阪井達生『雨の日のポトフ』(澪標、2019年01月31日発行)
阪井達生『雨の日のポトフ』に「小骨屋」という作品がある。
小骨は何かが喉を通過できず 引っかかってできるもの その小
骨を 大学の偉い先生に鑑定してもらったところ 先生は「この骨
は言葉の結晶だ」と 言葉だよ 難しいことはうまくいえないが
面と向かっていえない言葉 言ってもすぐ戻されてくる言葉なんか
は よく喉に引っかかると 先生はおっしゃる 数年も喉にあれば
結晶化して 骨になる
「面と向かっていえない言葉」はすぐわかる。しかし「言ってもすぐ戻されてくる言葉」は意表をつかれた感じがする。そうか、言っても戻ってくることばか。たしかに、そういうものはあるなあ、と思い当たる。
阪井はとても理性的なひとなのだろう。
次の部分も、人間観察がこまかい。
骨がとれる
と言葉が一気に出てくるはずだが この商売を永くやっているが
そんな人はまずいない 言葉はなかなかでてこない 人の体は単純
ではない 体が先におぼえているものだ 人は小骨を取ると なぜ
か また小骨を欲しがる そのほうが楽だから 人とはそんなもの
「体が先におぼえている」がきびしくて、やさしい。
詩集は三部に分かれていて、二部に夫婦のことが書いてある。それは「小骨」のようなものである。詩の形で、そっと取り出されている。「面と向かっていえない言葉 言ってもすぐ戻されてくる言葉」なのか。それは読むひと次第だろう。
たしかなことは、そのことばが詩に結晶するまでには、長い時間がかかった。
その時間を、「体が」「おぼえている」。「体」の声を聞く詩集だ。
そのなかの一篇。「ジャムのふた」の全行。
朝の食卓には
不思議な
ジャムがある
ジャムのふたが硬くてあけられない
妻も知っていて
「あけて」とも言わない
ビンには
感情という 大波に練りこまれた
夫婦の会話が詰まっている
無理にふたをあけるには勇気がいる
つらさを追体験する覚悟がいる
毎日 焼きたての
クロワッサンがあるのに
二人は自分から先に
ジャムのふたに
手を触れることはない
*
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