詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

誰も書かなかった西脇順三郎(64)

2009-08-21 07:53:59 | 誰も書かなかった西脇順三郎

 『旅人かへらず』のつづき。

一五七
旅に出る時は
何かしらふところに入れる
読むためではない
まじなひに魔除けに
ある人は昔
「女の一生」を上州へ
ある国の革命家は
「失はれた楽園」を
野の仕事へ

 ここに書かれているのは、異質な取り合わせの「詩」。異質なものが出会う時、詩が生まれる。--それはそうなのだが。
 私は2行目が気に入っている。「何かしらふところに入れる」。この、「ら行」のひびきが滑らかである。そして、そのなめらかなひびきが「読むためではない」という異質な音と断定によって破られるのも、不思議と気持ちがいい。
 あ、音ばかりを楽しんでいては、詩にはならないのだね。反省。
 しかし、次の「まじなひに魔除けに」がまた、おかしい。「まじなひ」「魔除け」と、なぜ同じようなことを2度言うのか。たぶん、「ま」をくりかえすため。「に」をくりかえすため。こういう音楽があるから、それ以降に出てくる本と、それを持っていく人の対比が新鮮になる。そこでは「ら行」のようなくりかえし、「ま」「に」のようなくりかえしがない。一回きりの音と異質なものの出会いがある。

 途中を省略して、詩の後半。

旅に出る時
恋に落ちないやうに
飢餓に落ちないやうに
ダンテの「地獄篇」の中に
えのころ草をはさんで
食物は山の中に沢山ある

 「恋に落ちないやうに/飢餓に落ちないやうに」。「恋」と「飢餓」の対比がおもしろいが、その対比が生きるのは「落ちないやうに」がくりかえされるからだろう。

 最後の行は私は「しょくもつは」と読んでいる。「食物は」とは読まない。「しょくもつ」の方が「たくさん」という音と響きあう。「山」と「沢山」と、そこでは視覚上「山」がくりかえされているのだが、「山」でありながら「やま」と「さん」のずれ。それは「しょくもつ」の「し」、「たくさん」の「さ」のずれの感じとも響きあう。「たべもの」と読むと「たくさん」と頭韻になってしまって、ずれがなくなる。「やま」と「さん」のずれが埋没してしまう。それでは、なんとなく、私にはおもしろくない。



西脇順三郎全集〈第4巻〉 (1982年)
西脇 順三郎
筑摩書房

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浦歌無子「水の陥穽」

2009-08-21 00:19:42 | 詩(雑誌・同人誌)
浦歌無子「水の陥穽」(「水字貝」1、2009年05月21日発行)

 浦歌無子という詩人を私は知らない。はじめて知った。はじめて読む詩人の作品はとてもおもしろい。いままで知らなかったことばがたくさん出てくる。浦の詩には「骨」がたくさん出てくる。
 「水の陥穽」の「骨」が出てくるまでの部分。
 (浦の作品は、独特の字体をつかっている。漢字とひらがなの大きさも違っていて、何だか古い?時代の本を開いているような感じがする。ここでは、活字の大きさや字体は、私がいつもつかっている字体、文字の大きさで引用する。原文は「水字貝」で読んでください。)

水の音が漏れている
シンクをピカピカに磨けば
羅刹が私の骨に火をつけていく

 「羅刹」が私にはわからない。「羅漢」「羅針盤」の「羅」、「古刹」「刹那「の「刹」。「らさつ」か「らせつ」か。わからないことばは辞書を引いて調べるのがいいのだろうけれど、私はわからない部分がある方が好きなので調べない。「誤読」したいので調べない。骨に火をつけるくらいだから、きっと鬼だろう、と思って読み進む。そして、鬼のことを、こんなややこしいことばであらわすのは、浦のなかに、そういうややこしいことばがうごめいているのだろうなあ、とも思う。(タイトルの「陥穽」は落とし穴か、罠くらいの「意味」だろうけれど、これも私の「誤読」かもしれない。--わからないことをいいことに、というか、なんとなく想像がつくことをいいことに、私は「誤読」を押し進める。)
 わからないことだらけだけれど、この書き出しの3行で私がわかるのは、「私」がシンク(流し)をピカピカに磨いているということである。汚れたものをピカピカにする。そのとき、まあ、ひとは、自分のなかにある汚れというか、嫌なことも、一緒にピカピカにしたいと思うものかもしれない。その嫌なこと、人に対する恨みのようなものを一新したい、まっさらにしたいなどと考えているから、どこからともなく鬼がやってきて、その嫌なこと、恨みをあおるように、骨に(体の芯に)火をつけていく--そういうことを、想像しながら(そんなふうに「誤読」しながら)、詩を読んでいく。
 こんなふうに、勝手に「誤読」するというのは、私が、それだけ浦の詩に引き込まれている、ということである。浦のことばには、そういう引き込む力がある、ということである。
 詩のつづき。

