詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

ジュリアス・オナー監督「ルース・エドガー」(★★+★)

2020-06-13 16:47:01 | 映画
ジュリアス・オナー監督「ルース・エドガー」(★★+★)

監督 ジュリアス・オナー 出演 ナオミ・ワッツ、ティム・ロス、ケルヴィン・ハリソンJr

 ナオミ・ワッツとティム・ロスが夫婦というのは、あり得ない。私は、そう思うのだが、この「思い込み」は「偏見/先入観」である。「偏見/先入観」がテーマである映画を、私は「偏見/先入観」をかかえたまま見に行くのである。
 なぜ、ナオミ・ワッツとティム・ロスが夫婦が夫婦であってはいけないのか。
 ナオミ・ワッツは「透明」である。ティム・ロスは「不透明」である。そんなふたりが夫婦なら、そこで起きることは「透明/不透明」の間をゆらぎつづけ、最後はナオミ・ワッツが「不透明」になり、ティム・ロスが「透明」になるということが、あらかじめ予測できてしまうからである。
 これは「偏見/先入観」というよりも、「定型」に属する事柄である。
 映画は、この「定型」をどれだけ揺さぶることができるか。それがいちばん問題になるが、揺さぶりきれていない。もちろん、テーマがナオミ・ワッツとティム・ロスの問題ではないのだから、ナオミ・ワッツとティム・ロスの「定型」を揺さぶる必要はない、という見方もできるのではあるけれど。

 ちょっと「前置き」長くなったが。
 映画を見始めてすぐ、ぜんぜん映画らしくない、と感じる。長い間、映画を見ていないから、映画の「感触」を忘れてしまったのかと思ったが、最後まで映画を見ている気がしない。
 最後になって、クレジットで、この映画が「舞台」を脚色したものであることを知らされる。それで、はじめて納得がいく。この映画は、映画ではなく、「舞台」なのだ。つまり、「肉体」よりも前に「ことば」があるのだ。ここで展開されるのは「ことば」のドラマなのだ。
 また振り出しに戻るが、ナオミ・ワッツもティム・ロスも「ことば」で演技する俳優ではない。言い直すと、「ことばの論理」を演じる役者ではない。「肉体の論理」を演じる役者である。まあ、だからこそナオミ・ワッツとティム・ロスを夫婦にしたのかもしれない。
 ドラマは、ケルヴィン・ハリソンJrと女性教師との間で展開する。その「引き金」になるのがケルヴィン・ハリソンJrの書いたエッセイというのが、「ことば」こそがこの映画のテーマであると語る。
 ケルヴィン・ハリソンJrは歴史上の人物の思想を「代弁」する主張をエッセイに書く。そのことばは、ケルヴィン・ハリソンJrの主張なのか、それとも歴史上の人物の思想なのか。その歴史上の人物というのが危険な思想の持ち主の場合、とくに、その識別がむずかしくなる。
 いったい、「だれのことば」が人間を動かしているか。
 これは非常にむずかしい。もしこのストーリーを「小説」にすると、「ことばはだれのもの」というテーマが浮かびあがりにくくなる。小説では、だれが言ったかという印象よりも、言ったことばそのものが浮かびあがる。芝居だと、つねに目の前に「ことば」を話す人間がいるので、だれが言ったかが前面に出て、「だれのことば」かという問題は背後に隠れる。だからおもしろくなる。言い直すと、「ことばの論理」より前に、いま目の前にいる人間(役者)の存在そのものを判断の基準にしてしまうという「錯誤」が舞台では起きるのだ。
 これを、そのまま映画で踏襲している。テーマにしている。
 黒人の高校生がいる。成績が優秀でスポーツもできる。ルックスもいい。私たちが彼を判断するとき、何を基準にして判断するのか。「成績(スポーツを含む)」を判断するのは、ひとりひとりの考えではない。ルックスについては「好み」があるが、それにしたって顔だちがととのっている、背が高い、太っていないというような「判断基準」は、何か個人の判断を超えたものを含む。つまり「偏見/先入観」がどこかにある。「偏見/先入観」で見てしまった「人間」を、私たちは少しずつ「修正」していく。
 ややこしいのは、この「修正」に、「社会的価値(?)」のような「基準」が作用してくることである。「社会が求める価値」に合致しているから、このひとは人間としてすばらしい、という「評価」が生まれる。ひとは「見かけ」で判断してはいけない、内面(精神、頭脳)を重視して、価値判断すべきである、というのもまた「社会的基準」なのである。「社会的理想」が「人間」に「修正」を迫るのだ。
 それは判断するひとに対する作用だけてはなく、判断されるひとについても言える。つまり、「社会的評価」に合致するように行動できるひとを社会は受け入れると判断し、それにあわせるということが起きる。
 このとき、だれが正しくて、だれが間違っている?
 もし、流通している「社会的評価」のありよう、それを支えるすべてのひとが嫌いだとしたら、ひとはどう行動できる?

