詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

嵯峨信之を読む(7)

2015-02-08 10:44:28 | 『嵯峨信之全詩集』を読む
10 声

大凪の海で知りあったのだから
ふたりは
どこの港からも遠い

 海は凪いでいる。嵐ではない。港へ帰る必要はない。この書き出しは、そういうことを語っているのだろうか。明るい静かな恋を感じさせる。同時に、「理性」を感じさせる。「静けさ(穏やかさ)」は「理性」にささえられているとも。
 恋というのは「理性」とは反対の衝動かもしれないが、感情を理性でととのえ、持続させる、持続させたいという思いが働いているのかもしれない。
 「理性」ということばを思いついてしまうのは、「……だから」ということばの影響である。「……だから……である」という「論理」の動きを感じ、そこに「理性」を感じる。
 しかし、「理性」とはいっても、あるいは「論理」とはいっても、その「……だから……である」の「……である」は、詩の場合、予測がつかない。予測がつかないから、詩であるとも言える。
 大嵐なのだから船は出航できない、というような「常識的結論」とは無縁のところへ詩のことばは動いていく。
 私は最初、この三行について「海は凪いでいる。嵐ではない。だから港へ帰る必要はない。」と書いたが、「海は凪いでいる。風がない。だから帆船は港へ帰れない。」とも読むことはできる。「論理」のはずなのに、それは「予測」できる論理ではなく、結論に達したときに「論理」になってしまうというような、不確定の「論理」である。そこに、詩のおもしろさがある。
 港へ「帰れない」ではなく、「帰る必要はない」と感じてしまうのは、ここに書かれている「大凪」が幸福の瞬間のように感じられるからである。
 この幸福は三連目で、次のように語られる。

ふたりは話し合うのに
はじめて自分の声をつかつた
うまれたときのままの真裸の声を

 読みながら、思わず傍線を引いてしまう。ここが好き。「はじめて」が輝いている。この「はじめて」に私は何を言えるだろう。
 「はじめて」の声は「うまれたときのままの」「真裸の」と言いなおされている。無防備で、純真で、正直な声。そういう声を受け入れてくれるとわかって、どんどん正直になっていく声。
 それだけではない。
 いままでつかってきた声を捨てて、新しい声をつかっている。いま、目の前にいるひとのためにだけの声を自分のなかからつくり出している。「はじめて」の声なのに、とても豊かに響いてくるのは、それがあふれてくるからだろう。輝きながら、あふれてくる。真昼まぶしい明るさ--そういうものを感じる。
 この幸福を「はじめて」という静かで論理的なことばで語っているのが、嵯峨の詩の特徴だと思う。

11 ある島

 「声」と対になった作品かもしれない。対ではなくても、どこかでつながっている。「海」が出てくるので、そう思うのかもしれない。

ただどこにいても ぼくを優しくとらえる広い海が
その島へ ぼくをつれて行つたのだ

 この詩は「島」について書いているのだが、私を最初に夢中にさせるのは、「どこにいても ぼくを優しくとらえる広い海」ということばだ。海の近くにいなくても、街の真ん中にいても、海がぼく(嵯峨)を誘っている。海に誘われる。どこかへ行くとき、ぼく(嵯峨)は海をわたってどこかへ行くのだ。「広い海」は「広い」が形容詞で「海」は名詞、そして名詞が「主語(主役)」であると考えるのが一般的なのだろうけれど、嵯峨の詩を読んでいると「広い」ということこそ書きたくて「海」ということばを借りているようにも思える。「広い」が主語であると考えたくなる。
 「広い(広さ/無限)」こそが、ぼくを動かす。「広い」がその対極にある「狭さ(ある限定された広がり/個)」としての「島」を引き出す。「広い陸地」ではなく「個としての島」。

