詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

田中庸介「気持ちのフレーム」、藤田晴央「乳白の空から」、たかとう匡子「うまくいかない」

2019-03-29 09:11:51 | 詩(雑誌・同人誌)
田中庸介「気持ちのフレーム」、藤田晴央「乳白の空から」、たかとう匡子「うまくいかない」(「交野が原」86、2019年04月01日発行)

 田中庸介「気持ちのフレーム」の一連目。

おだやかに青い海が揺れる一月の港に、
どこからか口笛が聞こえてくる。
ここは瀬戸内海、船着場に
午後の陽ざしが明るい。

 あれっ、田中って、こういうことばづかいだったかな? よく思い出せない。何か違ったひとのことばを読んでいる気持ちになる。
 私には私の「気持ちのフレーム」があって、フレームから少し違うところに田中がいるのか、田中がフレームごとどこか違う世界へ行ったのか。

黄色いチェーンが黄色いポールに掛かっている。
ああ、気の毒なことが多い季節だった。

 目が悪い私は「ポール」を「ボール」と読み違え、あ、ここはいいなあ、と思った。船をつなぐチェーンが水面に触れている。そこにボールが流れ着いて引っかかっている。こういう光景は見たことがある。でも、私はことばにしたことがない。だれかのことばで読んだ記憶もない。だから、それを「フレーム」のなかに取り込むことに、ちょっと感激した。あ、この風景、見たことがあるぞ。あれは、こういうことばにすればよかったのか、と。この感覚が、私の覚えている田中。
 でも、それについて書こうとしてワープロに向かっていると。
 あ、「ボール」ではなく「ポール」か。
 また、気持ちがずれてしまった。

 しかし、最終連は、好きだ。

防波堤の間に船は現れる。ぐんぐんと
水面を滑って。口笛の緑の青年が
ちりちりちりちりと自転車を押してきて、
気持ちのフレームに今ま、きっちりと収まった。

 「防波堤の間に」の「間」が、それこそ「フレーム」になって、風景が引き締まる。そのあとの「ぐんくん」がのびやかでとてもいい。「ちりちりちりちりと自転車を押してきて、」の「ちりちりちりちり」もいいなあ。田中がオノマトペを駆使していたという記憶はないが、こういう「ことば以前」ののびやかな響きとリズムがなつかしい。
 最終連で、田中が「フレーム」にきっちりと収まった、という感じ。



 藤田晴央「乳白の空から」は、二連目が美しい。

鴨だろうか
雁だろうか
見きわめかねているうちに
鳥は また
乳白の空に 隠れるように入っていった
もうひとつの世界から
あやまって出てきて
あやまちに気づいたように
もうひとつの世界に戻っていった

 これが、降り出した雪を描写したあと、こんなふうに言いなおされる。

鳥も
鳥も
わたしの知らない
もうひとつの世界からあらわれる

あなたも
そのようにあらわれた
願わくば
鳥のようにではなく
雪のように
わたしをつつんで
降り積もってほしい
あなたも わたしも
この世にあらわれたのは
あやまちではないのだから

 美しい重ね書きだ。美しすぎるかもしれない。
 一方で、「あらわれ」が「あやまち」であってもいいようにも思う。「あやまち」がなければ、ひとは自分の「あやまち」に気がつくことはできないのだから。「あやまち」を教えてくれる「あやまち」。そういうものがあってもいいと思う。こういう詩を読んでいると、なんとなく、そういいたくなる。



 たかとう匡子「うまくいかない」。

喫茶店の片隅で女同士のかん高い声
待ち人来らず
そのひとことをわたしの耳が拾った
なぜかそのままこびりついてしまったその言葉

面白半分ひまつぶしに繰り返し早口で言ってみたら
舌噛んだ
しこたま

たかとうもまたひとを待っていたのか、それとも「待ち人来らず」ということばをまっていたのか。よくわからないが、こういう「フレーム」のズレから動き出すことばのほうが、きょうは気持ちがいい。
 これがきょうの私の「フレーム」なのだろう。

 



*

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池澤夏樹のカヴァフィス(100)

2019-03-29 00:00:00 | 池澤夏樹「カヴァフィス全詩」
100  デマラトス

 スパルタの王・デマラトスは王座を奪われペルシャにつかえた。ペルシャがギリシャを攻めたとき同行したが、ペルシャは敗れた。そのときの思いを書いている。ただし、カヴァフィスはそれを「心理」とは書かずに、

デマラトスの性格という主題--

 と「性格」と定義している。
 ギリシャの勝利、ペルシャの敗北を目にした最終蓮。

さまざまな思慮と用心を重ね、ために
デマラトスの日々は懊悩に満ちた。
さまざまな思慮と用心を重ね、ために
デマラトスには一瞬の喜びもなかった。
だからその時に彼が感じたものも喜びではない、
(違うのだ、彼は決して喜びとは認めまい
なぜ喜びなのか? 彼の不運は限りないのに)、
勝利を得るのがギリシャ勢の方であることが
次第に明らかになったその時でさえ。

 喜んでいいのか、喜んではいけないのか。この問題を「性格」と呼んでいる。たしかにここから「性格」が生まれてくるのだろう。
 しかし、そういうことよりも不思議なのは「喜びではない」「喜びとは認めまい」と否定のことばが重なると、逆に「喜び」のこころが浮かび上がってくる。「さまざまな思慮と用心を重ね、ために」の繰り返し、特に「ために」という「論理」の繰り返しが、おさえてもおさえてもおさえきれない「本能」があることを教えてくれる。
 こころはいつでもこころを裏切る。「意志」を「本心」が裏切るといえばいいのか。そして、そう読むとき、これはカヴァフィスの恋そのものに通じるこころと読むことができる。「理性」では何をしなければいけないのかわかっているのに、「本能」はそれを裏切り続ける。

 池澤は、こう書いている。

ギリシャは捨てたとは言え祖国であり、ギリシャ側の勝利に対する心理的反応は微妙だった筈で、この詩の最後の部分はいわば深層心理の喜びを示唆している。





カヴァフィス全詩
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