詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

高橋順子『海へ』

2014-08-03 11:33:43 | 詩集
高橋順子『海へ』(書肆山田、2014年07月21日発行)

 高橋順子『海へ』は「Ⅰ」と「Ⅱ」に分かれている。「Ⅱ」の作品群がとても強い。東日本大震災のことを「海」と結びつけながら書いているのだが、どのことばも「正直」そのものだ。
 その「正直」は無口である。「正直」をつらぬくと、ことばが限定される。知らないことをでっちあげない、知っていることだけを、「肉体」でおぼえていることだけを語ると、どうしても口数が少なくなる。
 どの一篇を選んで書こうか、ずいぶん迷ったが「飯岡石」について書いてみる。

「平松浜から大砂子のほうへ
竜巻が上がっていくのを何度か見た」
と九十二年を海辺の町に生きる母が言っていた
「竜巻の道があるんだよ」
竜巻は南の海から上がって 屋根屋根の
風鎮めの飯岡石(別名玉石または貧乏石)を吸い込み 吐き出し
風車のある丘のほうへ去ってゆく
この海は無力な白い飯岡石を育てた

 この一連目には、東日本大震災(津波)は出て来ない。そのかわりに高橋の母が体験した竜巻と、屋根の上の飯岡石が語られている。たぶん高橋の母は、またその母から竜巻のことを聞いたのだろう。そして、竜巻の通り道だからこそ、その町では屋根の上に石を載せて被害を少なくしようとしていたのだろう。「飯岡石」のなかには、その町の「歴史」がある。
 その町を、東日本大震災の津波が襲った。竜巻の道だけではなく、そこには「津波」の道もできたのか。

大津波のひと月後 崩れた塀の下から
その一部をなしていた飯岡石をひろってきた
ひろってそれをどうしようということもなかったが
東京のうちの庭に置いた
白山吹の木の根方に
あとになって意味の分かる行動があるものだ
風も津波も鎮められなかった石に
津波に呑まれた町の四十二人の死者のために
魂鎮めの石になってください
と頼むつもりだったのだ

 なかほどの「あとになって意味の分かる行動があるものだ」はとても重い。とても美しい。
 「出来事は遅れてあらわれる」と書いたのは阪神大震災を体験した季村敏夫だ(『日々の、すみか』書肆山田刊)。そのことばに匹敵する「真実(正直)」がある。
 人間は未経験の何かに出会ったとき、それを「消化」できない。何があったか、わからない。何をしていいのか、わからない。それで、ただわかっていることをする。
 高橋は母の住んでいた町(高橋の生まれた町だろう)で、「飯岡石」をひろう。津波がさらっていった家の跡に落ちていた。それは竜巻から屋根を守るための石だった。巨大な竜巻に役だったかどうかわからないが、津波には役だたなかった。その石があることに津波は気づいていない。それが何かもわからないまま、津波はその石を残していった。竜巻のように、いったんは石を「吸い込み(のみこみ) 吐き出し」ていった。家のあった場所に。それをひろったとき、高橋は、何をするつもりだったのか。高橋にもわからない。でも、「ここに家があったなあ」と思っただろう。その「家」の記憶、そして「家」につながる母の記憶、さらに母の語った竜巻の道のことなどを思っただろう。津波が、そこに家があったことを告げるために石を吐き出して残していったのかもしれない。そういうことを思った、その思い出に、石をもってきた。
 それを山吹の木の下においた。それを見つめているうちに、高橋は自分のしたことの「意味」を見つけ出した。「分かる」ということばを高橋はつかっているが、「意味」を見つけ出したのだ。
 石は津波にさらわれず、流されず、昔なった場所の近くにあった。その石には、その近くですんでいたひとの「暮らし(肉体)」が宿っている。自然の巨大な災害にそなえ、できる限りのことをして暮らしていた、ひとの智恵が宿っている。津波が去ったあとも、そこに「ある」。いや、そこに「いる」。「正直」に暮らしていた「肉体」が石に宿っている。その「肉体」を高橋は見つけ出したのだ。かつて暮らしていた「肉体」の記憶、それはさらわれることはない。そこにいた「肉体」を思い起こすとき、いつでも甦ってきて、そばにいる。その「肉体」が石のなかから声にならない声を上げて、高橋を呼んでいる。その声が高橋には聞こえる。
 ああ、どんなに、そこにいたかっただろう。石と同じように、そこにいたかっただろう。こんな小さな石になって、ここに「いる」肉体よ。
 そこに「いる」石よ、おまえは、四十二人の死者が帰ってくるために、その場所を記憶し、生きなければならない。
 高橋はそんなことばを書いているわけではないのだが、私には、そんなふうに書いているように読める。そんなふうに書いている「誤読」してしまう。

