監督 ウベルト・パゾリーニ 出演 エディ・マーサン
孤独死。身寄りのない人の死に向き合い、葬儀の手続きをする民生委員を描いている。ロンドンが舞台だが、この仕事は日本ではどうなっているのか。これから問題になってくるテーマである。
主人公はリストラ(?)のため首になる。その最後の仕事の孤独死の男は、主人公のアパートの真向かいに住んでいた。何も知らない。そのことが気になり、その男の人生を追いかける。娘がいるが、疎遠である。また、かつての恋人が産んだ娘もいる。男はその事実を知らないまま死んだ。フォークランド紛争のときの戦友がいる。ホームレス仲間もいる。男は問題をかかえていたが、友人も恋人もいたのだ。娘やかつての恋人や友人を訪ね、葬儀への参列を呼びかける。
これをたんたんと描いているのだが。
一か所、はっとしたシーンがある。父親(男)を嫌っていた娘が主人公を訪ねてくる。葬儀に参列する、そのあと一緒にお茶をのみたい、という。そし「ありがとう」とお礼を言うのだが、それに対して主人公は「自分の仕事をしただけです」という。「イッツ・マイ・ジョブ」というような英語が聞こえた。(正確ではないかもしれないが。)
「仕事が人間をつくる」というのはマルクスの「哲学」だと思うが、ああ、そうなのだ、人間は「仕事」を通してしか人間になれない。何かをつくる(する)ということが人間をつくっていく。そのことを強く感じた。
孤独な死と向き合い、その人の人生を想像してみる。その人の葬儀にはどんな音楽を流せばいいのか。どんな弔辞がいいのか。考えながら、仕事を繰り返してきた主人公。もし、身寄りが見つかれば、その人に連絡し、葬儀への参列を呼びかける。それまでも主人公はそうしてきたのだが、最後の仕事では、アパートの向かいにいるのだから、もしかしたら自分自身も彼の「知人」であったかもしれないのに何も知らないということに衝撃を受け、もっと死者の「人生」に触れてみよう、親身になってみようと思い、彼の人生をたどる。恋愛をして喧嘩して別れ、また別な人と恋愛をしてこどももできるが、やっぱり持続しない。もがきながら生きている男が見えてくる。同時に、彼の周りで同じようにもがきながら生きている人間が見えてくる。死者に寄り添いながら、また、生きている人たちにも寄り添う。すると、それまでばらばらだった人たちがだんだん近づいてくる。近づくことで、死んでしまった男のことが、生きていたとき以上に親密に見えてくる。世の中というものも見えてくる。
主人公は、ひとりひっそりと身寄りのない死者を葬るという仕事をしている、忠実に仕事をしているだけなのだが、彼は、だれにも気づかれないまま「親密」をつくるというもうひとつの仕事をしていたのだ。そのことに主人公は気づいていないけれど、この映画に登場する人たちにはそれがわかるし、観客にもわかる。すばらしいことをしているのに、それを「仕事」と表現する謙虚な姿に、こころを打たれる。
仕事をていねいにすれば、そこからていねいな人間が生まれてくる、美しい人間が生まれてくる--と書いてしまうと、何か、資本主義の都合のいいような「論理(意味)」になってしまうかもしれないけれど、それをもう一度マルクスの「哲学」から見つめなおせたらいいかもしれないなあ。あ、私はマルクスは何も読んだことがなく、「世間」から聞こえてくマルクスのことばから勝手に考えているので、これは「誤読」かもしれないけれど。(いま、マルクスではなくピケティの「21世紀の資本」が話題になっているが、格差社会の構造を指摘するピケティよりも、マルクスの「哲学」を読み直した方がいいのかもしれない、ということも頭をよぎった。)
仕事か、仕事(労働)が人間をつくるのか。だから、ていねいに働かなければならない。自分自身をつくるためには--というようなことを、ふと、思ったのだ。だれかのためにではなく、自分自身のために。
ラストシーン。主人公が人生をたどりなおした男の埋葬に家族や友人が集まってくる。そこに男の人生が見えてる。一方、事故で死んでしまった主人公は共同墓地に葬られる。身寄りはだれもいない。だから参列者もいない。男の葬儀に参列した人たちのだれひとりも、主人公が死んだことすら知らない。寂しい埋葬である。けれど、そのまわりに主人公が最後を見届けた死者たちが集まってくる。幽霊。彼らが、主人公の人生を浮かび上がらせる。人生はいつでも「他人」が集まってきてつくり出すものなのかもしれない。仕事が「他人」と自分を結びつけ、そこから人生がはじまる。「人間」がはじまる。
声高な主張ではないし、どんどん盛り上がっていくクライマックスでもないのだが、映画館の方々からすすり泣きが聞こえる。私の隣の女性は、そのすすり泣きを聞けば、ほかの人も泣かずにはいられないと思うくらいの切実さで泣いていた。私は、こういうシーンでは泣いたことがないのだけれど、その女性の切実な声につられて泣きそうになった。
この日、水曜日ということもあってか、映画館は満員で、補助椅子まで埋まってしまった。
(KBCシネマ1、2015年02月18日)
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