 これに対する「答え」は、簡単には出せない。だから、映画は「答え」を用意していない。
 「Black lives matter」の問題を考えるとき、私たちは、この映画(戯曲)が問いかけているところまで考えないといけないのだということを指摘している。それは、とても重要な指摘だが、やはり「映画」では何か無理がある。「ことば」を「肉体」が隠してしまう部分がある。舞台でこそ、より刺戟が強烈な作品だと思った。
 「Black lives matter」が世界的風潮となっているいまではなく、それ以前に見れば、また違った感想(評価)になったかもしれないとも思うが。
(キノシネマ天神、スクリーン3、2020年06月13日)




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山﨑修平『ダンスする食う寝る』

2020-06-13 09:41:38 | 詩集


山﨑修平『ダンスする食う寝る』(思潮社、2020年05月10日発行)

 詩は、リズムだと思う。リズムが納得できれば、何が書いてあっても読むことができる。ところがリズムが納得できないと、そのことばを追い続けることができない。
 山﨑修平『ダンスする食う寝る』。詩集のタイトルで、私は立ち止まる。このリズムは読みづらい。
 同じタイトルの書き出し。

DON'T TRUST OVER THIRTY の始末に時間がかかっている冷蔵庫を買って電源を入れて何もいれないまま箱として使って平たいのっぺりした道にいつものように集まった俺らは持ち寄っていた

 私は、ここでは「平たいのっぺりした」でつまずいた。リズムが急に「ゆっくり」する。「……て……て……て」というだらだらしたリズムを考慮しても、何か「拍」が遅れた感じがする。それが「いつものように」というさらにのんびりしたことばにつながっていく。
 それに類似した、妙な感じが「ダンスする食う寝る」にはある。「DON'T TRUST OVER THIRTY 」のように突然はじまるのだが、その「突然」が維持できなくなっていく感じ。
 ただし、

ダンスする食う寝るダンスする食う寝るそしてあなたが光らせた花のしおれてゆくまでの日々のことを

 というリズムに、私は、「あっ、美しい」と思わず声を上げてしまった。
 思うに「ダンスする食う寝る」でひとつのリズムではなく「ダンスする食う寝るダンスする食う寝る」と繰り返すことでひとつのリズムになっているのだ。
 詩の中に「16ビート」ということばがでてくる。私は音楽は何もわからないので、「8ビート」と「16ビート」の違いがわからないが「ダンスする食う寝る」が「8ビート」なら「ダンスする食う寝るダンスする食う寝る」は「16ビート」だろうか。もし、そうであるなら、詩集のタイトルは「ダンスする食う寝るダンスする食う寝る」の方がよかったと思う。この詩集のリズムは「16ビート」なのだ。「8ビート」感覚で読んではいけない。そう最初から告げるべきだと思う。加速していくピートを楽しむ詩集なのだと告げておいた方がいいと思う。
 と書いた上で、さらに言えば。
 「DON'T TRUST OVER THIRTY 」という「音」が「1・1・2・2」と加速するように、「ダンスする食う寝るダンスする食う寝る」も、は繰り返すことでで加速する。加速することでリズムが強くなる。
 とはいえ。
 これは音楽音痴がかって思っていることであって、音楽(ダンス)のリズムはもっと違うのかもしれないけれど。
 山﨑の狙っているのは、「8ビート」「16ビート」のミックスしたリズムかもしれないのだけれど。

 音楽が何もわからない私が気に入ったのは、「開かれた窓」。

どうしてもこうなっていたと思うんだよね古い写真立てに写真は飾られていない
たとえば未完成の高層ビルディングを描く一人の男の話だ
貝のなまえ、海のなまえ、海岸のなまえを尋ねてあなたは贈り物を受けとる
自転車で知らないことろへ近づいて
はじめてまっすぐな道路は続いて
もう一度ハナミズキを見に行こうと声は細くしなやかに都市をほどいてゆく
17時5分、紀伊國屋書店新宿本店2階の窓から
切手の大きさの一点を見る夢を咥えてたくましいひかりばかりで
ほんとうはここでしょここでないところ

 行から行への変化そのものに「加速」がある。この「加速」は「飛翔」でもある。スピードがあがるとことばが「浮く」感じになる。それが気持ちいい。
 ただし「自転車で知らないことろへ近づいて/はじめてまっすぐな道路はつづいて」は持続力がなく、失速した感じがする。なぜ二行にわけたのだろうか。一行のなかでの「切断」と「接続」を維持した方が「16ビート」という感じになるのではないだろうか。
 この「間延び」(16ビートから8ビートにもどった感じ)が最後の三行に影響してしまうのが、私には残念に感じられる。

すると、するするとほどけてゆく
「情けないね、ほんとうに聴きたい音楽は」たよりない語尾と、所在なげな笑みを浮かべて
「パブロ・ピカソは長生きだったってこと?」たぶん晴れてきているのに雨傘しかもきれいな

 「ことば」は増えているのに、凝縮した感じ(加速、飛翔)が消えて、拡散してしまった感じ。七行目に出てきた「ほどいてゆく」が「ほどけてゆく」に変化してあらわれるのは、「転調」というよりは、「サビ」を狙った技巧のようで、私にはあざとく感じられる。
 「16ビート」の現代詩は、書くのがむずかしい?
 そうかもしれないなあ。






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