 石は無力である。竜巻のとき家を守ることはできなかった。(できたこともあるかもしれないが、できなかったこともあるだろう。)そして津波のときも家を守ることはできなかった。家はまるごと海へさらわれ、そこには石だけが残った。石は無力だ。「この海は無力な飯岡石を育てた」という1連目の最後の行は違う意味で書かれているかも知れないが、私には、そんなふうに感じられる。しかし、その「無力」な石は、そこに家があったことを伝えている。そこにひとが暮らしていたことを伝えている。ひとの「正直」を伝えている。「正直」は「無力」だが、「正直」は不思議な形で生き残る。
 石は「いきている人間」がいたことを知っている。
 高橋は、石から、生きていた人間のことを聞いている。
 だからこそ、いうのだ。
 その人たちのことを知っているのだから、その二十四人の死者の魂を鎮めるための石になってください、と。
 それは、高橋の祈りだ。
 高橋は石をとおして祈りを発見する。
 石に向かって、特に墓石に向かって私たちは祈る習慣をもっているが、高橋はそういうことも思い出しているかもしれない。

 高橋は、そんなにいろんなことを書いていない、そういうことを書いていない--確かに私が書いているようには書いていない。しかし、私は、その書かれていないことばをつけくわえて読んでしまう。つけくわえずにはいられない。余分なことばをつけくわえて高橋の詩を読むと(誤読すると)、高橋の詩が私の詩になり、私の「肉体」のなかで生きはじめる。
 それが私の「誤読」だ。
海へ
高橋順子
書肆山田
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池井昌樹『冠雪富士』(42)

2014-08-03 11:30:49 | 池井昌樹「冠雪富士」
池井昌樹『冠雪富士』(42)(思潮社、2014年06月30日発行)

 「封緘」は池井の「恥ずかしい思い出」。恥ずかしいけれど「どうしても書いておかなければならない。」そう書き出されている。「人生のとば口」に立たされていたときのことを書いている。どうすることもできなくなって、山本太郎の家を訪ねる。(山本太郎は池井を見出した天才である。)

私は呼び鈴を押したのだった。悲しげな、笑っているような、巨き
く見開かれたあの眼と、糺すでも、赦すでもない、どうした、とい
うあの一言に触れた途端、直ちに辞去すべき己に気付いたのだった
が、太郎さんはお仕事中の手で冷えた麦茶をポットから何度もグラ
スへ注いで下さり、私が話し終えた後も目を閉じて黙っておられる。

 その後、山本と池井のやりとり(八戸の村次郎を紹介するから、そこで働いてみろ、と言われて紹介状を書いてもらったというようなこと)が書かれているのだが、そこにもう一度いまの引用に似た部分がある。

                             封
書はこのまま村さんに渡すこと。きみが開いて読んではならぬ。い
いか。これまでにない厳しい表情で一息に言い終えてから、漸く破
顔されたのだった。何もかもお見通しのような、悲しげな、笑って
いるような、巨きく見開かれた何時もの眼だった。

 池井は結局、八戸には行かず、村次郎に会うこともなく、いまにいたっている。その間に山本太郎は亡くなり、村次郎も亡くなっている。

                       往きばを失った
紹介状は今も封緘されたまま私の手元に遺されてある。悲しげな、
笑っているような、巨きく見開かれた何時もの眼が、糺すでも、赦
すでもなく、今も黙って私を見ている。

 こんなふうに、山本太郎の眼は詩のなかで繰り返し描写される。「悲しげな」と「笑っているような」は流通言語では矛盾する。しかし、私たちはその矛盾する感情が同時に存在することを知っているので、その矛盾をそのまま受け入れて読む。矛盾があるから「意味」にとらわれずに、そこに書かれている「こと」のなか誘い込まれる。
 「糺す」でもなく「赦す」でもない。これも同じ。「糺す」と「赦す」は対立する。矛盾する。しかし、やはり、私たちは、それが矛盾であるからこそ「意味」を超えて、そこに「あること」が存在すると感じ、その「こと」に呑みこまれていく。誘い込まれていく。
 ことばにならない「真実」がそのとき、そこで「起こっている」。「真実」はあるのではなく、「生まれてくる」。「真実」というのは事件なのだ。事件が「起きる」という「こと」が「真実」なのだ。
 それを見つめる眼。巨きな眼--と池井は何度も書く。山本太郎は、池井にとっては「眼」だったのだろう。そして、その眼は「矛盾」している。「糺す」ということをしない。「赦す」ということもしない。「悲しむ」もしない。「笑う」もしない。むしろ、そういう「基準」をすべて捨てて、「事件」が起きるのを待っている。
 実際、このとき(池井が山本太郎に会ったとき)、事件は起きている。
 二番目の引用のあとに、次のことばがつづいている。

                       太郎さんはあの
夜、私を慰めも励ましもしなかった。太郎さんの前で、私はだから
愚痴ひとつこぼせなかった。愚痴をこぼそうとしていた自分が限り
なく恥ずかしかった。それは生まれて初めての、何処へも逃げ場の
ない恥ずかしさだった。その恥ずかしさを、何処へも逃げず、誰の
手も借りず、己独りで償うこと。太郎さんはあの夜、翔び立ち兼ね
て立ち竦んでいる雛の背を、静かに、しかし敢然と押して下さった
のだと思う。