ぼくは その島の全貌をうまく話すことができるが
どうしたことか 話しているうちに
ぼくの姿は 薄い雲のように いつとなく消えてしまう

 「意味」が特定しにくい三行だが、私は読みながら「ぼく」と「島」は同じもの、「島」は「ぼく」の比喩なのだと感じる。
 いま、ここにいる陸を離れ、広い海の広さのなかに、それまでの陸の習慣を捨てる。「声」に出てきた表現をつかえば「はじめて」の自分になる、「生まれたときのままの真裸」の自分になる。その古いけれど新しい自分が「島」。それを発見するために、航海へ出る。
 話しているうちにぼくの姿が消えてしまうというのは、古いぼくが消えて、新しいぼくに生まれ変わるということだろう。
 ことばの海へ出て行き、古いことばを捨て、新しいことばで語る。そのとき新しいぼくは誕生し、古いぼくは消える。新しいことば(島/詩)そのものにぼくはなってしまう。そういう印象がする。
 この島(新しいことば/詩)を「声」のときのように「恋人」と考えることもできる。

嵯峨信之全詩集
嵯峨 信之
思潮社
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有働薫「繻子の熾たち」

2015-02-08 10:42:29 | 詩(雑誌・同人誌)
有働薫「繻子の熾たち」(「東京新聞」2015年01月31日夕刊)

 有働薫「繻子の熾たち」はある日の教室の風景。

年取って教壇に立つと
教室の後ろのほうの席で
ぱらぱらと座っている生徒の肩先に
鳥の羽先が突き出ているのが見える
本人たちは気付かないで
神妙な顔で小さな肩をいからせている

 天使の生徒。生徒の天使。「本人たちは気付かないで/神妙な顔で小さな肩をいからせている」は有働にはそう見えるということ。「本人たちは気付かないで」と書くと、まるで生徒たちを客観的に描写しているようにみえるが、あくまで有働の「意識」がそこに反映されている。「本人たちは気付かない」のではなく、有働がそこに有働の「気(意識)」をつけくわえているのである。

ずうずうしく座っているよ
まるで人間の子供のつもりで あるいは
あの孤独で凶暴な少年詩人が
行き場がなくてやむなく舞い戻ったという顔付で

 「あの孤独で凶暴な詩人」とはランボーだろう。フランス語に親しんでいる有働は、フランスの詩人ランボーを思い出してしまう。有働が英語圏の詩人、あるいはドイツ語圏の詩人、その他の言語の詩人に親しんでいるのだとしたら、ここにはまた別の「少年詩人」が登場したかもしれない。
 ランボーを「孤独で凶暴」ととらえるのも有働の意識(気)をつけくわえたもの、有働の「批評(評価)」から見たもの。
 これを最後の方で、もう一度言いなおしている。

ともかく今日は灰色のエンゼルが
おまえに教わることなんてなんにもないよと
偉そうに三羽とまっていたよ
奇跡って起こるよ
天使って居るよ
いくら凶暴だって天使は天使
背中の羽根が肩先から突き出ているよ

 「凶暴だって天使は天使」は「凶暴」の受け入れ。詩は論理ではないから、また凶暴であってもかまわない。他人に危害を与えてもかまわない。傷つけられ、痛みを感じることで、自分がまだあざやかな血を流すことができると知ることもあるだろう。
 こういう経験を「覚醒」の経験と呼ぶのかもしれない。教壇から生徒を見ながら「これは詩になる」と有働はひらめいた(覚醒した)のである。


雪柳さん―有働薫詩集
有働 薫
ふらんす堂

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きのうと同じ道を通って、

2015-02-08 01:17:24 | 
きのうと同じ道を通って、

きのうと同じ道を通って眼鏡屋で度をあわせ直した後、
道の反対側のうどん屋に入り、同じテーブル、同じ椅子にすわる。
テーブルはこぼれた汁を引き延ばしたためにべたついている。
きのうと同じうどんは葱が煮えすぎて甘く形をなくしている。
待ち合わせをしているのだが、待たずに食べおわると、
遅れてきた人は「死ぬのに三か月かかった」と言って、黙った。
ノートを取り出し、細かい数字を書いている。
(人間は死ぬときまっているのに、そんなに時間をかけてもったいない)
(三か月しか持たなかった。金を払って手術までしたのに)
こころの声が聞こえたので、ことばには、その人が自分であるか
他人であるのかよくわからなくなって、うつぶせになっ泣いた。
それから顔を上げて、窓を通して遠い病院の角の部屋を見たが、
下から見上げる格好なので新しい眼鏡でも中までは見えなかった。


*

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