仄暗い夜明けである
それはかりか清らかな匂いとともに
猛追してきたのは二月八日の雨だ
中足骨(ちゅうそくこつ) 足根骨(そくこんこつ) 腓骨(ひこつ) 脛骨(けいこつ)
排水溝にはためきながら落ちてゆく
金魚の紅いひれがわずかに見えたような気がするが

なのだ

 背骨とか腰の骨ではなく、「中足骨 足根骨 腓骨 脛骨」。あ、なんだか、体の知らない部分、体の部分には違いないのだが、いつもは意識しない部分が、それがどこかわからないまま、「こっち、こっち」と騒ぎはじめる。それは、ひとへの恨みとか嫌なことの根っこが、「こっち、こっち」と呼んでいるような感じである。
 そんな訳のわからないような感覚だから、そこに存在しないはずの「金魚の紅いひれ」なんかも見えた気がする。体のなかの「骨」は肉眼では見えないから、肉眼がなんとしてでも見えるものをほしがっているような感じがする。
 この、「肉体」のなかにある不明なもの、肉眼では見えないものを、ことばでなんとか見えるようにしようとするとき、そういう意識の運動に影響されて、肉眼が「誤読」を始める。いま、ここにないものを見てしまう。「私」が何を恨んでいるのか、あるいは何を苦悩しているかわからないけれど、そういう精神の、感情の動きを、私の書いているようなくだくだしい「説明」ではなく、骨と金魚で書いてしまう。そこに詩がある。とても、おもしろい。
 そして、「罠」。--やっぱり、「陥穽」というのは「罠」だね、と私は自分を納得させながら、「誤読」へさらに進んでゆく。

麻痺したまま矩形にくり抜かれたステンレスを磨き続ける
膝蓋骨(しつがいこつ) 大腿骨(だいたいこつ) 仙骨(せんこつ) 指骨(しこつ)
鬼さんこちら手の鳴る方へ

 ほら、やっぱり、鬼。こうなると、もう、「誤読」は止まらない。やめられない。浦のことばを読んでいるのか、自分の中で、恨みに火がついて燃え上がっているのかわからないくらいだ。そうか、恨みながら、シンクを磨くとはこういうことか、と思いながら読むのである。

いっそううしろから背中をヒトツキに
シカシ メカクシヲ サレテイルノハ
ハタシテ ダレナノダロウ
盲いたまま手さぐりで
つるぎを磨こうとしているのは
うろうろとはいまわりながら
甘井(かんせい)をさがしているのは
中手骨(ちゅうしゅこつ) 手根骨(しゅこんこつ) 尺骨(しゃっこつ) 椎骨(ついこつ)
罠には何もかかっていないが
降らない雨という時間が流れている
(長い黒髪をざんぶりと濡らしたい)
(二月の雨の日に死んだあの金魚はとっくに埋めてしまったのに)
降らない雨を養分に
磨きあがったシンクいっぱいに
ひよひよ泳ぐふかいあか深紅の花
胸骨(きょうこつ) 肋骨(ろっこつ) 上腕骨(じょうわんこつ) 肩甲骨(けんこうこつ) 鎖骨(さこつ) 頭蓋(とうがい)
真火(まび)に慰撫され
一部は灰になり
そして一部はありありと残り
わたしはそれを黙って長い箸で拾い
バリバリと噛み砕く
無数のわたしは雨降らしの悲鳴となって
果てしなく食道を落ちてゆき
白く鳴りわたる振動に
くつくつと笑いがこみあげてくる

 鬼--結局、自分の思いだね、鬼に骨を焼かれ、その骨を火葬場で拾うように自分で拾い、食べる。ああ、人間は、そんなふうにして恨みを消化し、生きていく。--というのような「意味」は、まあ、どうでもいいなあ。
 肉体を何がなんでも「骨」にこだわりつづける、「骨」からとらえなおす。そのためにことばを鍛える。ことばをあたらしい方向へ動かす。これが、いいのだ。これが愉しいのだ。
 シンクは深紅、深い紅なんていうだじゃれ(?)をばねに、恨みのなかで狂っていくのではなく、健康な笑いへ引き返すために、骨を焼く--そのことをぐいと押していくことばの運動もいいなあ。 

 「水字貝」には、ほかに「骨髄の海」「目眩」という作品もある。どれも「骨」に似たもの、肉体の中にあって、肉眼では見えないものをことばの運動の出発点に据えて、ぐいくい動いていく。そこでは、「水の陥穽」で「鬼」がでてきたように、何やら人間の想像力(構想力)の歴史というか、積み重ねのようなものが、情念でぐにゃりとずらされた形で滲むのだが、そうなんだなあ、そういことって、肉体をきちんと(骨をきちんと)おさえてこそ動きはじめるものなんだなあ、と浦の詩を読みながら思った。

 今回読んだのは3篇だが、早く詩集を読みたい。少なくもと10篇以上はまとめて読みたい。浦ワールドで「誤読」をして遊び回りたい--久々に、そういう気持ちになった。

 みなさん。間違いなく、まったく新しい詩人が登場しましたよ。そう叫びたい作品群である。
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