詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

松川穂波『水平線はここにある』

2019-03-12 12:43:37 | 池澤夏樹「カヴァフィス全詩」
松川穂波『水平線はここにある』(思潮社、2018年09月25日発行)

 松川穂波『水平線はここにある』の「禁漁区」。

きのうの空は雲が多すぎた
鳥は空を脱ぎながら飛ぶんだ
飛べない鳥はどうするんだ
それは鳥に聞いてくれ

 リズムが心地よい。詩は、リズムだと思う。

なんでテニスのラケットなんか持ってるんだ
これで鳥をつかまえる
バカ おまえがつかまるぞ
羽毛一枚残して 突然消える
はは 魔術だな
なけなしの主題です

 「バカ」から「魔術だな」までは、つまらない。リズムしかないからだ。そうしてみると、詩はむずかしい。リズムがいちばんだけれど、それだけではことばはおもしろくない。
 「なけなしの主題です」は「鳥は空を脱ぎながら飛ぶんだ」へかえっていく。
 この転換は好きなんだけれど。

おまえが見たのは鳥ではないな
鳥さ あれが鳥なんだ 何もかも鳥さ 鳥なんてどこにもいないのさ

 で、これが「主題」だと私は「誤読」する。
 「魔術」が詩を壊しているな、と感じる。「魔術」と言い出したら、ことばは必要なくなる。

 「岩場で」は二つの詩で構成されている。そのうちの「海」。

潮だまりは置き去りにされた小さな海だ
底にはささやかな海藻を育て
風が吹くと律儀にさざ波をたてる
海のまぎわに暮らしながら
海の帰る日を待つ
海へ帰る日を拒む

 最後の二行の対構造が詩をくすぐる。矛盾が、その矛盾の瞬間、疑問にかわり、それが詩になるのだろう。
 三行目の「律儀」は松川の「人柄」をあらわしたことばかもしれない。

 「陸橋悲歌」には「藤安和子さんの思い出」という副題がついている。

階段をのぼっておりて
ただちに忘れ去るのが
陸橋の作法というもの
それはどこか日々の言葉に似ているが
時としてわたしは振り返る
あのささやかな高み
あなたとお別れした陸橋を

 「陸橋の作法」は、いいことばだな、と思う。

また逢ってください
もちろんよ

 こんなふうに会話を思い出すのところに、「作法の律儀」さを感じる。




*

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水平線はここにある
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池澤夏樹のカヴァフィス(83)

2019-03-12 10:52:45 | 池澤夏樹「カヴァフィス全詩」
83 その家の外

昨日、町はずれの一郭を歩いていて
一軒の家の前を通りすぎた。
そこは若かった頃に何度も通ったところ。

 池澤は、こう書いている。

 触発型の追憶の例だが、ここに描かれた現象は追憶よりもはるかにダイナミックな目くるめくものである。

 書き出しではなく、二連目、三連目の「内容」について、そう言っているのだと思うが、私がこの詩で注目するのは、何よりも「昨日」である。「今日」ではない。もちろん「昨日」が「昨晩」であったために、日付がかわってしまったので「昨日」になったということもあるだろうが、たぶん、そうではない。
 この詩では、追憶を追憶した、ということが書かれている。いまはやりのことばで言えば「メタ化」されている。「メタ化」しないではいられない、そのおさえきれない感情。それが「昨日」という書き出しにあらわれている。
 二連目にも

そして昨日、
その古い道を通りすぎようとした時、

 と繰り返される。
 そして三連目。

その場に立って門を見ていると、
立ち去りかねてその家の外に立っていると、
わたしの全存在は身の内にしまってあった
快楽の感動に輝きわたった。

 池澤の言う「ダイナミック」が最後の二行に結晶している。しかし、私はやはりその二行よりも、

立ち去りかねてその家の外に立っていると、

 「立つ」ということばが重複する(ギリシャ語でも同じかどうかは知らない)部分に、「昨日」に似た感情の動きを感じ、「肉体」をつかまれてしまう。




カヴァフィス全詩
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