詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

田島安江「森の匂い」

2019-03-16 09:14:58 | 詩(雑誌・同人誌)
田島安江「森の匂い」(「蝸牛」61、2019年01月20日発行)

 田島安江「森の匂い」のなかほど。

朝からずっと聴いていた音楽が逃げていき
友だちが死んだ
行き場のなくなった音が光に包まれる
彼女と遊んだ森
木漏れ日の中にいるとわからなくなる
わたしは彼女が好きではなかった
気がする
気がするだけかもしれない

彼女が死んでわからないことばかりが残った
世界はいつだってそうだ
思い出なんて一瞬のうちに消えてなくなる
さあ、ここに座って
何も考えず、そっと息をはいて
そう世界はいつも眼の前にある

 「わからなくなる」「わからない」と繰り返される。その途中に「気がする/気がするだけかもしれない」が差し挟まれる。「気がする/気がするだけかもしれない」の直接の対象は「わたしは彼女を好きではなかった」かどうかだが、「わからない」という「気がする/気がするだけかもしれない」という具合に読んでみたい。
 あるいは、むしろ「わかった」ということかもしれないし、それ以上かもしれない。つまり、田島は「わかっている」。

世界はいつだってそう

 こういう断定は「わかっている」人間だけができる。「わからない」「気がする/気がするだけ」と揺れていたら断定はできない。
 でも、何が「わかっている」? 「世界はいつだってそう」というのは、どういうこと?
 田島は言いなおしている。

そう世界はいつも眼の前にある

 「ある」ということが「世界」なのだ。それで、おしまい。
 しかし、そう簡単に「ある」と言われても、私なんかは、困ってしまう。
 そういう「苦情」を書きたいのだが、今回は書けない。「そう世界はいつも眼の前にある」の直前の二行がおもしろい。

さあ、ここに座って
何も考えず、そっと息をはいて

 突然、読点「、」が出てくる。呼吸を整えている。その息づかいが、おもしろい。そうか、田島は「呼吸する」ことで「世界」と行き来しているのか。
 呼吸を通して、目の前に「ある」世界は田島の「肉体」のなかとつながる。

急がなければ日が暮れるよ
光が消えるまでにたどり着かなければ
いつのまにか先回りした鹿の長く伸びた影が
わたしの手首をギュッとつかみ
森の匂いをなすりつけてくる

 最終行の「匂い」は呼吸をとおして田島の肉体に入ってきた世界を言いなおしたものだ。田島は「ことば派」の詩人ではなく、「肉体派」の詩人なんだなあ、と改めて思った。





*

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池澤夏樹のカヴァフィス(87)

2019-03-16 08:39:15 | 池澤夏樹「カヴァフィス全詩」
87 ヘブライの民の

 ギリシャの官能の美にとりつかれた美貌の青年が「聖なるへブライの民の息子に戻る」ことを誓う。

まことに熱烈なる彼の宣言。《永遠にとどまらん
ヘブライの、聖なるヘブライの民の--》

しかし彼は全然とどまりはしなかった。
アレクサンドリアの快楽主義と技術の
忠実な息子で彼はあったのだ。

 池澤が訳している「技術」とはなんのことだろうか。このまま読むと「快楽の技術」という感じがするが、そういうときは「技術」かなあ。「技巧」かなあ。それとも、また別の意味なのだろうか。
 ヘブライの青年なのだが、

ヘブライの、聖なるヘブライの民の--》

 この一行の、「ヘブライ」の繰り返しは、いかにもカヴァフィスらしい感じがする。繰り返しの音、響きが官能をくすぐる。

 池澤の註釈。

誘惑と抵抗の問題はしばしばカヴァフィスの作品にあらわれるが、このような諧謔味を含む詩は珍しい。

 アレクサンドリア(ヘレニズム)の快楽主義を逃れることはできない、と指摘することが「諧謔」なのかどうか、私にはわからない。
 むしろ「誇り」と思って、私は読んだ。

 また池澤の註釈に、こういう文章がある。

 紀元五〇年という年号はクラウディウス帝の治世にアレクサンドリアで起こった反ユダヤ暴動のすぐ後を示している。

 詩のなかには「アレクサンドリア」と「ヘブライ」ということばしかない。「紀元五〇年」という「時代」の特定は、何を意味しているのだろうか。



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