詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

Salmi Salco.『夢の、感触』

2019-03-02 10:37:03 | 詩集
Salmi Salco.『夢の、感触』(ふらんす堂、2018年12月25日発行)
 
 Salmi Salco.『夢の、感触』の「かなしみの、玉」。
 タイトルの読点「、」が微妙だ。不思議な断絶がある。ことばを探している「間合い」というようなもの、思考の呼吸のようなものだ。
 役者の芝居(演技)を見ていると、たとえば森繁久弥は「肉体」が動いてからセリフが出てくる。同時に動かない。「肉体」をことばが追い掛ける感じ。そこに「真実」が出てくる。ことばにならないものが先に動き、ことばがそれを追い掛けながら整える。あの感じに似ている。
 その全行。

多分、悲しみは、
文字として、存在するように
確実に、私の中にもあるのだけれど、
触れなければ鳴らない鈴のように
そっとしておけば、
いつまでも、泣かずに
日常をやり過ごせることが、できた。

 読点が多用されている。やはり「間」がある。そのうちの「文字として、存在するように」というのは、「間」をどうしていいかわからずに、強引にことばが割り込んできたような感じがする。ことばが書かれているのだが、書かれたことばは「肉体」から出てきたというよりも、とりあえず「よそ」から借りてきて動かしたという感じがする。硬い。「文字として」も「存在する」も硬い。それが「確実」ということばにも引き継がれていくけれど、「存在する」は「ある」と言いなおされ、「肉体」が動き始める。
 「触れなければ」は「そっとしておく」に、「鳴らない」は「泣く」に引き継がれ、「やり過ごす」という動詞がうまれる。
 ことばにならないものを「やり過ごし」、やり過ごした後で、そのとき動いたことをことばに書き留める。その反芻の中に、「間」そのものが動いている。「間」は「魔」かもしれない。おさえきれないもの。しかし、おさえておくもの。「できる」というのは、その拮抗の結果だろう。
 タイトルの「玉」が「鈴」と言いなおされているのも、とてもおもしろい。「玉」から「鈴」にかわるまでに、Salmi は三行、ことばを必要としたのだ。この三行が森繁の「肉体」だな。
 「まるい種」という作品がある。この「種」は「玉」にも「鈴」にも感じられる。

いつのまにか、
私の中、住みついているそれは、
私のこと、バカにしているみたいで
ときどき頭に来る。

 「存在する」「ある」は「住みついている」。詩集の順序で言うと「住みついている」は「存在する」であり、「ある」なのだけれど。いずれにしろ、「肉体」の奥から動き始めるのだ。





*

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池澤夏樹のカヴァフィス(73)

2019-03-02 09:53:48 | 池澤夏樹「カヴァフィス全詩」
73 カエサリオーン

 池澤の註釈。

 カエサリオーンは有名なクレオパトラ(すなわち七世)の長男(略)。この名は「小さなカエサル」の意で、アレクサンドリアの市民たちがつけたあだ名である。

 カヴァフィスは、こう書く。

わたしは心の中に勝手におまえを思い描いた。
美しく感覚的におまえを思い描いた。
わたしの技倆によっておまえの顔には
夢見るような、訴えかけるような美が宿った。
かく完璧におまえの姿を想像したので、
昨日の夜遅く、ランプが消えた時、
--わたしはわざと消えるにまかせたのだ--
わたしの部屋におまえが入ってきたように思った。

 「思い描いた」が繰り返され、「想像した」と言いなおされ、「思った」と平凡な、しかしそれゆえに「わざと」が消えた自然なことばに落ち着く。直前に、「わざと」があるので、なおさら「思った」が強く「肉体」をする。
 魅力的な詩のことば、詩らしいことば、たとえば「訴えかけるような美」とか「宿る」ということばよりも、「思い描いた」から「思った」までの変化の方に、私はカヴァフィスの天才を感じる。
 カヴァフィスは正直になる方法を知っている。身につけている。



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