詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

小長谷清実「見送っている日」

2009-08-30 02:35:49 | 詩(雑誌・同人誌)
小長谷清実「見送っている日」(「交野が原」67、2009年10月01日発行)

 小長谷清実「見送っている日」を読みながら、きれいな音だなあ、と感心する。ことばに体臭がない。--体臭がないということは、ことばであるかぎり、ありえないことなのだけれど、まるでないかのように感じてしまう。清潔だなあ、と思う。
 書き出し。

幻を持つ人は
ここ あそこ
幾たびも
あらぬ方に現れて
輪郭だけふっと現れて
幻だけを
振り落としていき
かなた こなたに
ふっと消えていく

 「ここ あそこ」「かなた こなたに」。私が感じる清潔さは、そういうことばにある。「ここ」という限定がない。こだわりかない。「ここ」にこだわりがないということは、たぶん、「いま」にもこだわりがない。「幾たびも」ということばも出てくるが、幾つもの「場」、いくつもの「とき」というものがあって、その「どれか」にこだわっていないのだ。
 それは、主語についても同じである。
 詩はつづく。

幻を持つ人
(と、うっかり
書いてしまったけれど
気配のような
ものだったか?)

 「幻を持つ人」と書きながら、それを「うっかり/書いてしまったけれど」と否定し、「気配のような/ものだったか?」と問い直している。「主語」を消してしまって、「気配」に、さらにそれを「のような/もの」に置き換えている。
 小長谷は、あらゆるものを(と、私には思える)、「のような/もの」にしてしまう。何かに限定するのではなく、限定を拒み「のような/もの」に。

 以前、小長谷の詩に触れたとき、書いたか書かなかったか、今となってはよく思い出せないけれど、この「ような/もの」が小長谷の思想である。
 すべての「もの」(存在)にはそれぞれ固有の名前がある。小長谷は「存在」から名前を剥奪して「もの」にしてしまう。そして、その「もの」を説明(?)てるため、とらえなおすために、「のような」ということばをつかう。
 小長谷の思想で、動いているのは「のような」ということばである。
 「のような」というのは、とても不思議である。「のような」ということばをつかうとき、その対象は、「もの」の名前を否定される。存在を否定される。
 たとえば美女をほほえみを「薔薇のような/もの」というとき、その瞬間においては「美女のほほえみ」は否定され、同時に「薔薇」に結びつけられている。「ほほえみ」と「薔薇」は同一ではないから、比喩が動くとき、対象は一瞬、否定されている。否定されて、「いま」「ここ」には存在しない「薔薇」を通り抜けて、ほほえみに戻ってくる。「いま」「ここ」にないものを、「どこか」から引っぱってくる。そして、「いま」「ここ」にあるものを完全に否定して「薔薇」にしてしまう。
 でも、ほほえみはある?
 そこが問題なのだ。「のような/もの」を引っぱってきても、実は、もとの存在はそのままある。存在はかわらない。そうすると、「いま」「ここ」で起きたことは何なのか。そこにあるのは、小長谷がこの詩でつかっていることばを借りて言えば「幻」のようなものである。不思議な、ことばの運動である。
 小長谷は、あらゆるものを「ことばの運動」にしてしまう。存在を拒絶し、ことばの運動に。ことばの運動というのは、抽象的である。抽象的だから「体臭」がない。透明で、清潔である。(数学の数式のように。)

長いような短いような
まとまりのつかない日々が過ぎ
いつか 幻に
幻が重なり かさなって
幻の層が残っていく
そうして あるとき
生臭く息を
ふっと吐きかければ
ほろほろ崩れ
ことばみたいに
散らばっていく

 その、運動としてのことば--それは、やはり「いま」「ここ」にも、「ここ あそこ」にもどこにも拘泥しない。幾たびも幾たびも、ただ動くだけである。何にも拘泥せずに動いていくから、それはいつでも「ことばみたいに/散らばっていく」。
 ことばが、ことばみたいに散らばっていく--と書いてしまうと、何にもならないかもしれないけれど、それがことばの「運命」である。そういう「ことば」を小長谷は「理想」としている。誰にも、つまり小長谷にも帰属せず、ただ、どこまでも、いつまでも散らばっていく無重力のことば。清潔で、透明で、散らばると消えていくことば。

散らばっていく
そのありさまを
見送っている、
風に動く
風景として
あるいは ぴくぴく蠢く
境涯として

 そんなふうにして、ことばを見つめたいのだ。「もの」ではなく、「ことば」をいつまでもいつまでも見送りたいのだ。





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