粕谷栄市「烏瓜」(「現代詩手帖」2011年12月号)
粕谷栄市「烏瓜」(初出「読売新聞」08月20日)は、なんともいえず不思議な詩である。からだの芯がすーっと透明になっていくのを感じる。
秋の山で烏瓜を見つけ、飾るためにそれを家へもって帰る。
壁に懸けたそれを、枕から頭を起こして見て、女は、
悦んだ。からだの具合が悪くて、しばらく、彼女は、寝
たきりだった。どこにも行けなかったのだ。枕元に、薬
と粥を運ぶつらい日々だったが、烏瓜は、それでも、貧
しい暮らしを、少しは華やかにした。
それは、思ったより長持ちして、いつまでも色褪せな
かった。けれども、ある日、私が、仕事から帰ると、女
は、死んでいた。
ここで、私はからだの芯が透明になるのを感じたのだ。
変だねえ。
なぜ、こんなところ(?)で、不思議な透明さを感じたのだろう。何か突然透明としかいいようのないものに触れ、その強さ(?)のために、私の肉体がその透明さに染まってしまったという感じ。
それは、思ったより長持ちして、いつまでも色褪せな
かった。けれども、ある日、私が、仕事から帰ると、女
は、死んでいた。
「けれども、」ということばが結びつけているものが、結びつきながら、とんでもなく飛躍していて、その飛躍の「距離」に透明さを感じたのだ。
烏瓜は長持ちしている。色褪せない。けれども、女は死んでいた。それも、「ある日」。--そこには、つなぐべきものがない。激しい断絶だけがある。どれだけ隔たった距離があるのかわからない。そのわからないものが「けれども、」というひとことで結びついている。
私はいったい何を見ているのだろうか。
詩は、つづいていく。
何ともいいようのない思いだった。こんなにたやすく
人間の今生の別れはくるのだ。つい半月ほど前、せがま
れて、私は、痩せた彼女のからだを抱いていたのに。私
は、もう、そこにいられなかった。彼女を葬り、その家
を離れた。再び、戻ったことはない。
それから、永い年月が過ぎている。今となっては、一
切が、遠い夢のようだ。だが、その夢のどこかに、あの
烏瓜がある。
烏瓜が色褪せずにある。けれども、女は死んだ。--その突然の結びつき、和す美突きながらの断絶と、過ぎ去った「永い年月」が重なる。生きているいのちの、その「年月」は、不思議な切断と連続でできている。それは意識したとき、つながり、その意識が別の何かを切断するという感じがする。
そして、その切断と接続の瞬間の、意識のショートが「夢」なのかもしれない。
逆に言うべきか。
夢とは、いのちのある切断と接続の瞬間にあらわれる。それは、「距離」があってない広がりのなかで起きる。
女が死んだ--というのは悲しむべきことである。その悲しみに耐えられないからこそ、「私は」「その家を離れた。」けれども(この「けれども」は正しいつかい方だと私は思う)、家に飾ったあの烏瓜だけは、いまでも覚えている。--というのは、正確ではない、か……。ある烏瓜は、「遠い夢のどこかに」、ある。
女はいない。でも、烏瓜は、ある。遠い夢のなかで。
ここから、詩は、もう一度不思議な「距離」を渡る。
そこだけが明るい湖の舟の上で、彼女が、それを私に
指で教えている。松の木に絡んで、灯のように、烏瓜が
連なっている。
それは、私の願いである。もし、天国があるとしたら、
死んで、私の行くところは、彼女のいるその舟の上なの
である。
「遠い夢」と「烏瓜」の存在が、入れ替わっている。
「遠い夢」のなかにある烏瓜があざやかに意識されていたのに、いまは、烏瓜ととともにある「遠い夢(の湖の(さらに、そこに浮かぶ舟←この半括弧の使い方、いいでしょ?と少し脱線する」が意識されている。
それは、入れ替わることで「ひとつ」になる。
と、書いて、気がつくのだ。あるいは、「誤読」するのだ。
それは、思ったより長持ちして、いつまでも色褪せな
かった。けれども、ある日、私が、仕事から帰ると、女
は、死んでいた。
ここでは、ほんとうは「私」と「彼女」が入れ替わっているのではないのか。死んだのは、「彼女」ではなく、「私」なのではないのか。そして、それ以後に書かれていることば(それ以前も、その可能性はある)は、「私」のことばではなく「彼女」のことばなのではないのか。いや、そう「彼女」に夢見てもらいたいという「私」の「夢」かもしれない。
区別がつかない。
何もかもが「ひとつ」である。
「遠い日(烏瓜を見つけた日)」も「彼女が死んだ日」も「私」も「彼女」も「ひとつ」であり、その「結晶」が「烏瓜」なのだ。
詩は複数の存在の「結晶」である。
--あ、これは、詩は思いがけないものの出会い(結合)であるという「定義」にに何か似ている。
粕谷の場合、出会いは「異化」ではなく「同化(結晶)」ということなのか。
![]() | 続・粕谷栄市詩集 (現代詩文庫) |
粕谷 栄市 | |
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