 「事件」と私が呼ぶのは「恥ずかしさの自覚」である。「恥ずかしさ」は「正直」でもある。池井は、このとき「正直」を発見している。「正直」というのは、自分のなかにしかない。自分の「必然」のことだ。
 誰の手も借りない--ではなく、誰の手も借りることができない。他人の手は「必然」ではない。
 池井は「正直」の「必然」へと進むしかなくなった。
 池井はこのとき山本太郎を頼ってやってきたのだが、その頼ってやってきた池井を山本太郎は手放す。村次郎を紹介するという形で池井に応えているようだが、それは一種の「便宜」であって(あるいは方便であって)、山本太郎は、このとき池井を手放した。池井を「正直」へと押しやった。
 うーむ、と私は唸る。
 山本太郎は、池井の「正直」がいま生まれることを、瞬間的に見抜いていた。「必然」が動きだすのを見抜いていた。それは池井の「自立」ということだが、そうなることは山本にはうれしく、頼もしいことに思えるけれど、一方で寂しいと感じもしただろう。
 ひとはいつでも「独り」なのだ。
 山本太郎も、池井と同じように、その瞬間「独り」なった。そして、その「独り」のまま、池井を「独り」のなかへ押しやった。ただし、そうやって押しやって、手放しはするのだけれど、眼はしっかり池井を見つめている。

 池井を見つめる眼、池井を「必然」へ、「正直」へ追い込む(誘い込む)眼は、池井の詩のなかに何度も出てくるが、その中心にある「具体的な眼」が山本太郎の眼である。池井は、その目の前で、いつでも「恥ずかしい」。つまり、「正直」になる。裸になる。すべてをさらけだす。
 「師弟関係」ということばが正しいかどうかわからないが、これは強烈な「師弟関係」である。人を「正直」へ押しやる師は、最大の師である、と私は思う。
 池井は、その師が「今も黙って私(池井)を見ている」と実感している。







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中井久夫訳カヴァフィスを読む(134)

2014-08-03 06:00:00 | カヴァフィスを読む
中井久夫訳カヴァフィスを読む(134)        

 「おまえにはわからなかった」は、翻訳がとてもおもしろい。いや、中井久夫の書いている「注釈」を読むと、翻訳の醍醐味がわかり、興奮するといえばいいのか。

からっぽのユリアノス。こんなことを言っている。
わしらの宗教信念にな。「読んだ。わかった。
却下した」とさ。あいつは思ったらしいんだ、
あいつの「却下」でわしらはすっかり凹んだと。救い難いロバめ。

あんな威しがわしらに利くか。こっちはキリスト者ぞ。
即刻返答。「読みはしたろうがわかっちゃおらぬ。
わかったら却下しなかったはずじゃ」

 中井は書いている。

「読んだ云々」は、「アネグノン、エグノン、カテグノン」という翻訳不能のことば遊びである。

 ふーん。では、どうして「読んだ。……」と訳したのか。ユリアノスとキリスト教徒との関係を思い描き、最後のキリスト教徒の返答から、逆に考えたのだ。
 キリスト教徒がユリアノスに何事かを訴えた。それに対してユリアノスは色よい返事をしなかった。聞き入れなかった。そればかりか、わけのわからないことばで嘲った。それにキリスト教徒は反論している。「ばか」(救い難いロバ)は、あいつの方だと。
 なぜなら、市民からの訴えを読んで、それが理解できたなら、ユリアノスはその訴えを聞き入れて何事かを改善するはずである。そういうことをしないのは、ユリアノスには、読んでも理解するだけの能力がない。きちんと応えるだけの言語能力がない。政治能力がない。だから、意味不明のことばではぐらかしている。
 意味不明のことばでごまかしたつもりだろうが、キリスト教徒には、そのでたらめなことばさえ、きちんと聞き取り「意味」を理解する能力がある。あれは「読んだ。わかった。却下した」と言ったのだ。
 中井はこのやりとりの活発な感情と頭脳のぶつかりあいをいきいきと再現している。「口語」をふんだんにつかい、ごまかしのない「意味」を再現している。
 「こんなことを言っている。」と倒置法でことばをはじめる。倒置法の文体は、最後までが長い。緊張がつづく。意識を散漫にしていると、何を言っているかわからなくなる。その緊張が終わった瞬間に(倒置法の文が完成した瞬間に)、「救い難いロバめ」と吐き捨てる。侮蔑をあからさまにする。
 最後の「理路整然としたことば」も文章語ではなく、口語で吐き出している。日常的に理路整然としているのはキリスト教徒である、と文体と口調でも表現していることになる。こういう訳は中井の独壇場という感じがする。

リッツォス詩選集――附:谷内修三「中井久夫の訳詩を読む」
ヤニス・リッツォス
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