詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

池澤夏樹のカヴァフィス(77)

2019-03-06 10:03:50 | 池澤夏樹「カヴァフィス全詩」
77ネロの命数

 なぞなぞやとんち話は、短ければ短いほど効果がある。聞いている人が、ことばの全部を覚えているからだ。カヴァフィスの短い詩は、この特徴にあっている。

デルフォイの神託を聞いた時も
ネロはまったく動揺しなかった。
《七十三歳を恐るべし》
楽しむ暇はまだまだある。
彼は三十歳だ。神のくだされた
命数をもってすれば、将来の
危機に対処する時間も充分。

 だれでもそう思うだろう。
 二連目で「楽しみばかりの毎日」を手早く描写したあと、三連目。

ネロはかくの如し。イスパニアではガルバが
秘密裡に軍を集め、教練をしていた。
彼は老人、年齢は七十三歳。

 「七十三歳」はネロ自身の年ではなく、敵の年だった。あたりまえのことだが、カヴァフィスは最後に「七十三歳は気をつけるべき相手の年であった」という註釈をつけていない。読めば誰もが気づくからだ。結末も書いていない。でも、この省略が実はむずかしい。作者は、どうしても「ほら、ここに注目して」と念押しをしがちである。カヴァフィスは念押しをしない。「短い」「簡略」というのは、念押しをしないということだ。

 池澤は、こんな註釈をつけている。

ガルバはローマ帝国のイスパニア総督。軍に請われてネロを倒すためローマに進軍、六八年六月九日にネロが自殺したので皇帝となったが、廉直ながら猜疑心が強くまた吝嗇で、とても皇帝の器ではなかった。



カヴァフィス全詩
クリエーター情報なし
書肆山田


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