監督 ウェス・アンダーソン 出演 オーウェン・ウィルソン、エイドリアン・ブロディ、ジェイソン・シュワルツマン
色がとても美しい。インドを走る列車。インドの荒野。そして空気。と、空気ということばを書いて急に気がつくのだが、この映画は空気が美しい。透明で透き通っている。スクリーンでこんなに透き通った空気を見るのははじめてという気持ちさえする。この透明な空気が空気だけでなく、まわりのもの、つまり登場人物をどんどん透明にしてゆく。旅を続けるにしたがって、3人の兄弟がどんどん透明になっていく。
人間というのはそれぞれがわがままだし、わがままの裏返しのようにしてひとりだけの秘密を持っている。そのわがままや秘密がどんどんそぎ落とされて透明になる。他人のことばというものはたいていひとの体をくぐり抜けるとき屈折し、歪むものだけれど、映画の3人の兄弟のことばは他人の体の中へ入っても歪まない。屈折しない。全部、まっすぐな真実になる。この感じがとてもいい。
象徴的なのが最後のシーン。3人は列車に乗るために走る。列車はすでに出発している。走って、走って、走って、じゃまな鞄を棄てて走って、やっと列車に飛び乗る。3人とも手ぶらになっている。手ぶらになって、ホームに転がっている鞄を見つめる。「自分」というもの以外はすべてすてて、その瞬間に、長い長い旅は終わる。旅は、余分なものを棄てるためのもの、余分なものを棄てて、自分自身に還るためのもの。そういうものなのかもしれない。
そして、自分自身に還って何があるか、というと実は何もない。ただいま起きていることを受け入れる、そういうことだけかある。いまここにある空気、いまここで生きているということを受け入れる。それで十分。それで満足。
抽象的に書きすぎたかもしれない。私の書いたことは、そしてたぶんどうでもいいことなのだと思う。
この映画の魅力は、なんといってもインドである。インドの光。インドの空気。その空気にあわせたインドの色。
3人の兄弟はそろって赤い鞄を持っている。その赤の、独特の静かな華やかさ。列車のなかの調度の色。インドの村の家の室内の色。水色。その調和がとても美しい。
映画というのはストーリーを持っている。そして多くのひとはストーリーについて話したりもするのだけれど、この映画はストーリーなんか話してもおもしろくはない。ストーリーにならない部分、空気の色、光の色、画面画面の色のバランス。そういうところになんともいえない魅力がある。
この透明なインドの美しさ、存在をシンプルに輝かせる大地と光、それをスクリーンに定着させたくて、ウェス・アンダーソンは映画を撮ったのだと思う。インドへ行って、列車に乗って、歩いて、走って、透明になりたい、という気持ちになってくる。
パーフェクトな映画である。
*
次の映画もおすすめ。
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人間というのはそれぞれがわがままだし、わがままの裏返しのようにしてひとりだけの秘密を持っている。そのわがままや秘密がどんどんそぎ落とされて透明になる。他人のことばというものはたいていひとの体をくぐり抜けるとき屈折し、歪むものだけれど、映画の3人の兄弟のことばは他人の体の中へ入っても歪まない。屈折しない。全部、まっすぐな真実になる。この感じがとてもいい。
象徴的なのが最後のシーン。3人は列車に乗るために走る。列車はすでに出発している。走って、走って、走って、じゃまな鞄を棄てて走って、やっと列車に飛び乗る。3人とも手ぶらになっている。手ぶらになって、ホームに転がっている鞄を見つめる。「自分」というもの以外はすべてすてて、その瞬間に、長い長い旅は終わる。旅は、余分なものを棄てるためのもの、余分なものを棄てて、自分自身に還るためのもの。そういうものなのかもしれない。
そして、自分自身に還って何があるか、というと実は何もない。ただいま起きていることを受け入れる、そういうことだけかある。いまここにある空気、いまここで生きているということを受け入れる。それで十分。それで満足。
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この映画の魅力は、なんといってもインドである。インドの光。インドの空気。その空気にあわせたインドの色。
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