84 隣のテーブル
と始まる詩に、池澤は、こう書く。
「論理の記憶とは異なって官能の記憶には脈絡がない」という文章に、私は考え込んでしまった。論理に記憶というものがあるのだろうか。論理というのは「記憶」のためにあるのではないか。何かを記憶するために論理をつかう。体験を(現実を)論理に整え、未来へ動かしていくために記憶がつかわれる。記憶しなくていいものは論理を必要としない。
官能の記憶には脈絡がない、というのもよくわからない。官能には「いま」があるだけで、記憶というものはない。そのつど生まれてくるもの、けっして自分の好みを間違えることがない(記憶に頼って行動する必要がない)ものではないだろうか。
「肉体の型」の問題ではなく、「肉体の動き」の問題だろう。「型」は変わるが、「動き」の根本は変らない。一度泳いだ人間は何歳になっても泳げる。一度自転車に乗った人間は長い間乗っていなくても乗れる。
カヴァフィスは三連目で、こう書いている。
「それがどこだったか思い出さなければ」とは言ってみただけのこと。思い出せなくても関係がない。「思い出」に意味はない。肉体(官能)は一度体験したことは忘れない。
一連目に「その同じ身体を楽しんだおぼえがある。」とあるが、「おぼえがある」とは、いま官能が反応して動いているということだろう。官能は「いま」を生きている。だから、「それがどこだったか」というのは、どうでもいいことだ。官能には「いま/ここ」しかない。
「ここ」は「隣のテーブル」だ。
だから「既視感」ではなくて、「いま」「ここ」で、カヴァフィスの「官能」はセックスをしているのだ。
「高橋睦郎『つい昨日のこと』を読む」を発行しました。314ページ。
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見たところはやっと二十歳くらい。
だがわたしはちょうどそれだけの歳月の昔に
その同じ身体を楽しんだおぼえがある。
と始まる詩に、池澤は、こう書く。
二十年の歳月をへだてて昔日の恋人と同じ「身体」に出会う。主人公にはそれが同じであるという確信があり、衣服の下までが歴然と目に映じる。/しかしこれは既視感ではなく、肉体の型の分類の問題に属するのではないだろうか。論理の記憶とは異なって官能の記憶には脈絡がない。
「論理の記憶とは異なって官能の記憶には脈絡がない」という文章に、私は考え込んでしまった。論理に記憶というものがあるのだろうか。論理というのは「記憶」のためにあるのではないか。何かを記憶するために論理をつかう。体験を(現実を)論理に整え、未来へ動かしていくために記憶がつかわれる。記憶しなくていいものは論理を必要としない。
官能の記憶には脈絡がない、というのもよくわからない。官能には「いま」があるだけで、記憶というものはない。そのつど生まれてくるもの、けっして自分の好みを間違えることがない(記憶に頼って行動する必要がない)ものではないだろうか。
「肉体の型」の問題ではなく、「肉体の動き」の問題だろう。「型」は変わるが、「動き」の根本は変らない。一度泳いだ人間は何歳になっても泳げる。一度自転車に乗った人間は長い間乗っていなくても乗れる。
カヴァフィスは三連目で、こう書いている。
それがどこだったか思い出さなければ--この記憶の欠落に意味はない。
「それがどこだったか思い出さなければ」とは言ってみただけのこと。思い出せなくても関係がない。「思い出」に意味はない。肉体(官能)は一度体験したことは忘れない。
一連目に「その同じ身体を楽しんだおぼえがある。」とあるが、「おぼえがある」とは、いま官能が反応して動いているということだろう。官能は「いま」を生きている。だから、「それがどこだったか」というのは、どうでもいいことだ。官能には「いま/ここ」しかない。
「ここ」は「隣のテーブル」だ。
だから「既視感」ではなくて、「いま」「ここ」で、カヴァフィスの「官能」はセックスをしているのだ。
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書肆山田 |
「高橋睦郎『つい昨日のこと』を読む」を発行しました。314ページ。
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評論『中井久夫訳「カヴァフィス全詩集」を読む』396ページ。2500円(送料別)
読売文学賞(翻訳)受賞の中井の訳の魅力を、全編にわたって紹介。
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評論『ことばと沈黙、沈黙と音楽』190ページ。2000円(送料別)
『聴くと聞こえる』についての批評をまとめたものです。
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