詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

藤井晴美『無効なコーピング』

2019-03-27 10:00:11 | 詩集
藤井晴美『無効なコーピング』(七月堂、2019年02月28日発行)

 藤井晴美『無効なコーピング』のなかに、

何かわかんないというのがすべての詩についてのぼくの感想です。

 という一行がある。「ナイロンパンツ」という作品。藤井の詩もまた「何かわかんない」ものなんだけれどなあ。
 たとえば「液体化する舌」

のおれーはしやおれ。
脳 礼 発射 カフェオレ ナイロン フラスコ
青春病院

現実化しにくい女の舌。
惑星直列のように一致していた。
最早、死者の鋳物。
ある解の徴候。

それらしい私、
だんだんそうなっていく、
生まれてから徐々に、
私が私のように。
のおれーはしやおれ。

 これは後半部分。前半の散文スタイルの部分よりも一字下げになっている。
 何のことかわからない。わからないけれど「のおれーはしやおれ。」という一行に「脳 礼 発射 カフェオレ ナイロン フラスコ」がつづくところがおもしろい。「音」を「意味」に言いなおしている感じがする。
 ことばというのは、たいていそういうものなんだろうと思う。「音」がある。それを「意味」でとらえなおす。「音(声)」は違うことをいいたいのかもしれない。でも、あるひとが言いたいこと(あるいは自分自身が言いたいこと)と、それを聞いたひとが聞きたいこと(自分自身で聞きたいこと)は違うかもしれない。違いを抱えたまま、それでも「ことば(音)」は存在する。
 「青春病院」を「精神病院」と読む(聞く)ひとがいるかもしれない。「精神病院」を「青春病院」と聞く(読む)ひとがいるかもしれない。あるいは、そう「言う」ひとがいるかもしれない。
 どの場合でも、「ずれ」(裂け目)みたいなものが感じられる。妙なことに、そのときの「ずれ」とか「裂け目」はどこかで「接続」(連続)の意識を揺さぶる。「切断」されることで、自分が何とつながっているかが、瞬間的に感じられる。
 それって、

ある解の徴候。

 かもしれないと思うのは、もう、間違いのはじまりなんだけれど。
 でも、間違えるから、生きていられるんだろうなあ。
 「正しい答え」なんて、どうしようもない。「1+1=2」というようなことは、誰もが言えるし、誰もが言うとき(共有されるとき)、とんでもない暴力になるかもしれない。
 そういうわけのわからない暴力(意味の暴力/ことばの暴力)に、ことばの暴力で向き合っている、と言えるかもしれない。

 でも、こんなふうに書いていると「だんだん」、それなりの「感想」らしくなってくるから、困る。
 藤井は私の「感想」を捨て去って、さっさと次の詩を書くだけだろうけれど。
 つまり、「困る」のは、単に私の問題。

 「困る」瞬間、実は、私は好きです。困ることが。「困り続ける」を持ちこたえればいいのだけれど。たいてい面倒になってほうりだしてしまうけれど。




*

「高橋睦郎『つい昨日のこと』を読む」を発行しました。314ページ。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168074804
↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑
ここをクリックして2500円(送料、別途注文部数によって変更になります)の表示の下の「製本のご注文はこちら」のボタンをクリックしてください。
なお、私あてに直接お申し込みいただければ、送料は私が負担します。ご連絡ください。



「詩はどこにあるか」2019年1月の詩の批評を一冊にまとめました。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168075286


オンデマンド形式です。一般書店では注文できません。
注文してから1週間程度でお手許にとどきます。



以下の本もオンデマンドで発売中です。

(1)詩集『誤読』100ページ。1500円(送料別)
嵯峨信之の詩集『時刻表』を批評するという形式で詩を書いています。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168072512

(2)評論『中井久夫訳「カヴァフィス全詩集」を読む』396ページ。2500円(送料別)
読売文学賞(翻訳)受賞の中井の訳の魅力を、全編にわたって紹介。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168073009

(3)評論『ことばと沈黙、沈黙と音楽』190ページ。2000円(送料別)
『聴くと聞こえる』についての批評をまとめたものです。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168073455

(4)評論『天皇の悲鳴』72ページ。1000円(送料別)
2016年の「象徴としての務め」メッセージにこめられた天皇の真意と、安倍政権の攻防を描く。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168072977





問い合わせ先 yachisyuso@gmail.com
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

池澤夏樹のカヴァフィス(98)

2019-03-27 08:45:33 | 池澤夏樹「カヴァフィス全詩」
98 アレクサンドロス・バラスの寵児

戦車の輻が折れたからあのつまらぬ競走で
勝てなかったなどと言うつもりは毛頭ない。
今宵は良い葡萄酒と美しい薔薇のさなかに
過すとしよう。アンティオキアはわたしのものだ。
わたしは町で最ももてはやされる若者。
わたしはバラスの弱み、彼の寵愛の的。
明日、みんなは競走が公正でなかったと言うだろう。
(もしもわたしが無粋にもひそかにそう言いはれば、
あの追従屋どもは片輪の戦車を一位にもしたはずだ)。

 「言う」が三回出てくる。この変化がおもしろい。「言うつもりはない」。だが、だれかが忖度(?)して「言うだろう」。そのあとに「ひそかに言いはれば」がやってくる。「わたし」は、公には言わない。けれど「ひそかに」言う。そうすると、まわりの人間が「公に」言う。「ひそかに」だから、いつでも「そんなことは言っていない」と言い張ることができる。「公に」した人間が、「〇〇がそう言っていた」と秘密を言うわけにはいかない。そういうことを、この詩の主人公は知っている。
 池澤は、

 君主の寵愛を受けた若者が、それゆえに集まる連中の阿諛をむしろシニックに受け流している。

 と書いているが、「受け流している」かどうかは疑問だ。むしろ巧みに利用することを知っている。そして、それを楽しんでいるように見える。
 この若者は「戦車の輻が折れたからあのつまらぬ競走で/勝てなかった」とは言わない。絶対に言わない。けれど「戦車の輻が折れたからあのつまらぬ競走で/勝てなかったなどと言うつもりは毛頭ない」とは言うのだ。これが「ひそかに」のほんとうの意味だ。「否定形」をつかって他人を動かすことを知っている。
 「わたしはバラスの弱み、彼の寵愛の的」と言うとき、主人公は「バラスはわたしのもの」と言っていることになる。「わたし」が何も言わなくても、バラスが「戦車の輻が折れた」と一言言えば、それがすべてを動かすということも知っている。そして「ことば」は「声」に出さなくても、ひとには聞こえるものである。
 カヴァフィスは「声」に出されなかった「声」を聞き取り、ことばにできる耳を持っている。







カヴァフィス全詩
クリエーター情報なし
書肆山田


「高橋睦郎『つい昨日のこと』を読む」を発行しました。314ページ。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168074804
↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑
ここをクリックして2500円(送料、別途注文部数によって変更になります)の表示の下の「製本のご注文はこちら」のボタンをクリックしてください。

オンデマンド形式です。一般書店では注文できません。
注文してから1週間程度でお手許にとどきます。



以下の本もオンデマンドで発売中です。

評論『中井久夫訳「カヴァフィス全詩集」を読む』396ページ。2500円(送料別)
読売文学賞(翻訳)受賞の中井の訳の魅力を、全編にわたって紹介。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168073009

評論『ことばと沈黙、沈黙と音楽』190ページ。2000円(送料別)
『聴くと聞こえる』についての批評をまとめたものです。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168073455

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする