詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

岡野絵里子「病室」

2019-03-09 10:01:23 | 詩(雑誌・同人誌)
岡野絵里子「病室」(「彼方」3、2019年02月28日発行)

 岡野絵里子「病室」は死んでいく伯母を描いている。

夜の深さは忘れられる
眠る伯母の病室は夜のはずれにあった

 「夜のはずれ」ということばが強く響く。時には「中心」よりも「はずれ」の方が意識を引っ張る。

伯母の気配は淡い灯りとなって瞬き
遠ざかって行こうとする
残された身体は透き通り
空洞を震わせて
何かを奏で始めいた


だろうか?

 理詰めすぎて、私は、ここで少しいやな気持ちになったのだが、そのあとのことばがとても美しい。

いや
それはかつて
彼女が家族と暮らした土地の
明るい林の音 に聞こえる
木立が枝を差し伸べて
生きる時間に触れていた音

 「歌」ではない。「音楽」ではない。「歌」や「音楽」になるまえの「音」をつかみとっている。武満徹の耳のようだ。「音」を「歌」や「音楽」に変えていくのは、それを聞いた人であって、作曲家ではない。
 それは前の連の「淡い灯りとなって瞬き」の「瞬き」のようでもある。

  陽を浴びて葉々がそよぐ
  あふれる光の下を
  若い母親と子どもが手をつないで歩いて行く

 これは「情景」であり、視覚でとらえる世界だが、なぜか「音楽」が聞こえる。「音」が聞こえる。「音」ということばをつかっていないのに。
 詩の不思議さを感じる。


*

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池澤夏樹のカヴァフィス(80)

2019-03-09 00:00:00 | 池澤夏樹「カヴァフィス全詩」
80 港に

 「香水の商売を習得しようと」としていた青年が、シリアの港に着いたとたん死んでしまった。「死の数時間前に彼はかすかな声で」

言った、「家族が」とか、「とても老いた両親が」とか。
しかし彼の両親が誰かを知る者はいなかったし、
彼の故郷が広い汎ヘレネス圏のどこかもわからない。
それでよかったのだ。なぜならば
この港にこうして彼のむくろは埋められていても
親たちはずっと彼が生きていると希望をつなげるから。

 池澤の註釈。

 不幸を知らないうちは人は不幸ではない(知らせがないのはよい知らせ)というテーマはどうしても知らぬが仏という皮肉な調子を帯びがちだが、この詩の最終行に皮肉を込めるつもりが詩人にあったか否か。

 うーん、池澤は、どう感じたのだろうか。
 私は、最終行の「予定調和」のような部分は、カヴァフィスの「ギリシャの慣用句」だと思う。
 私は

言った、「家族が」とか、「とても老いた両親が」とか。
しかし彼の両親が誰かを知る者はいなかったし、

 の対比が好きだ。「彼の両親が誰かを知る者はいなかった」は「彼の故郷が広い汎ヘレネス圏のどこかもわからない」と引き継がれていく。つまり、誰も彼のことを知らない。しかし、青年が「家族が」とか、「とても老いた両親が」とか、言ったということは聞き取れた。何も知らなくても「聞き取る」ことのできることばがある。それが「かすかな声」であっても。
 ここに人間の不思議さがある。
 ほんとうはぜんぜん違うことばを言ったかもしれない。けれど、人は「意味」を受け止めながら「声」を整え、そのうえで「聞き取る」。
 ここに詩がある。
 詩人が言っていることは、まったく別のことかもしれない。けれど、人はそのことばから「自分の意味」を「聞き取る」。


カヴァフィス全詩
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