13 10:07:52 | 詩(雑誌・同人誌)
 平田好輝「見舞い」ほか(「鰐組」224 、2007年10月01日発行)
 平田の詩を熱心に読んできたわけではないので最近の印象だけで書くのだが、この人は人間をまるごと受け止めることができる人のようだ。「見舞い」は叔父を病院に見舞ったときの様子を書いている。

叔父は自分のあばらやで死なせてもらえず
病院の大部屋に放り込まれて二ヶ月
まだ生きている
日に二階だけ
病院最上階のレストランの片隅で
お銚子一本だけ取って
ゆっくりと盗み酒をするのだという

今に血を吐いて死ぬわと
看護師はなんだか
その日を待ちかねているような口調でいった
叔父の最後はそんなことだろうと
わたしにも異存があるわけではない

 あたたかいなあ、と思う。特に「今に血を吐いて死ぬわと/看護師はなんだか/その日を待ちかねているような口調でいった」があたたかい。最後まで好きなことをして死んでゆく。他人ができることは、それを見守ることだけである。看護師には、その覚悟はできている。どんな形で叔父が死のうが、それを最後まで、何日かあるわからない日々のあいだ、叔父の肉体(いのち)を見守るのは、平田ではない。叔父の家族でもない。看護師が見守り続けるのである。そのことを瞬時に悟り、そのことに感謝もしている。看護師のことばがあたたかいのではなく、平田の、その感謝が、看護師のことばをそのまま受け入れているからあたたかくなっているのである。平田の視線をくぐりぬけることで、看護師の一見冷淡にみえることばがあたたかくなっているのである。平田は、彼がであったひとを自分のなかにまるごと取り込み、平田の体温に染めて、それからことばとして外へ出す。そこに平田の魅力がある。



 同じ号の、根本明「幼生の名がひるがえるのを」。
 この作品で、私はとても不思議なことを体験した。タイトルを私は「幼生の名がひきがえるのを」と読んでしまった。「ひるがえる」ではなく「ひきがえる」と。この文章を書きはじめようとして「あ、ひきがえる、ではなくひるがえる、なのか」と気がついた。
 「ひきがえる」と思って読んでいたので、そこに書いてあることが、「オタマジャクシ」のことだと思っていた。

(横たわり陰っては輝く水の玉を私は見上げる

 書き出しのこの1行は、水の玉のような透明な卵から生まれたばかりのオタマジャクシで、それが水の底から、まだうごめいている卵を見ているのだとばかり思っていた。

おびただしい幼生の群れが水の中を
屈折する月光に向かって無数の花火のように昇っては乱れ散る)

 「オタマジャクシ」が見た水中の風景に見えませんか?

ぬばたまの夢の沼玉をさかのぼる
地の草の肉から乖離して私が
すでに一匹の原虫のように尾をふるわせ

 「ぬばたまの夢の沼玉をさかのぼる」の音のなまめかしさに迷い込んで、私はカエルの卵のぬるぬるにふれた気持ちがした。「尾をふるわせ」はどうしてもオタマジャクシの「尾」のことに思えてしようがない。

水の道、水の枝葉を、ひらおよぐ、せおよぐとき
幼生の名が閃光を放ってひるがえるのを見る

 「水」「およぐ」--どれも、カエルを(オタマジャクシが成長した姿を)呼び覚ましませんか? 「幼生の名が閃光を放ってひるがえるのを見る」という行は「ひきがえる」ではなく「ひるがえる」と正確に読んでいるが、(このときはまだ、タイトルを読み違えたことに気がついていない)、ヒキガエルになってしまった状態からオタマジャクシだったときを思い出して「幼生の名--これは、ヒキガエルの幼いときの呼び名、オタマジャクシのことだよなあ」と思い込んでいた。
 そして、「ぬばたまの」の行や「水の道」の行の音楽について書こうと思って、タイトルを写しながら、あ、「ひきがえる」ではなく「ひるがえる」だ、と驚き、どうしてこんなことが起きたんだろうと、不思議でしようがないのだ。
 (不思議でしようがない--と書いたものの、実は、「誤読」は私の一種の癖である。私は子どものときからひらがなの連続した文字、カタカナの連続した文字は正確に読めない。特にカタカナはまったく読めない。いまでも読めない。中学生のとき、英語の教科書にカタカナでルビをふって読んでいる人を見たときはどうしてこんな器用なことができるのかと心底驚いた。)
 しかし、「ひるがえる」と読み直しても、どうしてもこの詩はカエルのこと、オタマジャクシのことを書いているように感じられてしまう。ほかのことを書いているとは思えない。根本は、ほんとうは何を書いているのだろう。他の人は、この詩を何について書いてあると思って読んだのだろう。それが突然知りたくなった。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする