詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

丁海玉「ハッピーバースデー」、坂多瑩子「こんなもん」

2014-08-30 11:35:39 | 詩(雑誌・同人誌)
丁海玉「ハッピーバースデー」、坂多瑩子「こんなもん」(「space 」117 、2014年08月20日発行)

 詩のどこがおもしろいか、というのはなかなか難しい。要約ができないからだ。
 丁海玉「ハッピーバースデー」。全行を引用する。

らっきさんの
利き手は左手だ
らっきさんは左手に握ったスプーンの行き先が
口だと覚えている
口におかゆを運ぶ
的に命中させるように運ぶ
疲れて一休みするときは
少しのあいだ夢みている

らっきさんの
ひ孫のちいちゃんは
利き手が右手らしい
ちいちゃんは右手に握ったスプーンの行き先が
口だとさいきん覚えた
口におかゆを運ぶ
的に命中させるようにはまだ難しく
スプーンを舐めてはテーブルを叩く

ケーキにろうそくがのりきらない
らっきさんの誕生日に
らっきさんはちいちゃんを抱っこして
かわいい
と言った
ちいちゃんはらっきさんに抱っこされ
その腕の頼りなさに
手足をつっぱり泣いた

 最初の二連はスプーンでおかゆを食べる(食べようとする)らっきさんとちいちゃんを描いている。暮らしのなかでしばしばみかける風景かもしれない。三連目も、みかける風景かもしれない。おばあちゃんが赤ん坊を抱っこし、それをいやがる赤ん坊。
 で、この詩。
 最後の二行がいいなあ。特に、

その腕の頼りなさに

 これは、ちいちゃんがお母さんやお父さんの腕と比較して「頼りない」と感じているのだけれど、どうして「頼りない」ということばがでてきたかというと、ちいちゃんが自分で腕を動かしておかゆを食べるようになったからだ。ちいちゃんは満足に食べることはできない。それにくらべると、らっきさんは時間がかかるとはいえ自分で食べることができる。だから、腕の「たしかさ」という点ではらっきさんの方が上なのだけれど、自分の力を知りはじめたちいちゃんは「頼りない」と感じたのだ。
 ちいちゃんはスプーンをつかわず、ただ食べさせてもらっているときは、らっきさんの抱っこにも、泣かずにそのまま抱かれていたかもしれない。けれど自分で食べるようになって、「力」というものを知った。
 だから、その「力」をつかって、「手足をつっぱり」泣いた。
 不思議な、しかし、しっかりした時間の経過と「肉体」の変化が書かれている。それも自分の「肉体」ではなく、ちいちゃんという自分で語ることのできない子供の「肉体」の変化を「頼りない」というありふれたことばで的確につかみ取っている。
 そうか、「頼りない」とはこういうことか、こういう具合につかうのか--と、私は思わず膝を叩いた。
 感動した。



 坂多瑩子「こんなもん」も、どこがおもしろいかを書くのは難しい。

すると柩がおいてあった
蓋をもちあげてみるとくるんとまるめた肉のかたまりが入っている
粘土みたいな
パンの生地みたいな
醗酵状態がいいのか皮膚はとても丈夫そうでつやつやしている
しかしこんなものが家の中にあるのはまずい
まずいものは埋める
土のやわらかそうなところを選んで
掘る
水がでてきた
これは難点あり
いろいろ難点あり
ぐずぐずしているうちに四日たってしまった
臭いはない
ピンクっぽい皮膚はいまにも踊りだしそうだ
こんなもん
家においといたって困るものではないといえばないが
蓋をしめる 蓋をあける
閉めます 開けます
ちょっとうるさいじゃないの
おかあさん

 母が死んだのか、あるいはだれかが死んだのか、その遺体が入った柩がある。なんとなく柩の蓋をあけて、中を見てしまう。そこに、蓋が開くものがあるなら、それを開けてみてしまうというのは人間の「本能」のようなものかもしれない。
 遺体の感想もおもしろいが、私がうなってしまったのは、

水がでてきた

 土を掘れば水がでてくることはある。あたりまえのことなのだけれど、このあたりまえが、おかしい。なぜ、おかしいかというと、その前に書かれている遺体の様子(描写)があたりまえではないからだ。パンの生地みたいに醗酵してつやつやしているというのは、そのとおりだとしてもなかなかそうは書かない。一種の「わざと」書いたことばである。詩が、ここではつくられている。「わざと」書く、そのときの「わざと」が現代詩なのだから、これは一種の「現代詩の王道」なのだが……。
 そのあと、勢いで「柩を埋める」というのも、「わざと」。
 ところが土を掘ったら「水がでてきた」。ここには「わざと」がない。そして「わざと」がないために、それまで書いてきたことも「わざと」ではなく、「真実(事実)」になってしまう。ほんとうの一行は、他のことばを「事実」に変えてしまうのだ。
 で、「事実」は「空想」よりも暴走する。
 そのあとも実に愉快だ。
 そうして、さんざん笑ったあと、おわりの4行がいいなあ。「蓋をしめる 蓋をあける」は話者(坂多)なのだろけれど、次の

閉めます 開けます

 これは誰の声? そして「うるさいじゃないの」と起こったのは誰?
 「うるさいじゃないの/おかあさん」とあるから「母」がどこかに登場するはずだけれど、それはどこに?
 「母」って誰? 柩の中に入っている人物? そのひとが坂多が蓋を開け閉めするのにあわせて、「閉めます 開けます」と言っている? それに対して坂多が「うるさいじゃないの/おかあさん」と言ったのか。
 あるいは無言で開け閉めするのは申し訳ないと思い、坂多が「開けます 閉めます」といいながら柩の蓋を動かしている。それに対して、坂多の娘、あるいは息子が「うるさいじゃないの/おかあさん」と叱ったのか。そんなことをいつまでもするんじゃないよ、と叱ったのか。
 私は、柩のなかのおかあさんが、坂多のしていることを見抜いて「閉めます 開けます」とことばにしているのだと思った。死人だったら、そういうことは不可能なのだけれど、坂多の意識のなかでは、母はまだつやつやの肌をしている。生きている。生きているときに、母は、坂多が逡巡しながら何度も同じことを繰り返しているのに対して、「開けます 閉めます」のように「実況中継」するようにからかったことがあるのかもしれない。そういうことを思い出し「うるさいじゃないの」と坂多が、母が生きているときのように口答えした--そう読んだ。
 坂多の「肉体」のなかにある時間が噴出してきている、と思った。

 この自分の中にあるたしかな何かが噴出してくるというのは、丁の詩の「ちいちゃん」の手足をつっぱり泣き叫ぶ感じに似ていない?
 自己主張の「自己」というものが、「肉体」となってでてきている感じがする。それが、とてもおもしろい。


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中井久夫訳カヴァフィスを読む(161)(未刊8)

2014-08-30 06:00:00 | カヴァフィスを読む
中井久夫訳カヴァフィスを読む(161)(未刊8)   

 「劇場にて」は、劇場で見た「きみ」のことを書いている。

舞台に飽きて
目をあげ 桟敷を見た。
桟敷にきみがいた。
ふしぎなきみの美。頽廃の若さに溢れたきみ。
私の心はただちに還っていった、
きみのうわさを聞いたあの日の午後に。

 ことばのリズムが非常にいい。短いことばからはじまり、三行目で「きみ」を見つけると、四行目でことばがあふれてくる。句点で区切られたふたつの文が一行を構成する。それまでの短いリズムを守っていられない。ことばが噴出してくるのだ。
 五行目の「私の心はただちに還っていった、」の「ただちに」も不思議だ。意味は「すぐに」「即座に」ということだが、「すぐに」よりも音が多く、「即座に」よりも音が明るい。還ることを楽しんでいる響きがある。
 五行目と六行目は倒置法だが、これも効果的だ。「きみのうわさを聞いたあの日の午後に、私の心はただちに還っていった」では「ただちに」という感じがしない。「動詞」の動きが見えない。喜びは「動詞」になって先に肉体を動かし、そのあとで「理由」がやってくる。そのリズムを素早くつかみとる中井久夫の訳によって詩がいきいきと動く。
 「あの日の午後」は何でもないことばだが、「ただちに」の「あ」の音と響きあって、これも明るく見える。いつものカヴァフィスのみんなと共有している「あの」ではなく、カヴァフィスだけのこころの「あの」の明るさが楽しい。

見も心もともにふるえつつ
魅せられて眼はきみに釘づけ。
きみのものうい美、ものういきみの若さに、
きみの趣味のよいよそおいにも--。

 「頽廃の若さ」が「ものうい」ということばに言いなおされている。「美」と「若さ」とにわざわざわけて繰り返されている。こうした繰り返しは散文ではうるさいだけだが、この詩では、そのままカヴァフィスの眼の動きになっている。まず「頽廃の若さにあふれたきみ」を見つめ、つぎに「きみのものうい美」を見つめ、さらに「ものういきみの若さ」を見ている。眼は、三度「きみ」を見ているのだ。釘づけ、というのは眼がそこから動かないということだが、眼は動きたかったのだ。けれども、動いても動いても、そこに引きつけられていく。三度も。さらに眼は、記憶のなかへも動いていく。

私は頭の中にきみを描きつづけた。
あの午後に皆がしていたうわさどおりだった。

リッツォス詩選集――附:谷内修三「中井久夫の訳詩を読む」
ヤニス・リッツォス
作品社
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