詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

日原正彦「最後の満月」

2006-04-05 16:29:52 | 詩集
 日原正彦「最後の満月」(「部分」30)は、私には相変わらず気持ちが悪い。気持ちが悪いというと日原は怒るが、これはどうしようもない。たぶん私が気持ち悪いと感じる部分を他の読者は快感に感じるだろうと思う。ひとの感受性と、その感じたものをあらわすことばには、それくらいの差異はある。そして、そうした差異があるからこそ、詩という表現も成り立つ。
 私が気持ち悪いと感じる部分を具体的に書いてみる。

とんでもない満月がのぼってきた
あらゆる夜空の思い出からばらばらと外れ落ちてぐちゃりぐちゃり
とあらゆる時代の悪意の顔のうえで潰れたあらゆるまっくらな黄金
の混沌
それを寄せ集め捏ねて固めたような
はかりしれない満月が
闇という闇を食い散らかしながら
計算だらけの明日を怒鳴りつけながら

 私が最初の連で感じる気持ち悪さは「あらゆる」ということばの繰り返しである。「まっくらな黄金」という美しい存在が「あらゆる」の繰り返しにのみこまれ、溺れてしまっている。溺死している。その喘ぎ声を浮かび上がらせるような「あらゆる」の繰り返しが、私にはどうにもなじめない。
 また、「ぐちゃりぐちゃり」ということばは「潰れた」にかかることばと思って読んだが、その「ぐちゃりぐちゃり」から「潰れた」までの距離、時間が、また気持ちが悪い。「あらゆる」のことばの繰り返しの感覚の距離、時間と「ぐちゃりぐゃり」と「潰れた」までの距離、時間がぴったり相似形であるという印象があって、それもまた気持ちが悪い。
 というか、「あらゆる」の繰り返しのリズムと「ぐちりゃぐちゃり」「潰れた」の間隔、距離、時間のリズムがあまりにも正確に重なりすぎるので、いったいどれを見たのか(何が見えたのか)がわからなくなる。それも体の奥のリズムをねじまげられたためにわからなくなった、というような、いやあな感じが残る。
 これは逆に言えば(たぶん日原のリズムを快感と感じる人に言わせれば)、読者の体になじんだリズムを日原のリズムに引き寄せ、作り替えてしまうことばの粘着力の強さが魅力だということになるかもしれない。

 たぶんこういう詩はモーツァルトの音楽と同様、読者(聴く人)の体調と関係があるかもしれない。私は体調がいいときはモーツァルトの繰り返しはとても快感だが、体調が悪いときはいやでいやでたまらない。私が日原の詩を読むときは、きまって体調が悪いのかもしれない。

 もうひとつ、気持ちが悪いと感じる部分。2連目の書き出しの 2行。

何十本もの青ざめた饂飩のような貧血高層ビルを呑み込んだ
約一兆トンのグレープフルーツの輪切りのような満月だ

 「饂飩」と「グレープフルーツ」の取り合わせが、私には気持ち悪い。私は饂飩もグレープフルーツも好きだから、実は、その取り合わせではなく、本当は別のことばが気持ち悪いのだ。「何十本」と「約一兆トン」の取り合わせがいやなのだ。「何十本」は想像できる。ゆで上がると青く透き通る(青ざめる?)饂飩は想像できるが、「約一兆トン」が想像できず、非常に気持ちが悪い。

 想像できるものと想像できないものが同居している。それが私の感じる気持ち悪さの原因かもしれない。最初の連に戻れば「あらゆる」の繰り返しで「あらゆる」が目の前に浮かんだときは「ぐちゃりぐちゃり」と「潰れた」は一緒には浮かんでこない。「ぐちゃりぐちゃり」か「潰れた」かのどちらだけかが浮かび上がってくる。「ぐちゃりぐちゃり」と「潰れた」の距離、時間そのままに、どちらかが遠くなってしまう。二つが結びつかない。「ぐちゃりぐちゃり」は「潰れた」を修飾しているのだと意識すると「あらゆる」が 3回繰り返されているということがどこかへ消えてしまう。
 どのことばのリズムも掴みきれない。かならず私の意識できないところで何か不思議な音が存在する、という気持ち悪さがある。



 三井喬子「球体」(「部分」30)は途中からリズムが単調になる。前半の

球体を、採っては入れ、採っては入れ、止むことのない労役だ。
人殺しをしたわたしの罰の仕事だ。殺した理由もいかにして殺し
たのかも覚えていないが、男は死んだ。
その責はわたしにある。死んでしまえと言った記憶があるからだ。
ああ、どうしてそう思ったのだろう。どうやって殺したのだろう。
記憶にない部分が、わたしを責め立てる。

 常に自分にかえってきて、それからふたたび外へ出ていくという交渉が、後半はひたすら外部へ外部へと突っ走る。
 こういう作品こそ、日原がみせたような繰り返し、あるいは相似形の重ね合わせと、ズレ、というものがあると濃密な感じがすると思うのだが……。
コメント
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