アニエス・バルダ、JR監督「顔たち、ところどころ」(♡♡♡♡♡)
監督 アニエス・バルダ、JR 出演 アニエス・バルダ
アニエス・バルダとJRのふたりが、ふつうの(?)フランス人の顔を写真にとって、その写真を巨大な壁に貼り付ける、という旅を追ったドキュメンタリー。いわゆるロード・ムービー。
私は、こういう映画が大好き。ちょっとルノワールの映画の味に似ている。アニエス・バルダは、いわゆるヌーベルバーグの監督なのだけれど。
どこがルノワール的かというと。
自分を押しつけない。登場人物(役者)の中から出てくる(あふれてくる)ものに丁寧に寄り添う。人間が生きているがままの姿を、「私はあなたが大好きです」という感じでつつみこみ、励ます。
そのとき「登場人物」というのは「他人」だから、思いがけないことが起きる。監督ひとりでは思いつかないことが起きる。そして想像力が刺戟される。「未知」のものが、そこからはじまる。どこまで「未知」が「未知」のまま世界を広げていくかわからないけれど、こういう「時間」はどきどき、わくわくする。
あ、いま「事件」が起きている、その「現場」にゆきたい。そこにいる人といっしょの時間を過ごしたい、と思う。
うれしくて、うれしくて、前半は涙が出そうだった。
フランスの「田舎町(田舎の村)」。そこで初めて出合う人。そのひとの、ことば。どこかから借りてきたことばではなく、そこで生きて、自分で考えたことばを話す。借り物ではないから、とても強い。
いろいろなことばが生きているが、田舎の村の年金で暮らすホームレス(?)は、まるで哲学者だ。自慢の家を見に来い、という。言ってみると屋根のない家だ。「母は月の優しさを持っていた。父は太陽の激しさ(厳しさ)を持っていた。私は、それを引き継いでいる。私は宇宙だ」というような、壮大なことばを自然に声にしている。手作りしたモービルのようなものが、青空に揺れる。そのときは真昼なのに、その男の声を聞いていると、青空の中に星が輝いているのが見える。満天の、星の海である。
打ちのめされる。
そういう、ことば(暮らし)とは別のものもきちんと映画にしている。村のレストランで働く女性。彼女の写真を拡大して、レストランの外壁に貼る。二人の子どもがやってくる。母親の写真をバックに「自撮り」する。そのあと、写真の母親の足を「こちょこちょ」とくすぐる。女性は裸足で写真に納まっている。あ、この母親は子どもをあやすとき、足をこちょこちょとやったのだな、ということが自然にわかる。子どもだから、ほかの登場人物のように「含蓄のあることば」を言うわけではないが、この「こちょこちょ」の「肉体のことば」がとてもいい。正直だ。そして、その子どもの正直が、そこで語られる大人たちのことばの「正直」を保証する。誰もが、自分自身の、暮らしの中でしっかりと「肉体」で覚え込んだことばをしゃべっているのだ。そう教えてくれる。
あたたかくて、正直で、苦労から逃げ出さずに、がんばって生きている人が、こんなにたくさんいる、ということに、ほんとうに涙が出てくる。
でも、最後に悲しいエピソードがひとつ用意されている。
アニエス・バルダは、かつての友人、ゴダールを訪ねていく。しかし、約束の時間にゴダールの家に行ってみると、扉は固く閉ざされている。「呼び鈴」がない。ガラス窓に「伝言」が書いてある。会えないのだ。
それまで、一度も会ったことのない人と会い、ことばを交わし、写真を撮り、互いに刺戟を与えながら生きることができたのに、旧友には会えない。窓に書かれたことばは、かつてほかの場所で聞いたことばだ。
これは、とても悲しい。
けれど、この悲しさが、また前半の美しいことば、出会いを、強く思い出させてくれるという「隠し味」になってもいる。
もしかすると、前半の出会いにも、悲しく、つらいことがあったのかもしれない。でも、アニエス・バルダは、楽しく、想像力をゆさぶるようなシーンを大切にし、それを映画のエンジンにしたのだ。そういうことも想像できる。アニエス・バルダの「生き方」が、最後にそっと差し出されていることになる。
「ゴダールの好きなパンを買ってきたのに」と言って、袋に入ったパンをゴダールの家の扉(その取っ手)に結びつけるシーンは涙が出るなあ。
笑って笑って、うれし泣きしたあと、悲しい涙も流す。でも、それが前半の感動を、そっと落ち着かせる。まるで何も見なかったような、自然へと世界がもどっていく。静かな世界に戻りながら、目をこらせば、いますぐそばにある喜びが見えてくるよと語りかけてくれるようでもある。
こういう映画は、私は大好きだ。だから、今回は★ではなく♡マークで点数をつけてみた。
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