洞口英夫『流星は魂の白い涙』(思潮社、2020年04月20日発行)
洞口英夫『流星は魂の白い涙』の「青空」。
洞口には「もうひとりの私」を求める詩が多い。この詩も、それにつながる。ただし、この詩では「もうひとりの私」の象徴となっているのが「穴」である。
「ありったけの郷愁をこめて」と書くのは、その「穴」の向こう側に「いた」私こそがほんとうの私(もうひとりの私)だからである。
「穴」は「消えている」と洞口は書くが、「穴」とはもともと何もないものである。(たとえば、「穴」に水がたまれば「池」になる。)何もないからこそ、そこには何かが「あった」と考えることができる。
「青空」の「青」は何だろうか。「魂」という作品がある。
「青空」は真昼の空だろう。それに対して、ここでは「夜明けの青闇」。「青」は洞口にとっては特別な色である。「ここを透って」の「透る」は、一種の「当て字」である。「透明」は遮るものがない。だから「通る」ことができる。不可能が可能になる。母から生まれるのではなく、母の肉体のなかへ帰っていくことさえできる。その「透」に通じるのが「青」である。
最初の詩にもどってみる。そして「青」を省略してみる。「魂」でも同じことをしてみる。
「青」がなくても同じことを書いているように見える。しかし「青」がないと印象が違う。その違いから、「青」にこそ「意味」がある、ということがわかる。「青」を書きたくて、洞口は詩を書いている。それは「透明」である。どこへでも通じる。「いま/ここ」ではないどこか(過去)が通じることを「郷愁」と呼んでいる。郷愁が郷愁であるためには「青」、「透明な青」が必要なのである。
洞口が、そうした世界をのぞむのはなぜだろう。「透明」とは逆の世界がある。たとえば「熊」。
ここには不透明な「和解」がある。自分自身との「和解」である。
これをさらに追い詰めて。
「今の自分」を、もっと「自分の肉体」にひきつけて書いたものに「自灯明」がある。電車に乗り遅れて、線路を歩く。灯はない。
「青/透明」とは逆にある「闇」。それは「肉体」のなかにあるのか。しかし「肉体」のなかの「闇」は何かしらの「光」をもっている。いのちが動いている。その熱が発する光かもしれない。それは「肉体」からはみだして、自分をつつむ。
「透明」を捨てて、この「自分のなかからはみだしてくる一メートルの光」を書いた方が、おもしろいと思う。それは「青空」のように、他人を郷愁にかりたてるということはないだろうが、読者を「手さぐり」に誘い込む。
「自分が/感じられる/はんい」の明るさ、つまり、他人には見えない「明るさ」こそが、洞口自身なのだと思う。
*
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洞口英夫『流星は魂の白い涙』の「青空」。
ありったけの郷愁をこめて
自分が落ちたあたりの青空を見る
青空で
自分が落ちた破け穴は
消えているが
ありったけの郷愁をこめて
青空を見る
自分が落ちたあたりの
青空を見る
洞口には「もうひとりの私」を求める詩が多い。この詩も、それにつながる。ただし、この詩では「もうひとりの私」の象徴となっているのが「穴」である。
「ありったけの郷愁をこめて」と書くのは、その「穴」の向こう側に「いた」私こそがほんとうの私(もうひとりの私)だからである。
「穴」は「消えている」と洞口は書くが、「穴」とはもともと何もないものである。(たとえば、「穴」に水がたまれば「池」になる。)何もないからこそ、そこには何かが「あった」と考えることができる。
「青空」の「青」は何だろうか。「魂」という作品がある。
夜明けの
青闇が
夜明けの青闇が
なぜこんなに
哀切なのか
郷愁を覚えるのか
私は
ここを透って
母の中に
はいった
「青空」は真昼の空だろう。それに対して、ここでは「夜明けの青闇」。「青」は洞口にとっては特別な色である。「ここを透って」の「透る」は、一種の「当て字」である。「透明」は遮るものがない。だから「通る」ことができる。不可能が可能になる。母から生まれるのではなく、母の肉体のなかへ帰っていくことさえできる。その「透」に通じるのが「青」である。
最初の詩にもどってみる。そして「青」を省略してみる。「魂」でも同じことをしてみる。
ありったけの郷愁をこめて
自分が落ちたあたりの空を見る
夜明けの闇が
なぜこんなに
哀切なのか
郷愁を覚えるのか
「青」がなくても同じことを書いているように見える。しかし「青」がないと印象が違う。その違いから、「青」にこそ「意味」がある、ということがわかる。「青」を書きたくて、洞口は詩を書いている。それは「透明」である。どこへでも通じる。「いま/ここ」ではないどこか(過去)が通じることを「郷愁」と呼んでいる。郷愁が郷愁であるためには「青」、「透明な青」が必要なのである。
洞口が、そうした世界をのぞむのはなぜだろう。「透明」とは逆の世界がある。たとえば「熊」。
自分がかつての自分で
なくなっている姿が
いまの自分なのだとおもう
檻のなかの熊のように
ここには不透明な「和解」がある。自分自身との「和解」である。
これをさらに追い詰めて。
「今の自分」を、もっと「自分の肉体」にひきつけて書いたものに「自灯明」がある。電車に乗り遅れて、線路を歩く。灯はない。
自分の身辺一メートルしか見えない
それは自分の明りというか
自分の眼が感じられる
明るさのはんいが
一メートルだったのかもしれません
「青/透明」とは逆にある「闇」。それは「肉体」のなかにあるのか。しかし「肉体」のなかの「闇」は何かしらの「光」をもっている。いのちが動いている。その熱が発する光かもしれない。それは「肉体」からはみだして、自分をつつむ。
「透明」を捨てて、この「自分のなかからはみだしてくる一メートルの光」を書いた方が、おもしろいと思う。それは「青空」のように、他人を郷愁にかりたてるということはないだろうが、読者を「手さぐり」に誘い込む。
「自分が/感じられる/はんい」の明るさ、つまり、他人には見えない「明るさ」こそが、洞口自身なのだと思う。
*
評論『池澤夏樹訳「カヴァフィス全詩」を読む』を一冊にまとめました。314ページ、2500円。(送料別)
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「詩はどこにあるか」2020年1月の詩の批評を一冊にまとめました。
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(バックナンバーについては、谷内までお問い合わせください。)
オンデマンド形式です。一般書店では注文できません。
注文してから1週間程度でお手許にとどきます。
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以下の本もオンデマンドで発売中です。
(1)詩集『誤読』100ページ。1500円(送料別)
嵯峨信之の詩集『時刻表』を批評するという形式で詩を書いています。
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(2)評論『中井久夫訳「カヴァフィス全詩集」を読む』396ページ。2500円(送料別)
読売文学賞(翻訳)受賞の中井の訳の魅力を、全編にわたって紹介。
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(3)評論『高橋睦郎「つい昨日のこと」を読む』314ページ。2500円(送料別)
2018年の話題の詩集の全編を批評しています。
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(4)評論『ことばと沈黙、沈黙と音楽』190ページ。2000円(送料別)
『聴くと聞こえる』についての批評をまとめたものです。
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(5)評論『天皇の悲鳴』72ページ。1000円(送料別)
2016年の「象徴としての務め」メッセージにこめられた天皇の真意と、安倍政権の攻防を描く。
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