詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

田原「夢の句読点」ほか

2020-06-03 10:07:26 | 詩(雑誌・同人誌)
田原「夢の句読点」ほか(「現代詩手帖」2020年06月号)

 きのう石松佳について書いた。「新鋭詩集2020」には付録のようなものがついている。「アンケート」である。私は偶然、石松の部分を読んだ。質問の②は「もっもと刺戟を受けた詩集」。それに対して、石松は『犬塚堯詩集』(現代詩文庫)をあげて、こう註釈している。

この詩集を渡辺玄英さんからいただいたことは僥倖だった。

 あ、石松と渡辺は知り合いだったのか。「僥倖」ということばを石松がいつつかうのかしらないが、こんなおおげさなことばをつかうところに、二人の人間関係があらわれているなあ、と思う。ほんとうの気持ちだとしても(あるいはほんとうの気持ちならなおさら)、私はつかわないなあ、と思う。
 というようなことは、別にして。
 石松、渡辺、犬塚という三人がつながったことに、私は驚いたのだ。そのことを書いておきたい。
 渡辺の『水道管の上で眠る犬』という詩集。タイトルになっている作品が、飛び抜けてすばらしい。そして、それを読んだとき、私は犬塚堯につうじることばの運動を感じたのだ。
 石松が渡辺といつ出会ったのか、犬塚を読んだあとで出会ったのか、犬塚を読む前に出会ったのか、それはわからないが、石松が渡辺から犬塚を感じ取ったのだとしたら、それはすごいなあ、と思う。
 私は最近の渡辺から犬塚を感じることがないからだ。

 ことばは、どうしても「他人」をとおして入ってくる。だれのことばを聞くかは、とても重要な問題だ。

 という、「長い前置き」を書いたのは。
 田原の「夢の句読点」を読みながら、田原はだれのことばを聞いたんだろうか、とふと思ったからである。中国の詩人のことはまったく知らないので、田原がどういうことばに共感しているのか、私は推測できない。
 日本の詩人なら谷川俊太郎に共感しているのだと思うけれど、でも「ことば」は違う感じがする。谷川に共感しているということは、いろいろな文章をつうじて理解できるけれど、石松の詩を読んで、渡辺に通じるなあ、渡辺の初期の詩を読んで犬塚に通じるなあと感じたような「脈絡」を感じることはない。
 私は田原の詩に何を感じるか。

連なる山が
夢を海から隔てる
丘の上の家は
海の満ち引きを見守る

 「対句」のスタイルを感じる。それは、記憶のなかにある「漢詩」を思い出させる。思い出させるといっても、私の知識は中学校の教科書に出てくる範囲の、非常にかぎられたものだ。記憶というよりも、たぶん、ほとんど「妄想」に近い何かだ。
 「対」によって完成する世界。中国には1+1=2、これが「完璧」な世界。それにさらに1をプラスしてみる。1+1+1=3。これは「論理」としては考えられるが、たぶん中国人には「実感」がないと思う。2を超える、3になると、それは「無限」であって、もう人の世界ではない。
 この一連目でも、山と海が対になる。夢は、そこからはみだしてしまった「無限」であり、しかし、それが存在することによって「山+海」という「人の世」が「無限」のなかにおさまるという感じがする。
 この書き出しの二行の不思議な揺らぎを、田原は三、四行目で言い直している。「丘の上の家」は「夢」である。「夢」が、山に遮られて見えないはずの海を「満ち引き」という形で動かしている。山も海も「不動」のものという印象があるが、「夢」によって海は潮の満ち引きという動きのあるものに変わる。
 そうであるなら、山もまた動くはずである。どう動くのか。

広くもない庭には
草花が植えられて植物園となった
飛んだり停まったり蝶と蜂
主人になり園丁にもなる

 海と向き合うことで山は「陸(大地)」に変わり、大地は「庭」にかわっていく。そしてそこには「草花」があり、「蝶と蜂」も生まれる。しかし、これは「夢」の本質とは違うだろう。
 「主人になり園丁にもなる」。この一行の主語は何か。「蝶」か、あるいは「草花」か。庭の持ち主(人間)は退き、自然が自然自身の力で「主客」の交代を促している。交代することが「自然」である、という。それは「潮の満ち引き」に通じる。満ち引きという交代が海を成立させているひとつの力だとすれば、庭の「主人になり園丁にもなる」という力関係は、やはり「夢」そのもの、「世界の真実」そのものになる。
 こういう「哲学/思想/ことばの肉体」は、対を生き、対を永遠のなかに破ることで結晶させる「漢詩」そのものだと思う。「漢詩」を知らないのに、こんなことを言うのは、ちょっと変かもしれないが。
 このことばは、さらに動いていく。

白髪は言葉の雪片
睡眠は夢の句読点
菩薩はオスとメスを分けない
愛と性に限りはない

 はじめて読む詩(ことば)である。しかし、私はこれを「夢」のなかで知っていたと感じてしまう。完全に知っていること(繰り返し見た夢)が「現実」として、ここにある。まるで「夢」のように。あるいは、この四行が「現実」で、私の感じていることが「夢」なのか。私は、どちらの世界に迷い込んだのか、導かれたのか、わからなくなる。
 対が破れ、無限の運動がはじまる。無限が対を結晶させ、さらに結晶しすぎて内部から割れてしまい、それが新たな無限になる。
 このとき1+1=2(完璧な世界)、1+1+1=3(無限の世界)という数式に当てはまる、それぞれの「1」は何なのか。あるいは「2」は何であり、「3」は何なのか。これは書き始めると、行く通りにも書けるだろう。どう書いてもいいのだ。言い換えると書きようがない。ただ受け止めるしかない。
 しかし、私は、あえて書く。
 「白髪は言葉の雪片」は、比喩である。老人のことばは「白髪(時間によって磨かれた輝きに満ちている)」である。それは「雪の完璧な白さ」をまとって世界を覆う。完璧なことばに覆われて、世界はより完璧な美に達する。それは「夢」か「現実」か。
 「睡眠は夢の句読点」。逆も言えるだろう。「夢は睡眠の句読点」。夢と睡眠は、句読点によって入れ替わる。句読点は、運動のリズムである。何が動いているのか。「ことば」だ。ことばがなければ、夢は夢になれない。動きながら、その入れ代わりは、「融合」になる。
 「菩薩」は「融合」の比喩である。菩薩は夢と睡眠を分けない。夢と睡眠のどちらがオスで、どちらがメスか。それは区別しない。区別しても意味はない。
 出会い、交わり、何かを生み出す。それは「子ども」というときもあるが、「愉悦」というときもある。また「苦悩」というときもある。「無限」なのだから、そこで起きることを限定することに意味はない。区別しない。ただ、あるがままに受け止める。ここに中国のことばの肉体そのものを私は感じる。

 田原のことばの「出自」は、日本ではないなあ、と思う。

 ことばを「出自」へ返してしまうのは、詩を窮屈にするかもしれない。一方、いま詩に欠如しているのは「出自」というか、自分のことばと他人のことばの積極的な出会い、「ことばの場」の欠如ではないかとも思う。
 「ことば」は「場」がないと、生きていけない。根付いたものにならない、という気が、最近私の考えていることだ。「共有」されてしまってはつまらないが、「独立している」というだけでは、また、問題が残ると思う。ことばの運動の持続が必要なのだと思う。
 「出自」が明確である。帰っていく「ことばの場」がある、というのは重要なことだと思う。




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